5、伝説の闇夜
海賊ゴブリンの王は声にならない声を大きく響かせる。両目を刺され、片耳を刺され、口を突き刺されたままであるのに、大きな咆哮をあげてくる。まだ痛みによる叫びと言うより、その有り余る生命力から来る怒りであり、威嚇に感じさせる。
だが、ヒカリもメナスも構わず、攻撃を続ける。ヒカリは無言で王の口に突き刺したナイフはそのままに別のナイフで耳裏を狙い、次は腋窩を狙う。メナスは片手剣を左眼から抜き取ると、左脚の腱を狙う。
「諦めが悪いな、王よ。甘いんだよ。生命力だけではどうにもならんさ」
メナスは腱が切れた事を確認すると、身体を向き直し、自分達に近付いてくる他のゴブリン兵達を蹴散らす。
ヒカリは返り血にまみれながら、構わずに人間なら急所と思われる部位にナイフを突き立てていく。
いつしか玉座の間には、ヒカリがナイフを突き刺す音だけが響いていた。既に王の反応はない。残ったゴブリン達も絶望に打ちひしがれていた。
ブラッドムーンの面々も警戒はしつつも手を止めていた。メナスはとうの昔に休んでいた。
「もう死んでるよ」
「バケモノなんでしょう? 念のため」
そう言うと、偽クレメンスの処に戻り、本来の自分の刀を受け取る。
王の元にまた戻ると、首筋に手をあて筋肉を確かめた後、刀を持ち振り上げる。
「ごめんね、あたし、正義の味方なの」
刀を振り下ろし、首を刎ねる。
ヒカリは落とした首を持ち上げ、メナスに手渡す。
「うまく利用してね」
「ああ、利用させてもらうさ。せっかくだし」
赤く血に染まった少女は美しくはあった。『海神の紅い実』が神秘的な美しさであり、ヒカリは悪魔的な美しさである。
戦意を喪失しているゴブリン兵なぞ無視して、ブラッドムーンの一団は帰り支度を初めている。結局、何もしなかった僕は寂しくもあり、ヒカリの傍へ行くしかない。
『クロ、そろそろ本気で覚悟を決めてよ』
念話を使ってきた事に驚いた。なんだ? 覚悟って?
『本気で帝国を、皇帝を血祭りにあげるんだよね? 』
僕は震えながら答える。
『仲間を殺した奴は絶対に許さない』
『わかったよ、そう来なくっちゃ。最後までやり遂げましょう? 』
ヒカリはメナスに声をかける。
「カラハタスにいる、金髪のグレゴリウスってのに金は渡しておいて欲しいわ」
「探して渡しておこう。君達はどうするんだい? 港町のバトゥラに行く予定だから、それでいいかい? 」
ヒカリはゆっくり首を振る。
「あたし達は少し行く予定の所があるから、気にしないで。舟は海賊ゴブリンのモノをいただくからいらないよ」
メナスは少しだけ眼を細めて呟くように答える。
「わかった、欲張り過ぎないようにな」
そう言うと、後ろを向きこちらを二度と見なかった。
それから、毎晩、僕は悪夢を見た。
いや、悪夢を見せたのか?
コンプリケート諸島の中で、最大の島、名前は知らないが海賊ゴブリン達の一番のアジトがあったこの島に悪夢が続いた。もともと農作物なんてほとんど採れない、生産性で云うならただの漁村があるだけの島。海賊のアジトとして栄えたこの島に別の色の悪夢が始まったのだ。
女子供、老いも若きも等しく恐怖を味わった。そこに差別も区別もなかった。あったのは、虐殺。
僕は何度も自分に言い聞かせた。ゲームだと思うんだ。剣と魔法の世界だよ? レベル上げして何が悪い? 敵のモンスターを倒して何が悪い?
エルフでも、ドワーフでも、猫耳、ケモ耳、そんなものじゃない。ただ敵のゴブリンを倒しているだけさ……。
仲のいいゴブリン達を知っているだけじゃないか? 人間を襲って略奪を繰り返してるようなゴブリン達を殺していってるだけじゃないか?
対等な戦いなんて求めてなかった。復讐を果たす為に、悪を討ち果たしていってるだけだ。強くなり、もっと巨大な敵を討ち果たさなければいけないんだ。
数は途中から数えていない。向こうが圧倒的な数がいる。この島だけで二千人はいただろう。だからゲリラ戦。毎晩毎晩、襲っていく。休みなく毎晩だ。力をつけたヒカリと、少しずつ力を取り戻していった僕で、大虐殺を行った。
力を取り戻し、心を失い……アールマティ、すまない。君はこんなの望まないだろう。君の顔が曇っていくのは当然だ。
でもね、アールマティ。君を失った僕に出来るのは復讐だけなんだ。そして、復讐する為には手段なんて選べないんだ。
確かに悪を討ってはいるだろう? あいつらは人間をずっと襲ってきた海賊なんだかろ。
弱いものイジメなんて言わないでくれ。
あぁ、君さえいれば――。




