【4】
治療中はさすがにカロンを診療室の中に置いておけないので、奥の研究室に引っ込ませておく。マリオンはポリーヌを助手に、先ほど簡易的に治療した部分の治療を開始する。
「サジュマン伯爵家のジョスリーヌ嬢ですよね。私のところに治療記録はなかったのですけど、何か大きな怪我とかはしたことはあります?」
「いいえ」
マリオンは必要な情報を聞き出すべく、治療しながら階段から落ちた少女、ジョスリーヌ・サジュマンと話をしていた。マリオンは微笑み、「そうですか」とうなずいた。
「さきほどのご令嬢……確か、ダルクール公爵家のアルメルでしたね。彼女とは仲が良いの?」
この問いかけの返事には少し迷った様子を見せた。だが、すぐに答える。
「はい」
マリオンは「そうですか」と相槌を打ったりなんかしていたが、その実鋭い視線でジョスリーヌの話を聞いていた。
「あなたとアルメル嬢は階段を降りていたんですよね」
「はい。そうしたら、ロシェルさんが昇ってこられて」
この辺り、アルメルが言っていたことに相違はないようだ。ジョスリーヌがため息をつく。
「アルメルさんはロシェルさんが突き落としたんだって言ってましたけど、わたくしはただ……足を、滑らせただけで」
「それは不運でしたね。大丈夫です。軽くひねっただけなので、一日安静にしていれば明日には元通り歩けます。あと、背中にも打撲があるようですけど、軽く治癒をかけておきますね」
マリオンはテキパキと治療を進める。先ほど簡単に治療をしていたので、改めて怪我の具合を確認して包帯を巻きなおすくらいだ。
「ポリーヌ。ジョスリーヌ嬢を送って差し上げて」
「はい」
待機していたポリーヌに声をかけ、マリオンは「無理しないように」と言ってジョスリーヌを送り出した。それからしばらくして研究室からカロンが出てきた。
「ねえマリオン。この医学書、結構興味深いんだけど」
「三日貸してやるから必ず返せ」
「……マリオン、僕への対応雑じゃない?」
今更である。いちいち彼の戯言に付き合っていられないので、だんだんこうなっていったのだ。
医学書の話はさておきだ。
「マドモアゼル・ジョスリーヌの容体は?」
「大丈夫よ。軽く足首をひねっただけ。あなたの方がよっぽど重症だわ」
同じく階段を落ちただけのはずなのに、どうしてカロンはこんなにも重症なのか。落ち方の問題か、やはり。
「カロン。ジョスリーヌ嬢が階段から落ちたっていうの、どう思う?」
カロンは洞察力が鋭い。なので尋ねてみたのだが、彼はへらっと笑って患者用の椅子に腰かけた。
「その辺は、リシャールがこっちに来てからの議題にしよう」
「……そうね」
リシャールは必ずここに来るだろう。魔法省所属の彼だが、よく、医者マリオンの意見を聞きに診療室を訪れる。まあ、それ以外の理由の時も多いけど。
カロンとマリオンがくだらない議題で議論を戦わせていると、診療室にノックがあった。
「どうぞ」
患者だったらカロンに出て行ってもらうつもりで、声を上げる。しかし、入ってきたのは顔見知りだった。だが、リシャールではない。
「ごきげんよう、マリオン、カロンさん」
「やあ、ロシェル嬢。今回は災難だね」
カロンが動かせる左手をひらひらと振ってこたえた。立ち上がり、入ってきた絶世の美女ロシェルに椅子を譲る。
「近衛の方に根掘り葉掘り聞かれましたわ」
うんざりした様子でロシェルが言った。マリオンは苦笑を浮かべる。
「まあ、宮殿内で起こった事件事故は彼らの責任になるしね」
「彼らの警備の仕方が甘いのですわ」
バッサリと斬り捨てるロシェル。軍務省所属のカロンが「あは。耳が痛い」と笑う。そこは笑うところじゃない。
「ロシェルは大丈夫? 怪我とかは?」
「わたくしは平気ですわ。ただの目撃者ですもの」
と、ロシェルは目撃者、の部分を強調した。いや、マリオンもカロンも彼女が突き落としたなどと思っていないから、反応に困る。
カロンが机に腰を引っ掛けるように座り、女性二人は椅子に座って話し込んでいると、再びノックがあった。
「勝手に入ってこい」
マリオンが言うと、カロンが「だんだん雑になっていってないかい?」と尋ねてきた。もちろん、雑になってきているに決まっている。
「マリオン! 診察結果はどうだ!? ロシェル嬢が突き落としただとか、ありえない! 言っていることが支離滅裂だった!」
叫びながら入ってきたのはリシャールだった。こいつ、中にロシェルがいることに気付いていないな?
「実際に落ちた令嬢はなんと――――」
と、勢いでそこまで言ったリシャールが、マリオンの向かい側に座るロシェルに気づいて口をつぐんだ。マリオンはチャンスとばかりに言った。
「ロシェル。紹介するわ。私の大学時代の友人で、リシャール。リシャール。彼女が噂のロシェル。仲良くしてね」
しれっと、自分は何も知りません、という体で紹介してみる。リシャールはすぐに返答できないようで固まっているし、ロシェルは厳しい目でリシャールを見ていた。
「……よろしくお願いいたしますわ、リシャールさん」
「あ……ええ。リシャールと、申します……」
しどろもどろなリシャールに、マリオンはため息を付き、カロンは笑い声をあげた。相変わらずの男である。
「……カロンさんとは違って、まじめそうな方ですわね」
ロシェルは無難にそんなセリフで返した。話しかけられたマリオンは苦笑して「そうね」と言った。それから立ち上がる。
「飲み物を入れよう。コーヒーでいい? 煮詰まってるけど」
沸かしたものを何度も過熱していたので、かなり煮詰まっているはず。
「……紅茶にしてくれ」
「わかった」
リシャールの要望を受け、煮詰まったコーヒーではなく紅茶を入れる。ロシェルとカロンにも手渡し、自分の分も机に置いた。ティーカップを受け取ったリシャールが診察用のベッドに腰掛けた。
「それでマリオン。どう思う?」
紅茶を一口嚥下してからすぐさま問いかけてきたリシャールである。緊張しているからだろうか。心もち早口だ。しかし、マリオンはいつもの調子で言った。
「先にそっちが情報開示すべき。真実でも嘘でもね。だってこれ、魔法省の担当で魔法研究所所属の私には実際関係ないことなんだから」
「……」
しれっと正論を言う。マリオンはただの医者であり、本来なら関係がない。だが、そうは言っていられないのでいつも情報は開示しているけど。
「目撃証言によると、ジョスリーヌ嬢は突然足を滑らせ、階段から落ちたように見えたそうだ。一緒にいたアルメル嬢は上にいたロシェル嬢が突き落としたのだ、と言っていたが……」
リシャールがちらっとロシェルを見てから言った。
「ロシェル嬢は、突き落としていないと言っている」
「情報が少なすぎるよ。それじゃあ何とも言えない。アルメル嬢が突き落としたと言うことは?」
「アルメル嬢は否定している」
「堂々巡りだねぇ」
カロンが肩をすくめた。あれこれ聞いていたが、結局不明のままだ。
「リシャール。ジョスリーヌ嬢がどういうふうに落ちたか聞いた?」
マリオンが選手交代で尋ねた。リシャールが一瞬、「は?」と言う表情になる。
「だから、階段から落ちて」
「だから、落ち方だよ。前からつんのめったとか、お尻から落ちたとか」
「……わたくしが見た時には、しりもちをついていたと思いますわ」
ロシェルが答えた。この中で、現場をじかに目撃しているのは彼女だけだ。かなり信頼できるだろう。マリオンはうなずいた。
「なるほどね」
「ということは、足から落ちた可能性が高いね」
「ええ」
カロンの言葉にマリオンもうなずく。リシャールが「どういうことだ?」と説明を求めてきたのでマリオンは口を開く。
「簡単なことよ。前につんのめったのなら、着地した時に四つん這いかうつぶせになっている可能性が高いし、体の前面に怪我をするわ。足から落ちたのなら、お尻や背中に怪我をする。ジョスリーヌ嬢の打撲は、背中側にあったわ」
服の上からであったが、マリオンには透視能力があるのである。
「前からつんのめるときは、こうやって」
マリオンは隣に立っているカロンの背中を押す。
「背中を押された可能性が高い。でも、足から落ちたのなら、足を滑らせたかこうして」
今度はカロンの足元を蹴る。もちろん彼は倒れなかったが、言いたいことはわかっただろう。
「足をとられた可能性が高い。そして、ひねった足には人の手のあとみたいなものがあったわ。足をひねったのは、階段から落ちたからではなくて、足首をつかまれたからでしょうね」
最も、本人は足を滑らせたのだと言っていた。痕が残るほど強くつかまれたはずなのに、自覚がないのが気になった。
「お前……ほとんどわかってるじゃないか!」
リシャールが怒ったように言うが、マリオンとしては心外である。
「わかってないわよ。ジョスリーヌ嬢がどうやって落下したか、可能性の話でしょ。犯人も目的も犯行理由もわかっていないわよ」
これを何もわかっていないと言うのだ。
「ジョスリーヌ嬢、恨みを買うタイプには見えなかったしねぇ」
と、やっぱり暢気にカロン。恨みと言うのなら、アルメルのほうが買っていそうだ。
「……いや、とにかくそれだけわかれば魔法省としてもありがたい」
リシャールがありがとう、と言うので、マリオンは苦笑して普通の推察だ、と応える。まあ、確かに医者であるマリオンにしかできない確認方法かもしれないが。
「でもマリオン。君、人間が階段を降りる人の足をつかめるかい? しかも、君はさっきああいったけど、足を後ろに引っ張ったらつんのめる。ということは、足を前に引っ張ったと言うことだけど……」
「そうね。人間にはできないわ」
マリオンはにやりと笑う。
「でも、魔法なら、できるわね」
それからマリオンは立ち上がり、「ショコラ・ショー飲もう~」と新しいマグを取り出した。
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