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第4話

紗依子は身を切るような凍てつく風のせいばかりではなく、青くなっていた。

宙ぶらりんの足の下は、薄い雲。

その雲の切れ間から、遥か下の赤茶けた岩肌の渓谷が見えた。

深そうな谷川だが、運よく川に落ちたとしてもミンチになるのはまぬがれない高さだった。

「ぎゃあああああああああああああああああ!」

それを見て思いっきり悲鳴を上げた紗依子は、

己の胴を掴んでいる鉤爪の付いた手、否、前足を見て、再び悲鳴を上げ、

恐る恐る体をひねり、その先につながっている胴体と頭を見て、三度悲鳴を上げた。

「うぎゃああああああああああああああああああああああ、りゅ、竜ぅぅぅぅぅ!?」

そう、紗依子を掴んでいるのは、竜だった。

見かけは胴の長い東洋の龍というより、西洋のドラゴンに近い。

全長は長い尾まで入れて十五メートルほどといったところだろうか。

赤銅色の硬い皮膚におおわれたその竜は、皮膜が張った翼を羽ばたかせ飛んでいた。

あまりの事態に、紗依子は気を失っていた方が幸せだったとしみじみ思った。

夢であると信じたいが、冷たい風も胴を掴んでいる竜の前足の感覚も本物だ。

頭がおかしくなってしまったのかと泣きたくなった。

あぁ、麻薬やシンナーどころか、お酒も煙草もやってない善良な女子高生のはずなのに、

なんでこんな幻覚を見てるんだろう。

何がいけなかったのかな?

寝る前にポップコーンを一袋食べちゃったこと?

弟たちがぎゃあぎゃあうるさかったから、まとめてぶん殴ったこと?

横断歩道で信号が赤だったけど、車が来なかったから渡っちゃったこと?

どれも些細なことじゃない。

「さえちゃん」

乾いた笑いを浮かべていた紗依子が名を呼ばれ左を見ると、

真広も同じように胴を竜に掴まれている状態だった。

自分がそんな状態なのに、真広は心配そうな顔で紗依子を見ている。

「さえちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫って、ま、真広は? 怪我ない?」

真広の一言で我に返った紗依子は真広の全身を見回した。

そして怪我がなさそうなことに安堵し、一瞬でも真広のことを忘れた自分に激しい怒りを感じる。

真広が心配してくれて嬉しいが、それ以上に自分が腹立たしかった。

(私が真広を守んなきゃいけないのに……)

紗依子の暗い思考を打ち切ったのは、頭上から降ってきた声だった。

竜は満足そうな声で言う。

「ふーん。さすが我が弟か妹、赤竜公の子だ。たくましい」

その声があの不審人物と同じだったので、紗依子は二重に驚き思わず声をあげる。

「喋った! ってか、あんた、あの不審者!?」

「その言い方は傷つくな。我が妹……かも知れぬ娘」

「はぁ?」

思いっきりやっぱコイツ頭大丈夫じゃねぇだろ、という意味を込めて紗依子が聞き返す。

しかし、竜が答える前に考え込んでいた真広が口を開いた。

「そういえば、先ほどもおっしゃってましたね。僕かさえちゃんがあなたの弟か妹だと。

おそらく、あなたの兄弟であるのは僕の方でしょう。

さえちゃんには血のつながった家族がいます。

僕は十六年前、家の前で泣いていたところを保護されたそうですから」

真広があっさりと言った。

そこには驚きも抵抗もなく、ただ単に事実と推測されることを口にする。

紗依子には真広が落ち着き過ぎているように見えた。

自分はパニックになりかけたというのに、真広は当然のごとく受け入れているのだ。

「……なるほど。そういうことなら、お前が俺の弟なんだろう。だが……冷静だな」

竜の声には疑う色があった。

それはそうだろう。

紗依子ですら、いぶかしく思ったのだから。

真広は少し困ったように笑いながら、答える。

「夢を……見ました。いや、ずっと見ていたというべきかな。

とにかく小さい頃から見ていた夢です。

僕は真っ暗なところにいて、自分以外は何も見えないし、何も聞こえません。

僕は古代中国のような服を着ていて、靴は片方だけしか履いていなかった。

僕はあの夢を見るのが怖かった。

裸足だった右足の指先から、どんどん皮膚が硬くなっていくんです。

赤茶色いごつごつした、ちょうど今のあなたのような皮膚です。

小学校を卒業する頃……年齢でいうと十二歳ですけど、その頃には膝まで、

皮膚は硬くなっていました。

その後、ちょうど成長期に入って、背も伸びましたけど、皮膚の硬化も早くなってきて、

この頃はもう、顔の大半は硬くなっていましたよ。

だから……今のあなたの姿を見て、あなたの弟かも知れないと聞いて、納得したんです。

あの夢は、そういう意味だったんだって。

僕はやっぱり、人ではなかったんだ……」


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