9、盟友の紅弓、虚偽の火炎
「いいかい? 絶対に逃げるんだよ」
「あい。わかってるってば」
「ツヴァイは調子に乗りやすいから」
「あんねー、いつまでも子供じゃないんだってば」
「いや、今日はリーダーとしてだから。みんなの命がかかってるからさ」
「あいあい」
笑って答えるツヴァイがかわいい。あの小さかった赤ん坊がこんなに立派になった。父親の気分? ずっと独身だけど。
「あと運河施設は絶対に、ぜーったいに壊すなよ」
「逃げ道を壊すわけないじゃん」
「城壁まで近付くなよ」
「わかってるってば。もーっ、本当に」
視線をツヴァイから、ナパート族のみんなに移して声をかける。
「みんな、無理をするな。必ず緑夜空石は僕が取り戻すから」
「おーっ! 」
「エンダラ様を信じてる」
「神の使いに祝福を! 」
声をあげて、みんなは応えてくれる。姿もみすぼらしい黒猫に変わってしまった僕に、伝説の霊獣だった時と同じように応えてくれる。彼等はそれぞれ戦士の面を被る。弓矢を手にそれぞれ配置に着いていく。今夜は深碧の銛ではない。得物ではない。だが自信たっぷりだ。本来の彼等の武器ではないが、紅く着色された複合弓は、闇夜では色なんてわからないが、心に深く繋がりを感じさせる。盟友への想い。盟友との歴史。
みんなの想いに応えるんだ。みんなから大事なものを沢山奪ったんだ。これくらい当然さ。
北側の城門を飛び越える。番所の裏で大声を上げる。
「ゴブリンどもが群れで襲って来たぞ! 」
衛兵どもはすぐに出て来もしない。そりゃ帝国の中央部に位置するカラハタスだけど。油断しすぎ。
「隊商が襲われてるぞ! 」
やっと一人目が番所から出てくる。城壁への階段をゆっくりと上がって行く。職務怠慢だな、優秀でも困るけど。
僕は火炎の魔法を城門にかける事にする。集中する。強すぎてはいけない。弱すぎてもいけない。衛兵が気付いて、慌てるぐらい。遠くで潜んでいるナパート族のみんなに合図として見えるくらい。
「わーっ! 敵だ! ゴブリンだ! 」
上手くいった。いい塩梅だったみたい。
「おい! 早く出てこいっ! 」
慌ても、叫ぶ事はきちんとやってくれた。門はそのままでいいが、番所には燃えてもらう。カイン伯の邸宅まで異変が早く伝わらなければ価値が落ちる。
番所にも火をつける。今度は火炎の魔法なんて使わない。放火の下準備はしてあるので、それに着火の生活魔法をかける。煙重視で準備をしたが、見事に狼煙のようになった。
番所から出て来た衛兵達は城門の上で叫ぶ同僚と、番所の裏から燃え始めた炎と煙で、混乱し始める。
そんな時に一本の火矢が城壁の上の通路部分に飛んで来る。
「火矢だ! ゴブリンどもが火矢を射ってる! 」
もちろん火矢一本でレンガの城壁が燃えるわけない。だが番所が燃え始めてる為に、ゴブリンの襲撃を信じ、混乱に拍車がかかる。
「早馬を白邸までまわせ! 」
僕は大声で命令する。姿は物陰に隠して。
すぐに衛兵の一人が馬に乗って駆けていく。他の者は消火にあたる者と、城壁に登って行く者とに別れる。
城壁の外側には次々に矢が突き刺さって行く。ナパート族も複合弓を上手く使いこなしている。狙い通りの射程距離を出せている。
騒ぎの音に、番所の火事に、兵隊も集まり始める。
ここからが本番。この北門に兵を集めながら、戦争の振りを始めて、まともに戦わず、逃げなければならない。
派手にやって欲しいが、こちらに被害を出すのは論外だ。ナパート族は既に千名を切っている。今夜、来ているのは若者ばかりで50名もいないが、人口の少ない中で彼等は貴重だ。
ツヴァイ頼むぞ!
僕はナパート族を信じて、番所から駆け出す。白邸へ飛ばす。街の人々が騒ぎに気付き、通りに出て来ていて、その足元を縫うように駆けていく。
正面から騎馬兵と馬車が走ってくる。騎馬に乗る者達、馭者まで、赤い鎧を身に付けている。僕は夜目が利く。暗闇で分かりにくいが、鎧より少し明るい赤色のマントがヒラヒラと捲れる度に見えてくるのはあの赤い鎧で間違いない。忘れられない赤色だ。
暗い朱色。たくさんの血を浴びてきた色。いくつもの戦場に血染めの凄惨な情景を塗ってきた色。
『朱殷の鎧』だ。奴らがやって来る。何故、馬車? 馬車は何だ? 何の為に? 魔術兵器? そんな物まで、ブラッドムーンの為に用意していたとは……。
僕が戻るか?
いやいや、それでは本末転倒だ。
陽動作戦を行っている部隊の為に、当初の目的を忘れてはならない。敵の最強部隊を引き剥がせたんだ、最高の結果なんだ。
くそっ!
みんな逃げてくれっ!
頼むぞ、ツヴァイ!
『朱殷の鎧』達とすれ違う。




