10、紅き庭、黒き獣
どうやら僕は覚悟が足りなかったらしい。
『正義の味方』と共に正義を成す。どんな卑劣な手段を使ってでも正義を成す。その覚悟が足りてない。
朱殷の鎧とすれ違い、味方の元には戻らず、白邸へ向かっている。行動だけ見れば、充分に卑怯者。だが、罪悪感を抱いている。自分に自信がない。やっている事を疑っている。
騙し討ち、最高。裏切り、最高。卑怯で卑劣で、バッチリだ。そう思っているのに味方の安否が気にかかる。
スピードを上げる。早く終わらせる。それしか出来ない。それしかないんだ。
白邸に着く。いくつもの松明に火が灯され、庭が一層美しい。庭の緑を保つ為に張り巡らしてある水路に炎の光が煌めいて、幻想的だ。ブラッドムーンの為に用意されていた灯りはかなりの数だったのもあり、神への儀式を行うかのようだ。
耳を澄ます。
「白邸の警備に駆り出されて最悪だと思ってだけど」
「ゴブリン退治に城壁の外を練り歩くのよりいいな」
「『朱殷の鎧』が行ったから、早く終わるよ」
「こっちが大忙しになる」
「伯爵様は『朱殷の鎧』嫌いなのか? 」
「自分の部屋の警備からはもともと外してたろ」
「そりゃ、宝物庫の警備だからだろ? 」
「いやいや、ベルナルドゥス様が伯爵様についてるから例の宝は……」
「隊長がいる方だろな」
警備をしている兵達の会話を聞く限り、ブラッドムーンは来ていないってわけだ。
今回の一番のポイントはブラッドムーンより早く盗み出す事。緑夜空石の場所はわかっている。人を信用できない男がどこに宝石を置いておくかなんてわかりきっている。
警備の兵達をいかに引き離すか。これも簡単だ。この綺麗な庭を燃やせばいい。砂漠の街で自分だけ緑豊かな生活を送る伯爵の命運を燃やす為と思うと、暗い笑みが浮かぶ。
不安の裏返しかもと思うが、打ち消す為にも早く始めよう。白邸への水路の入り口に立つ。まずここに枯れ草と松の樹液からとったという香油を流していく。こういう時、経験が物を言う。赤魔法、つまり火の魔法を使って戦った回数、失敗した回数が物を言う。
いろいろとやってみたもんだ。
思い描く、炎、熱量。温かさは懐かしさ。隣に立つ人影、頭を撫でてくる手。肌の温もりは悲しさ。水路から光が広がる。
黒いスクリーンが薄暗い緑から鮮やかな赤に変わっていく。光と温もりが激情に変わっていく。
戻らない。戻せない。砂時計を逆さにする。もう一度、もう一度。同じ長さの時間が始まる。同じ時は刻める?
騒がしい声が僕を現実に引き戻す。庭は地獄絵図。火炎地獄。
ここまでやれば、後は仕上げだけ。急いで、伯爵の部屋まで飛ばす。
一階の入り口。廊下。階段。二階、そして三階。廊下を突き当たりまで進み、右へ。奥にもうひとつの階段。その手前に扉と、大男。
「来たな」
僕の存在に気付いた男は嬉しそうに語る。
「俺は、ベルナルドゥス。待たせたんだ、出て来いっ! 」
武人らしいと言えば武人らしい。改めて見る、その身体は大きく、姿勢が良く、自信に満ちている。大きく、よく通る声は混乱した戦場でも価値があるだろう。だが、声に混じる弱き者に対する侮りが、僕をイライラさせる。
小さい頃から、力強さで他を圧してきた、それも無意識に発してきたモノで周りを傷付けてきた。だから、強さを見せつける事に罪悪感がない。弱さを嗤う事に羞恥心がない。
あぁ、後悔させてやる。いや、後悔なんかさせてやるもんか。
奴にやり直す機会は与えない。何も考えずに弱き者を食い物にしてきた奴を許さない。
「ここまで来て恐れをなしたか? 」
扉の前を離れず挑発するベルナルドゥスは、まだ僕の姿を認識出来ていない。気配は伝わっていて、こちらを向き身構えている。そこに向けてゆっくり進む。一歩。また一歩。そして彼は僕に気付く。
僕の姿を見て、ベルナルドゥスは嗤う。
「くくっ、猫に問いかけてしまうとはな、ふ、ははっ! 」
さらに一歩近付く。
「忙しいんだ、あっちへ行け! 」
僕はベルナルドゥスに声をかける。
「愚かな人間よ」
「なっ」
「そこをどくがいい」
「……」
人間の言葉を発する猫は初めてだったのだろう。困惑をしている。だがその姿に恐れはない。
「聞こえないのか、人間よ」
「黒猫か……悪魔の使いか? 伝説というのはいつもオーバーになるものだな」
「心当たりがあるなら、逃げればよかろう」
「伝説では、黒き大いなる豹は人語を話す、とな。子猫を豹と見間違うとは」
ベルナルドゥスは首を振り、ため息混じりに呟く。
「これでは自慢にもならん」
手にしている剣は白兵戦用の剣。刀身は少し短めで、湾曲している。
「馬に乗らない騎兵相手では自慢にならん」
こちらから挑発する。それに対して、ベルナルドゥスは自信満々に返す。
「お前の最後の相手がベルナルドゥスだ。あの世で誇れ」
剣を斜めに構え、左手の籠手と合わせる。大きな身体を屈めた。
お喋りはここまで。僕は深く低く唸る。
そして、腹の底から憎悪と怨嗟の咆哮を響かせる。




