【5】
マリオンがショコラ・ショーを作っていると、リシャールが声をかけてきた。
「マリオン、しかし……魔法と言っても、どうやって?」
「さあ? 私は魔法論の専門家じゃないし?」
それこそ専門外だ。マリオンは基本的に、治癒魔法の専門家なのである。カロンが考え込むように顎をつかんだ。
「自分の手を、別のところに出現させる魔法……?」
「部分転移か。できなくはなさそうだな」
「だけど、それだと、つかまれた感触があるはずだよね。それに、手が目撃される可能性が高い」
「……お前が言ったんだぞ」
この二人も相変わらずの通常営業だ。マリオンはショコラ・ショーを二つ作り、一つをロシェルに渡した。
「魔法で足をとらせたっていうのが一番有力だけど、現場の階段は魔法省が調査しているんでしょう?」
マリオンが尋ねると、リシャールが「ああ」とうなずく。
「魔法的なものは何も出なかった」
「なるほど。それで、現状的に一番怪しいロシェル嬢が第一容疑者と言うことだね」
と、カロンが容赦なく言うと、ロシェルは目を細めて彼を睨んだ。カロンはにっこりと彼女に笑い返した。
「ま、ロシェルが関わっている以上、私も協力するけど、何度も言うけど、私は医者であって、魔法学者じゃないんだからね」
そこのところを勘違いされては困る。確かに多少詳しいが、あくまでも多少だ。おそらく、カロンやリシャールの方が詳しいだろう。
「わたくしのことですもの。わたくしも参加させてください」
主張したのはもちろんロシェルだ。リシャールがあわてる。
「い、いや、つまりは犯人探しだぞ! しかも相手はか弱い女性を階段から落とすようなやつだ。危険だ!」
「それ、私はか弱くないって言ってる?」
いや、別にいいのだが、何となく気になったのでマリオンはツッコんでみた。しかし、スルーされた。
「危険かどうかはわたくしが判断しますわ。マリオンがわたくしのために協力するのに、わたくしが黙っているわけにはいきませんもの。それに、いざとなったらあなたを盾にして逃げますわ」
「……」
ロシェル、強い。これ、本当に盾にしそうだ。
「……まあ、いいんじゃないの。ロシェル、言いだしたら聞かないし。それに、彼女は攻撃魔法の使い手だから戦力になるわ」
「ああ、それはいいね。僕ら三人だと、どうしても戦力不足だからね」
三人とも魔法の技量には優れるが、戦闘力としてはそんなに高くない。外側からたたきつける大火力と、内側から翻弄する接近戦担当が欲しいところだったのだが、贅沢は言っていられない。ちなみに、一番戦力にならないのがリシャールである。
「となれば、まず現場を見に行くべきだね」
カロンが提案すると、リシャールが「お前も行くのか」と言いだした。むしろこの流れでどうしていかないと思った。
「もちろん。それともリシャールは、両手に花状態の方がよかった?」
「んな……っ」
リシャールが顔を赤くして絶句した。まあ、確かにカロンの言うとおり、両手に花状態だけど。
「そんなわけあるか!」
「わかってるよ。からかっただけだって」
「カロン!」
こいつ、いつか女だけじゃなくて男にも刺されるかもしれないな、と思った。
△
そしてやってきた現場の階段。どちらかというと戻ってきた、であるが。
「カロン、マリオン。何か分かるか?」
「ついてすぐにわかるわけないでしょ」
結論を急ぐリシャールにツッコミを入れつつ、マリオンはジョスリーヌのように階段を降りてみる。ロシェルにはその時いた場所に立ってもらい、マリオンの隣にはアルメルの代わりにカロンがいた。リシャールは踊り場から三人を見上げている。
「ロシェル、ジョスリーヌ嬢が落ちた時、その辺にいたの?」
「ええ。そうですわね」
と、マリオンは斜め後ろのロシェルと会話する。ふむ、と一つうなずいた。ロシェルからマリオンまで、少し距離があり、手を伸ばしたとしても届かない。双方の証言を信じるのなら、ロシェルに犯行は不可能だ。
「そもそも突き落としたのではなくて、足をつかまれた可能性が高いんだろう? どちらにしろ、ロシェル嬢には無理だと言うことだな!」
ややテンションが高くリシャールが言った。ロシェルが関わっているからだろうか。彼のやる気がいつもより高い。
「まあでも、それで先方を説得するのは無理だよね。嘘をついている、と言われればそれまでだ。反論のしようがない」
「ほかに目撃者もいないからね。ならやっぱり、私たちで犯人を捕まえるのが一番早いと言うことね」
階段の半ばで並んで立っているカロンとマリオンがそれぞれ言った。双方の主張だけでは、説得力が弱い。ならば、完全にロシェルの無実を勝ち取るには、犯人を捕まえる方が早い。この二人はそう言う結論に至った。カロンがマリオンに笑いかける。
「そんなわけでマリオン。ちょっと階段を降りるそぶりをしてくれない?」
「は? なんで?」
「いいからいいから」
意味不明であったが、マリオンは階段を降りようと右足を前に出した。その時。
「うぎゃあっ!」
可愛くない悲鳴をあげたマリオンは、近くにいたカロンにしがみついた。彼に足払いをかけられた瞬間、胴に腕をまわされて支えられたが、結構本気で落ちるかと思った。
「ちょ……! やるならやるって先に言ってよ!」
「言っちゃったら面白……いや、本当に落ちたときの恰好がわからないじゃないか」
「……今、面白くないって言おうとしたでしょう」
「気のせい気のせい」
カロンがしれっと満面の笑みで言ったが、納得できないマリオンであった。
「それより、この状態で落ちたらどういう怪我をする?」
「ええっと」
半端な落ちかけた体勢のまま、マリオンは現状を見て落ちた時の怪我を予想する。
「たぶん、足を下にして背面から滑り落ちるから、腰や背中を打つわね。それに、引っ張られた足じゃなくて階段についている足をひねると思う。そのほかは条件次第だけど……落ち方によっては、カロンみたいに肩を脱臼するかもね」
カロンの例は少々行きすぎであるが、ついている方の足をひねるのは確かだろう。
「なるほどね」
カロンはマリオンを強い力で階段まで引き戻し、立たせた。両足が付いたマリオンはほっとして息を吐いた。
「ということは、ジョスリーヌ嬢はついていた方の足を引っ張られた可能性が高いと言うことだね」
「……そうね……」
だが、それ以上のことは何もわからなかった。下から見ていたリシャールが「魔法的な痕跡はないか?」と尋ねてきた。
「私にわかる範囲ではないわね」
「僕もだよ」
マリオンもカロンも肩をすくめた。ロシェルが階段を降りてきてマリオンの腕につかまった。
「ですが、状況的に魔法が関わっていないと説明がつきませんわ」
「そうなのよねぇ」
マリオンがロシェルをくっつけたまま階段を降りる。カロンも背後からついてきた。マリオンは危険を感じて振り返る。
「カロン、背中押さないでよ」
「んんっ。そう言われると押したくなるよ」
「左腕の肩を抜くわよ」
物騒な会話をしつつ、リシャールが待っている階段の踊り場まで降りてきた。
「魔法省としても、何か決定的な証拠がない限り、階段の閉鎖はできないし、申し訳ないが、ジョスリーヌ嬢の上にいたロシェル嬢が犯人とみなされる可能性が高い」
リシャールの説明に、ロシェルは不満そうにしながらも「仕方がありませんわね」と応じた。カロンも少し考えながら言う。
「軍務省としては、巡回警備を強化することはできるけど……対魔法警備は、正直難しいね。本当はそちらを強化した方がいいのだろうけど」
「宮仕えの難しいところね」
とマリオンも肩をすくめた。そもそも、カロンの所属する部署と警備部署では別なのだが。
「……荒療治だけど」
カロンが再び口を開いた。
「実際に、どんな魔法を使ったかいくつか試してみるっているのはどうだろう。どんな魔法が使用されたか、だいたいの目星がつけば犯人が絞り込める」
「……最終手段だな、それは」
リシャールがため息をついた。実際に落ちた階段中腹からやる必要はないとはいえ、実際に怪我をする可能性が高い。
「医者としてもそれは却下。チャレンジテストは最終手段」
マリオンも両手でばってんを作って却下した。カロンが「だよねぇ」と苦笑を浮かべた。
「地道にやっていくしかないわね。私も過去の診療記録から、似たようなものがないか探してみるわ」
「頼む。私の方も、事件記録を調べてみよう」
マリオンとリシャールが言った。ロシェルが頭を下げる。
「お二人とも、通常業務がありますのに、ありがとうございます」
「い、いえ! これも仕事ですので!」
リシャールが動転したのがわかる声で言った。「気にしないで」と言おうとしたマリオンはその動揺っぷりに「声裏返ってるわよ」とツッコミを入れた。
「……まあ、過去の記録は二人に任せるけど、今回のこれが、事故ならこれで終わりなんだけどね」
カロンが珍しく真剣な表情で言った。つまり、事故でなく事件であれば、まだ続くかもしれない、と彼は言いたいのだろう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ロシェル、男には厳しい。




