2、最弱の錬金術師
僕の困った顔を見て、充分に満足したのか、ヒカリは実際には馬車を襲って奴隷を解放するなんて事はしなかった。
ただ、通り過ぎる前に茶髪の男の子にウインクしてたけど……。
完全に通り過ぎたところで、僕は言う。
「助かったよ」
「何が? 」
「あそこで正義の味方にならなくて」
「ん~、奴隷の子供達をほっぽり出すわけに行かないじゃん」
そう、気分的には僕も奴隷制度は大嫌いだ。だが、多分何も悪い事はしていないだろう子供達を開放したとしてもそれで終わりじゃない。自分達だけで生きられるとこまで考えなくては、助けたから後は自分達で頑張ってね、とは言えない。
「そうそう」
ちゃんとわかってたのね。僕を困らせたかっただけね。
「あっ、でも行き先は調べるよ」
「今回の依頼は特に急ぎじゃないからいいけど」
ヒカリはニコニコしながら、
「強かろうが、弱かろうが、悪人は悪人。あたしが強くなる為にもいいんじゃない? 」
この世界には、ゲームの序盤みたいにレベル上げに適したモンスターはいない。スライム倒してレベル上げなんて出来ない。魔物もいるが、存在は珍しくかなり強い。魔族もいるが大抵社会を形成していて、敵にするには数が多くて危険だ。
そういう意味では弱い悪人なんて確かにスライム同然だ。殺るのにちょうどいい。
例えば、奴隷に対して酷い扱いをしている奴隷商とか……。
港町バトゥラのひとつ前の宿場町に着く。町の入り口近くの宿をまず抑えて、食事をしながら待つ。まだ例の馬車は来てない。
驚いたのは町の様子だ。半年以上連戦連勝、ゴブリンの襲撃を撃退し続けた影響か、物凄く明るく賑わっている。
ヒカリは余り食事を食べない。日本に比べて美味しいわけではないからしょうがない。だが角砂糖は別みたいだった。毎朝、トレーニングみたいな謎の武術をしてから必ずひとつ舐めている。おかげで依頼料を全部サルカラでもらったくらいだ。
宿屋でパンを不味そうに食べながら、主人に問いかける。
「初めて来たんですが、賑わってますね」
「初めてなのかい? 内陸部に逃げてた人がかなり戻って来てるからな」
「ゴブリン退治が上手くいってるからですか? 」
「そうだよ。あいつら酷かったんだ」
そして、宿の主人は海賊ゴブリン達がいかに残虐で、略奪・強盗を繰り返していたかを力説してきた。
「この今の幸せも全部男爵様のおかげさ」
「凄い魔法使うらしいですね」
「おうよ。あいつらの船なんか一撃で吹っ飛ばす」
主人は誇らしげに語る。
「それだけじゃねぇ。罪人には厳しく、俺ら庶民には優しい」
「へ~、だからこれだけ賑わってるんだ」
「弱き者の味方さ。奴隷なんかもかなりの数買い上げてて、たらふく飯を食わせてやるそうだ」
そんな事あるのか? ヒカリも不思議に思ったのか、確認する。
「そんな事あるんですか? 」
「たらふく食わせてるってのは噂だけどな。でも、奴隷を手荒に扱うと衛兵がやって来るのは昔からだな」
本当の話か。
「昔は線の細いお坊ちゃんだったが、いい領主様になってくれたよ」
「へぇ」
「信じてないな。昔はよく見掛けたんだ。薬草や魔法の研究に使う鉱石なんかを探しにここいらまで来てたんだ。本当に今の強くて立派なイメージは全然なかった。気弱そうだったし、サソリが大嫌いでな、よく泣きべそかいてた」
元々は錬金術を研究するようなひょろっこい青年だったんだな。今は確か30くらいと聞いていた。
チビッ子がひとり外から帰ってくる。ヒカリの姿を見た彼は腰に差した刀に眼をつけ質問してくる。
「姉ちゃんも兵隊になりにきたのか? 」
「そんなとこかな」
「おいらも大きくなったらなるよ」
チビッ子の発言に宿の主人は苦笑しながら注意する。
「はな垂れが偉そうに言うな。ほら荷物を片付けろ」
そして、ヒカリに向けて頭を下げる。
「お嬢さん、孫が失礼しました」
「いえいえ」
「男爵様の役に立ちたいってのはわかるが、この店どうするつもりだってね」
そんな時、町の入り口に例の馬車が入ってくるのが見えた。
「そう言えば来る途中に子供の奴隷を積んでる馬車を見たけど、男爵様が買い集めてるってやつかな? 」
「そうだろう。幸せな奴隷達だよ」
ヒカリは例の馬車を見据えたまま、お金をテーブルに乗せる。
「ここにお代は置いとくよ」
そう言って宿屋を出た。
宿屋を離れて馬車の行方を目で追っていたヒカリに、さっきのチビッ子が近付いてくる。
「姉ちゃん強いのか? 」
「内緒にしてくれる? 」
チビッ子は首を何度も縦に振る。
「実は物凄く強いんだ」
「ウソだー」
「本当だよ」
「ゴブリンどもやっつけられるのか? 」
「悪者退治をして旅してるんだ、楽勝さ」
そう言うと、道端に落ちていた木の枝を高く空に投げる。落ちてくる枝を抜刀して切り、返す刀でもう一度切った。
「黒猫流抜刀術坤巽! 」
いやいや、黒猫流って何だ! 坤巽って何だ!
チビッ子はヒカリの体格から強さを少し疑り気味だったが、落ちてくる枝を一瞬で二度切る姿に目をキラキラさせている。華奢な体格で見せた剣の技術に自分も強くなれると思ったのかも知れない。もしくは技の名前に……。
「おいらも強くなれる? 」
「なれる」
「やったぁ! 」
ヒカリはチビッ子を見つめて真面目に言う。
「楽しめたらね」
何を言ってんだ?




