【5】
マリオンが目を覚ますと、ベッドの両隣りにはイレーヌとロシェルがいた。両手に花状態である。美人をはべらせてうらやましいね、と寝る前にカロンに言われた。とび蹴りをかまそうか真剣に悩んだ。
リシャールが言ったように、一度寝たらちょっと落ち着いた。両隣りがまだ寝ているので、マリオンはしばらくじっとしていたが、のそりと起き上がった。自分の父が患者であることを思いだしたのである。一応、何かあれば起こしてくれ、ということを伝えてはあるので、夜中には何事もなかった、と考えていいだろう。
「お姉様ぁ?」
左手にいるイレーヌが目を覚ましたようでとろんとした目でマリオンを見上げる。マリオンは「もう少し寝ていても大丈夫よ」と彼女に声をかける。
「……お姉様、どっかいくの?」
「お父様の様子を見てくるわよ」
「……もう少し後でもいいじゃん」
と、イレーヌはマリオンの太もものあたりに頭をのっける。マリオンは妹の頭をよしよしとなでた。確かに今行ってもギヨームは起きていない可能性が高い。だが、準備は先に終えておきたいのだ。
「……どうしましたの」
反対側のロシェルも目を覚ました。マリオンが声をかける前に身を起こし、マリオンの太ももを枕にしているイレーヌを見て言った。
「うらやましい……いえ、仲がいいですわね」
「煩悩が隠しきれてないわよ」
苦笑しつつも思わずツッコミを入れてしまった。これがなければ誰もが憧れる美女、というのに納得できるのに。
とりあえずイレーヌも起こしてどいてもらい、マリオンは身支度を始める。あくびをしながらもイレーヌとロシェルもベッドから降りた。
「お姉様、朝早いねぇ」
「夜中にたたき起こされることも珍しくないからね」
マリオンがそう言って苦笑すると、ロシェルが少し眉をひそめた。
「その節は、お世話になりましたわ……」
「フローラさんのこと? よくあるから問題ないよ。結構、夜に産気づく人って多いのよね」
マリオンが当たる人がそうなだけかもしれないが。何度か出産に立ち会ったが、夜中から明け方にかけて産気づく人が多かった気がする
「……マリオン。言っておきますけれど、それなりに名のある伯爵家の令嬢が、医師であるとはいえ遠慮なく夜中にたたき起こされると言うのは結構不自然な状態ですのよ」
「……まあ、何となくそんな気はしてるけど」
しかし、医師と言う道を選択した以上、仕方がないのだとマリオンは思っている。
ここはリオンクール公爵邸だ。ロシェルとイレーヌのサイズの服だけではなく、マリオンが着られるものもあった。びっくりした。一応親戚であり、止まる可能性を考慮してくれていたのだろうか。マリオンは背が高いので、たぶん、既製品ではあまりサイズがないと思うのだが。
マリオンは常識的な朝の時間に父の経過観察に行った。まあ、そうは言っても、特に問題はなさそうだ。一応、むせたと言うことで精密検査はしてみるつもりだが、マリオンでは読影ができないので結局検査は別の医師に任せた方が良いだろう。
「マリオン、イレーヌはどうした」
「イレーヌはロシェルと朝食をとりにいったわ。お父様も、とりあえず大丈夫だから朝食に行ってもいいよ」
場合によっては食べない方が良いこともあるので、先に確認に来たのだ。今のところ、炎症などは起きていないので大丈夫だろう。
「ま、違和感があったら私に言って」
「そんな……先に治せないの?」
この期に及んでそんなことを言うタチアナに、マリオンは呆れた。昨日、ちゃんと話を聞いていたのだろうか。
「あのね。私がした検査的には問題ないの。ただ、それだけでは感知できないことなんかもあるから注意してって私は言ってるわけ」
タチアナとギヨームが顔を見合わせる。それからタチアナが言った。
「マリオン、もっとこう……女の子らしい言い方はできないの?」
「やるべきところではちゃんとしてるんだから、放っておいて」
マリオンもいい加減おなかがすいた。朝食に行きたい。
「……私も朝食に行くけど、お父様たちも一緒に行く?」
一応誘ってみたら、思わず色よい返事が返ってきて、マリオンは逆に戸惑った。誘ってしまって了承されたので、マリオンは両親と共に食堂に向かった。
「あ、お姉様……って、お父様とお母様も一緒なんだ。おはよう」
イレーヌが立ち上がってマリオンに手を振ったが、その後ろに両親がいるのを見て、動きを止める。マリオンがイレーヌの隣に座ると、給仕が彼女の前にも食事を出す。時間差でも対応してくれるとは、さすがは公爵家。
席数の問題で、ギヨームとタチアナは隣のテーブルに着いた。マリオンはその二人と一緒に来たのだから、そちらに座るべきなのかもしれないが、さすがに隣に座るのは避けたい。
「おはよう、マリオン」
「うん。おはよう」
ロシェルたちと先に朝食をとっていたカロンとリシャールが声をかけてきた。彼らも隣のテーブルにいた。マリオンもとりあえず挨拶を返す。
マリオンも食事を終えるころ、食後のお茶をしていたカロンが立ち上がった。こちらに声をかけないので、食事を終えて出ていく、と言うつもりでもないらしい。どうしたのだろうと目で追っていると、カロンはギヨームとタチアナに声をかけた。
「少しよろしいですか」
こいつ何する気だ。カロンに注目が集まる。彼はいつものにこにこポーカーフェイスでこんなことを言いだした。
「僕、娘さんにプロポーズしたいのですが」
ぶはっと噴出したのはリシャールだ。テーブルは別だが、近くに座っていたロシェルがリシャールの肩のあたりを殴る。リシャールは咳き込みながらも息を整えた。
カロンもまたあいまいな言い方をする。彼は『娘さん』と言ったが、マリオンやイレーヌの名を出していない。あいまいに言って、ギヨームとタチアナがどういう反応をするか見ているのだろう。
それに気づいたのは、マリオンだけではないはずだ。実際、噴出したリシャールも気づいただろうし。カロンに声をかけようとしたマリオンを、イレーヌが引き留めた。彼女も、カロンの狙いに気付いたと見える。
「娘……イレーヌにですか? あの子とカロン殿に接点はあまりなかったと思うのですが……」
ギヨームが戸惑いがちにあげた名は、わかっていたがイレーヌの方だった。どうやら、マリオンは彼らに娘として認識されていないようだった。
「ええ。イレーヌとはあまり接点がありませんね。彼女もいい子だとは思いますが、僕が言っているのはマリオンのことですよ」
ああ、ポーカーフェイスで表情が読めない。でも、目が笑っていない。余計なことはするな、と怒りたい気もするが、カロンを怒らせる方が怖い。温厚に見えて、怒ると怖いのだ、彼は。
「マリオン……ですか? でもうちは、娘しかいないので、マリオンに後を継がせようかと思っていたのですが……」
カロンはラリュエット侯爵家の嫡男である。プロポーズするとなれば、娘はラリュエット侯爵家に入ることになる、と考えるのが普通の思考だ。ギヨームの懸念もわかる。客観的に見て、マリオンに家を継がせようと言うのは合理的な考え方だからだ。マリオンでもそうする。
「ええ~。別に私でも大丈夫だって思うんだけど」
イレーヌが頬を膨らませながら言う。可愛いな。マリオンもカロンたちと一緒にいるときはやる仕草なので、やはり姉妹なのだな、と思う。イレーヌが一緒だと、どうしてもしっかりしないと、と思ってしまうのだ。
「何言ってるの。あなたには幸せな結婚をしてほしいのよ」
「イレーヌの幸せのために、マリオンを犠牲にすると?」
カロンが相変わらず強い口調で言った。さすがにマリオンもいたたまれなくなってきて、立ち上がるとカロンを止めに入った。
「カロン、もういいからやめなよ」
「でも、こっちが解決しないと君、縛られたままだろう?」
カロンの言いたいことは何となくわかったが、マリオンは「そんなことない者」と言い返す。言ってから、墓穴を掘った気がした。
マリオンに向き直ったカロンがニコリと笑う。今度はポーカーフェイスではなく、本当に笑っていた。
「じゃあマリオン。僕と結婚を前提におつきあいしてください」
……かなり引いた、そして正統派なプロポーズをされてマリオンは驚いた。こちらを見つめてくる視線が痛い。ロシェルの複雑な視線と、イレーヌの「うなずけ」という視線を感じた。
「わ……たしで、良ければ……」
「うん。ヨアンも喜ぶよ」
カロンがマリオンの手を取って口づけた。イレーヌは嬉しそうな悲鳴をあげたが、ロシェルはかなり複雑そうだった。そして、リシャールからは「やっとか」というツッコミが入った。主にマリオンの意地が問題であった。申し訳ない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次回、最終話。
ちょうど、三月末で終わりますねー。




