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11、赤い血液、黒い咆哮

 黒き獣の咆哮は本物だ。


 大地を揺るがし、大気を震わす。


 魔力ではない。今の黒猫の鳴き声でもない。絶対的強者が持つ本当の合図。闘いの始まりを告げる合図。


 大音量のそれは、実体のない刃として、炎として、空間を圧迫する。ここにいかなる存在も許さないと宣言する。



 ベルナルドゥスは、咆哮の瞬間、極限の恐怖を感じながらも、身をかがめ、剣を突いて飛び掛かろうとしていた。その巨体は場の圧力に、一瞬動き出せなかったものの、咆哮が途切れると、再度脚を前に動かした。


 ――動かした右脚から崩れ落ちる。


 ベルナルドゥスが左上へ顔を振り向けたところに、短めの刀が首筋に突き刺さって、血がほとばしる。彼は口を動かし、何か声にならない言葉を言っている。そして、事切れた。


 命が燃え尽きた事を確認してから、刀を抜いて、長い黒髪に飛び散った返り血を気にもせず、少女は呟く。


「ごめんね。あたし、正義の味方なの」


 抜きとった刀の刃についた血を布でぬぐい、扉に目を向ける。

 この扉の中にはカイン伯がいる。プリームス帝国の貴族なわけで、どの程度かはわからないが、魔法が使えるのは間違いない。それを伝えてあるヒカリは用心しながら開けるのかと思ったが、カギがかかっているのを確認したら、すぐに用意していた、武器用の大きなつちを手に取る。


 身体を回転させ、遠心力で鎚を扉に叩き込む。扉の一部分が破損する。ヒカリが壊れた扉を蹴り始めると、中からすぐに声が聞こえる。


「た、たすけ、てくれ」


 声に構わず、ヒカリは扉を蹴る。蹴って壊しきるのは時間がかかると思ったのか、もう一度、鎚で扉をぶっ叩く。


「ひっ、宝石は渡す」


 伯爵は叫ぶ。


 ヒカリは扉に小さい穴が出来た事を確認してから、伯爵に声をかける。


「そこの穴から、ゆっくり緑夜空石サードアイを出せ」


「助けてくれ」


緑夜空石サードアイを出せ」


 扉の壊れた穴から、おずおずと美しい宝石が差し出されてくる。




 緑色の夜空がある。現代の日本ではほとんど見られないような満天の星空。この世界でも珍しい緑色の空にたくさんの星か輝いている。オーロラではなく大気光という感じだろうか? そんな神々しい刻を固めた宝石だ。




 そして、僕が美しさに感嘆した瞬間、ヒカリの刀は穴に向かって突きだされた。男の声ならぬ声が聴こえてくる。

 左手で宝石を取り、右手の刀をさらに差し込んでいく。


 刀から伝わってくる反応が弱くなったところで、ヒカリは刀を引き抜く。刀を置いて、また鎚を持つと、扉をさらに壊していく。通れるくらいの穴が出来た時、鎚を刀に持ち換えて穴から部屋の中へ入る。そして、すぐに出てくる。


「帰ろっか? 」


 その声とその表情は明るいものだった。






「これはブラックオパールかなぁ? 」


「ごめん。わからない」


「多分そう」


「緑色が多めでいろんな色があるのにブラック? 」


「遊色っていう奴なの。いいの、地球と同じ理屈で産まれた宝石ではないかも知れないし」


「そうだね。それにそれは神の目だ」


「ゴブリンの神かぁ。この世界って神様いるの? 」


「神様なんていない。いたらこんなに悪人がいっぱいいるかよ」


「ははっ、クロはそんな考え方か」


 僕の顔を見ながら、ヒカリは笑う。


 ふたりで緑夜空石サードアイを持って、隠れ家へ向かっていた。乗馬にもあっという間に慣れたヒカリは、僕を馬の首筋に乗せ走らせた。本人が言うには、地球で運動は苦手だったとの事だが信じられないくらいだ。


 砂漠の中にそびえ立つ岩山のひとつに近付く。洞穴があり、そこに馬を降りて入っていく。砂漠の下に眠る洞窟は未だに人間達の支配下に落ちていない。

 交易都市カラハタスの運河とつながる地下の洞窟に今回の集合場所を決めていた。


 ゴブリン達の、ナパート族の姿が見える。大きな被害はなさそうだ。良かった。


「ツヴァイ、みんな無事か? 」


「大丈夫だよ」


「良かった、本当に良かった」


「それよりきたい事があるんだ」


 ツヴァイだけではなく、みんながこちらを見つめている。


「どうしたんだ? 」


「隠し事は止めておいて欲しいな。危なく殺し会うところだった」


「どういう事? 」


「『朱殷しゅあんの鎧』が来た時に、教えてもらってなかったから攻撃するところだったんだ」


 当然、何の事かわからない。ヒカリと顔を見合わせる。彼女も驚いている。


「『朱殷の鎧』が来ました。それから?」


「いや、だからさ、お疲れ様って言われて」


「お疲れ様?」


「今回はお手伝いありがとうって。宝石はそちらの取り分だが、これは気持ちだって、ほら」


 パンパンに膨れた革袋が2つ。開けてみると、ひとつは金貨が、もうひとつは角砂糖サルカラが入っていた。









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