9話 ホテルノヨル
わたしと彼は食事後少し休憩したのち、エレベータで1階へと降りた。目的はもちろん温泉である。
1時間後にロビーで待ち合わせることを決め、わたしたちはそれぞれ温泉へと向かった。
温泉もまさに楽園と呼ぶにふさわしかった。温泉なのにウォータースライダーのようなものまであった。なんだこのスパは!
浴槽だけでも10個近くあり、露天風呂もなぜか2つもあった。恐ろしい世界だ。
存分に温泉を満喫したのち、わたしは少し早めにロビーへと向かい、ソファに腰掛け彼の帰りを待っていた。
すると前方から何処かで見たような男性が近づいてきた。男性はわたしを見つけると獲物を見定めるかのような目でこちらの方に向かってきた。
「きみ、今話題の魔法少女ナギサちゃんでしょ!」
はい……わたしは警戒しながら静かに頷いた。
「やっぱり! いやーこんな所でお目にかかれるなんて! 運命かもね!」
なんだこのチャラ男は……と思っていると男は更に続けた。
「オレ、デビルスターズって球団でエースで4番やってますオーヤマって言います! よろしく!」
そうか、どっかで見たことがあると思ったら、あのビジョンに映っていた野球選手か!わたしは合点がいった。まあこんなキャラだとは微塵も想像したことはなかったが。
「ねえねえ、この後暇じゃない? オレのとこ遊びに来ない?」
わたしはそろそろこの男の相手をするのもめんどくさくなりつつあったので、適当にあしらうと、彼がちょうど戻ってきた。
「あっなるほどネ、そういうことネ! こちらも今話題の奏くんじゃないですか!」
オーヤマは図々しく続けた。
「でも奏くん、なんか真面目そうでつまらなそうだよね-! どうナギサちゃん? 絶対オレと遊んでたほうが楽しいよ! なんだって大スターだしね!」
そろそろわたしの我慢も限界だった。そして思わずこらえていた本音のダムが崩壊してしまった。
「結構です! わたしは貴方に興味はありませんから! ほっといてください! いこ? 奏くん?」
そしてわたしは彼の手を引っ張ると強引に部屋へと戻っていった。
残されたオーヤマはぽつんと呟いた。
「くそあの女、オレをこけにしやがって……」
「せっかくリゾートに来たのに、最悪の気分よ!!」
わたしはあの男への不満を彼に漏らしてしまっていた。彼は笑いながらわたしの愚痴を聞いてくれていたが、その顔は少し嬉しそうな表情だった。
「あんな奴より、キミの方がずっと魅力的なんだから!!」
わたしの怒りの言葉も彼はずっと笑顔で聞いていてくれた。
しかし冷静に考えると、彼と一緒にリゾートホテルにいるところを見られたのはまずかったかも知れない。まあそうなったらその時考えればいいっか!
遊び疲れたせいのか、わたしは布団に入るとすぐに夢の世界へと誘われた。おそらく彼も久しぶりに心からリラックス出来たのだろう。そうしてわたしたちの初デートの夜は、あっという間に終わっていった。
気がつくと朝だった。目覚ましはかけていなかったが、いつもの時間に目を覚ます。寝ぼけている間は気がつかなかったが、よく見ると、いつもより近い距離に彼はいた。
そこでわたしは冷静になった。あれ、これやばいよね?ふと服をチェックするも、特に乱れはない。まあ彼はそういう人じゃないことは知っている。ちょっと安心したような、ちょっとがっかりしたような……
そんなこんなであっという間にわたしたちのリゾートホテルデートは終了した。
しかし、オーヤマ選手にあの対応をしてしまったことだけがわたしの気がかりとなっていた。だってどう考えたって、わたしと彼は今わりと話題の人だし、いわゆるスキャンダルになるだろうと。
わたしはやはりこれは京子に報告しておかないと駄目だと考え、彼も同意した。そしてわたしはスマホから京子の連絡先に電話をかけた。
「京子さん。 このたびは本当にありがとうございました! ですが、一つ謝らなければならない事があります。 デビルスターズのオーヤマ選手に彼と2人でいるところを見られてしまいました。 またオーヤマ選手に少々失礼な態度を取ってしまいました。 申し訳ありません」
わたしがそう京子に伝えると、京子は電話口で不思議そうな態度で答えた。
「デビルスターズのオーヤマ? そんな選手いましたっけ? まあ一応対応準備はしておきますよー! 安心してください!!」
わたしは京子のその態度が信じられなかった。だってあのオーヤマ選手だよ!あんなでっかいビジョンに映ってたんだよ!そして
「京子さん、あのオーヤマ選手ですよ! 知らないんですか? 冗談じゃないですよね?」
と確認すると、京子はしりませんよーと笑って答えた。京子とはわりと一緒にいたが、その態度は嘘をついているようには思えなかった。
わたしが彼に電話の内容を報告すると、彼もまたわたし同様、事態を飲み込めないようだった。
わたしはここで一つ思い当たることがあった。
そうカミカクシだ。
わたしはその真相を確かめるため、街へ帰ると彼と共にアラタの元へと向かった。