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物語の結末は  作者: 雲居瑞香
第6章
36/38

【4】








 後にマリオンは、『ロシェルはきれいにしているから泣きつくのは遠慮したけど、カロンならいいかと思った』と語り、カロンに『僕ならいいんだ……』とうれしいのか悲しいのかよくわからない微妙な表情をさせた。

 要するに、あとから合流してきたカロンに泣きついたのである。いや、本当に、ロシェルはきれいなドレスを着ているし、髪も化粧もばっちりだ。そんな彼女に泣きつくのは気が引けたのだが、男性用の衣装なら汚れも落としやすそうだ、というマリオンの勝手な判断である。リシャールではなくカロンを選んだのは、やはりマリオンがカロンを好きだからだろう。


「よしよし。でも、言いたいことが言えてよかったじゃないか」


 と、カロンがマリオンの背中をたたいた。マリオンは「だから言いすぎちゃったの~」と涙声で言った。

 この期に及んでまだ、『嫌われたらどうしよう』なんて思っている自分に、冷静な部分が呆れている。嫌われるも何も、初めから感心なんて持たれていないのに。


「大丈夫大丈夫。追い出されたら、うちにおいでよ」


 さりげなくカロンが勧誘する。たぶん今、ロシェルがカロンを睨んだと思う。リシャールがうろたえたもん。


「あの家にいるのが嫌なら、私の妹になるのはどうだ」


 途中から加わってきた聞き覚えのある声に、マリオンは顔をあげた。たぶん、化粧が崩れてすごいことになっていると思う。


「……ラウール兄さん……」


 マリオンの従兄は苦笑し、マリオンの頭を撫でた。ちなみに、髪型も崩れている。

「そんなところにいないで、部屋に入れ。一室開けてやるから」

 と言いながらラウールが初めに開けた部屋では明らかに不倫行為が行われていたが、ツッコまないことにする。

 部屋に入って、まず、マリオンはロシェルに手伝ってもらいながら顔を洗った。化粧がだいぶ崩れていて、もはや意味をなしていなかったのである。鏡を見ると、目がちょっと赤くなっていた。マリオンは自分で自分が大人びた顔立ちをしていると思っていたが、やはり、化粧を落とすと少し幼く見えた。


「マリオン、おいで。髪を結ってあげる」


 カロンがそう言って手招きする。ロシェルもこれには反論しなかった。たぶん、この中で最もマリオンに似合う髪型をわかっているのはカロンだ。それを再現できる器用さを持つのがカロンしかいない、という理由もあるが。

 カロンが楽しげに後ろを向いたマリオンの髪を結い始める。ラウールがそれを覗き込み、「器用なものだな」と感心した。

「はい、いいよ」

「ありがとう」

 マリオンは編み込まれた髪に触れる。正直、あとはもう寝るだけ、というようなくらいなので適当にくくってもよかったのだが、やってくれると言うのならやってもらおうと思った。


「マリオン、叔父上たちと喧嘩でもしたか」


 ラウールの問いに、マリオンは赤い目でむくれる。

「喧嘩は信頼関係があって初めて成り立つの。私たちの間にそんなものはないから、私が一方的に怒っただけ」

 客観的に見れば、ギヨームが『謝れ』と言ったのは正しいのだ。マリオンは、タチアナに謝らなければならないようなことを言ったのだから。

 ただ、それで本当にタチアナが傷ついているのかは疑わしい。マリオンは心理学に詳しくはないが、タチアナは『娘を心配する母親』という自分の役割に酔っているような気がした。


「さすがは百年に一度の秀才。言うことが違うな」


 ラウールはそう言って笑うが、こう言う理屈っぽいところがマリオンの「かわいくない」ところである。おそらく、両親もマリオンのこういうところが気にくわないのだろうな、と思う。親子だが、性格が合わない。

「叔父上たちは、お前のその才能が理解できなかったんだろうな」

「私は別に、好きでこんなに頭がいいわけじゃないもん」

「うわぁ。マリオン、今君、世の中の大多数の人間を敵に回したよ」

 カロンが笑いながら言った。マリオンのまわりには、笑いながら話す人が多い。

「……普通で良かったのにとも思うけど、普通だったら、ロシェルやカロンやリシャールと会えなかっただろうから、これでよかったのかもしれないって気もする」

 マリオンがソファの上で膝を抱えて言った。マリオンのドレスにはパニエが入っていないのでできる芸当である。コルセットはしているから、ちょっと苦しいけど。


 ラウールが言うように、両親にはマリオンが理解できなかったのだろう。何しろ、彼女は三歳で読み書きを覚え、、五歳で数学を理解した。十歳で教養学校に入るころには、物理学や魔法学だって理解できた。多少歳を重ねて、医者としても何人かの子供たちを見てきて、自分が異常だったのだと気付く。

 それでもマリオンは、自分はただ天才だからできたのではなく、努力した結果が今なのだと思っている。両親は、やっぱりそれも理解していない。

 マリオンがカロンに惹かれるのは、もしかしたら、彼も飛び級した天才だからかもしれない。マリオンほどではないが、カロンも天才のうちに入る人間だ。同じだ、と思う気持ちが、カロンを好きにさせているのかもしれない。

 マリオンはため息をついて自分の膝に突っ伏した。

「どうしたの?」

「や、ちょっと自己嫌悪……」

「突っ伏すなら僕の胸を貸すよ」

 カロンがバッと腕を広げた。ラウールが低く笑う。

「ははは。お前、うちの妹にセクハラすんな」

「あはは。ラウールさんの妹さんじゃないでしょ」

 この二人、もしかして似てる? たぶん、マリオンだけでなくロシェルとリシャールも思ったことだと思う。


「マリオン。説教するようで悪いが」


 ラウールがマリオンと視線を合わせて言った。子供に言い聞かせるような感じで、やはり、彼から見るとマリオンはまだ子供なのだな、と思った。


「お前は、ご両親が自分を理解していないと言ったな。確かにその通りだし、私もそれを否定することはない。しかしだな。お前もあの人たちを理解していないんだ。言わなければ伝わらないことが、世の中にはたくさんあるだろう」


 マリオンはうなずいた。医者をしていても同じだと思う。患者が口にしなければ、わからないことがたくさんある。夫から暴力を受けていたアニエスなどがその例にあたるだろう。外側からではわからないことが世の中たくさんあるのだ。

「……でも、言ったら言い過ぎた」

 マリオンがむくれたまま言うと、ラウールは眉尻を下げて笑った。

「一番伝えたいことは言えたか? 自分は親に愛してほしかったんだーって」

「……言っても、『愛してるに決まっている』って言われるもの」

 実は、実際に聞いたことがある。今よりもっと子供のころだ。どうして自分のことはイレーヌと同じように愛してくれないんだ、と。その時の返答が来れだ。そして、お前はイレーヌと違ってしっかり者だから、と続く。しっかり者だから、見ていなくても大丈夫だと。何もしなくてもいいのだと。


「そうか。じゃあ、もっと単純に言えばいいんだ。ほめてほしかったんだって」

「……」


 マリオンは膝を抱える腕に力を込めた。そう。なんのことはない。愛してほしいとか、理解してほしいとか、そう言うことではなく、マリオンは両親に褒めてほしかった。自分のやってきたことを認めてほしかっただけなのだ。

「……私、もうそんな希望持ってないもん」

「そうか。お前がそう言うならそう言うことにしておこうか」

 ラウールは笑ってもう一度彼女の頭をたたくと、他の三人に向かって言った。

「良かったら君たちも泊まっていってくれ。マリオンは君たちを信頼しているようだから、この子も安心するだろ」

「よろしいのですか? それでは遠慮なく」

 ロシェルが代表して答えた。こういう時、彼女は強い。男嫌いの彼女だが、リシャールやカロンのことは何となく信用しているように、ラウールのことも信用できると思ったのだろうか。どちらかというと、現実的判断能力に基づく者でもある気がする。

「では僕たちも」

「お言葉に甘えまして」

 カロンとリシャールもうなずく。ラウールが「遠慮はいらん。マリオンをよろしくな」と鷹揚に笑う。カロンがマリオンの背中をさする。

「ほら、マリオン。落ち着いたら寝よう」

「うん」

「イレーヌも呼んできて、三人で寝ましょうか」

「……そう、だね」

 カロンが「自分も混ざっていい?」などと言ってロシェルに「ダメです」とぴしゃりと言われているのを横目に、マリオンはリシャールに頭を撫でられた。

「とりあえず寝て、落ち着こう」

「……うん」

 自分のまわりには優しい人が多いな、と思った。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


そろそろまとめに入ります。


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