【3】
初っ端から殺人事件です。お気をつけください。
こちらです! と足をもつれさせながら走る女性スタッフについて、マリオンたちはその人が死んでいると言う場所に向かった。
スタッフは死んでいると言ったが、所詮素人目だ。医者である二人が見たら、どうだろうか。
「ダメだな」
「ご臨終」
合掌。
ティエリとマリオンが同じ判断を下した。カロンも含めて手を合わせて死者に祈りをささげる。三人とも職業柄、ご遺体にはよく対面するのだ。
「……明らかに他殺よね」
「まあ、自殺は難しいと思うけど、できなくはないと思うよ」
と言ったのはカロン。まあ確かに、念動力系の魔法を使えば不可能ではないだろうが、凶器は魔剣である。操るのは難しいだろう。
魔剣で胸を一突き。たぶん即死だろう。検死をすれば何か分かるかもしれないが。
「最初に見つけた人は?」
「自分です」
手をあげたのは、照明スタッフだと言う男性だった。全体的に、この劇場のスタッフは若い。まあ、実際に劇場で動いている人が若いだけで、管理職は中年以上なのかもしれないけど。
カロンが事情聴収を開始した。これらの案件はおそらく、軍の管轄になる。ちょっと系統は外れてくるが、カロンも軍務省の人間である。なので、捜査をしても問題ない。たぶん。まあ、感覚的には末端ではなく上層部が捜査に出てくるような感じだ。
マリオンとティエリはそろって検死だ。まあ、簡易検死になるが。マリオンはあまり経験がないので、これも勉強だ。ご遺体にはちょっと申し訳ないが。
「亡くなって三十分も経っていないのに、出血がありませんね。これ、魔法性外傷のせいですか」
「そうだな。あまり見ないタイプだが、きられたところから固まっていくタイプだ」
ほら、とティエリがご遺体の胸元をたたく。確かに堅そうだ。マリオンが剣の柄に手をかける。断っておくが、二人とも手袋をしている。マリオンはしかも、舞台スタッフの服を借りていた。さすがにドレスで検死はできないので。
「ってことは、これ、抜けないんですかねぇ」
「マリオン、現場は保存しておいて」
カロンから声が飛んできて、マリオンは手を引いた。代わりにご遺体が着ている服をひん剥いた。
「お嬢さん、恥じらいはどこに置いてきたんだ……」
劇場スタッフからツッコミが入った。医師をしていたらそんな恥じらいはどこかに行ってしまう。
彼はオペラ歌手ではなく、舞台監督であるらしい。やややせぎすの男性だった。どう見ても肌の質感ではなく、陶器のようだった。やはり亡くなってから三十分くらいだろうか。ちょうど、マリオンがアルマンの治療をしていたころだ。
ということは、その時一緒にいたものにはアリバイが成立する? ここまで来るのに、あの楽屋から十分ほどかかった。
だがまあ、マリオンは予想を立てる係ではない。事実を確認するだけだ。
「っていうか、こんな魔剣、一体どこから……」
「戦中に使用されたものかもしれんなぁ。回収されていないものも多いと聞く」
この場合の戦中とは、一年前に起きた紛争ではなく、三十年ほど前に起きた大戦のことだろう。マリオンもカロンも戦後世代なので、当時のことはよく知らない。
とりあえず、それで納得しておこう。かつて出兵した家には、こういった剣が残っていても不思議ではない。家宝として飾っていた剣が実は強力な魔剣だった、という事態もないわけではない。
「マリオン。透視魔法で何か見えるか?」
「……彼の体を構成している物質が、陶器みたいになってるのはわかる」
もう進行は止まっているようで、これ以上は広がりそうにないけど。心臓を剣が貫いているのでそこから広がっているのだろう。一応、マリオンの専門だが、効力が特殊すぎる。
「カロンの方はどう?」
「いろいろわかったかな」
と、そちらは余裕の表情だ。ちょいちょいと手招きされて、マリオンはその場をティエリに任せていったん倉庫から出た。
「どうしたの? 犯人誰?」
「犯人はおそらく、君が治療していたアルマンだね」
「……一応反論するけど、彼、アリバイがあるわよ。検死をした医師としては、その時間はまさに私が彼の治療をしていたんだもの」
「うん。確かにその通りだね」
カロンが人が通りかかるのを察して、マリオンの頭の上の壁に腕をついた。周囲を気にしながら彼は囁くように言う。
「マリオンにはあの部屋の魔法の痕跡は見えた?」
「……いいえ。私の透視能力は、消えた過去の痕跡は見えないもの」
少しどぎまぎしながら彼女は応える。マリオンが見えるのは、『現在』のみだ。過去も未来も見ることができない。現状から類推することはできるが、カロンが言っているのはそう言うことではないだろう。
「僕も見えているわけではないけど、魔法で仕掛けを作っていたのはわかった。まあ、謎解きは後にして。さっき、アルマンを治療していた時、何か気づかなかった?」
たまに、カロンはこんなことを言う。マリオンは自分に覆いかぶさるようにしているカロンを睨みあげる。にっこり笑っていた。相変わらず腹黒い……と思った。
「……先生も言っていたけど、彼の腕の怪我は魔法性外傷よ。あの手の定着型魔法は、きられたところから壊死していくものなのだけど、それに反抗するような反作用魔法がかかっていたわ。不自然と言えば不自然ね」
「なるほどねぇ。もう一つ魔剣があるのかもしれないのか」
「ただの短剣にその手の魔法を定着させることもできるわ」
「そうだね」
カロンは目を細めると体勢を直し、壁についていた腕を引く。その際にマリオンの頬をひと撫でしていった。突然のことに、マリオンはびくついた。
「ああごめん。怖かった?」
「驚いただけよ」
マリオンは唇をとがらせて言った。そう。ちょっとびっくりしただけ。別にドキドキしたりしていない。
「確認が取れたところで、謎解きをしてみようか。まあ、謎っていうか、単純なトリックだけどね」
と、カロンは茶目っ気たっぷりにウィンク。それが様になっていて腹が立つ。マリオンは目を細めてカロンを見上げた。
「まあ、聞かせてもらおうじゃないの。そのトリックってやつを」
まるで自分が犯人であるかのような口ぶりだった。カロンも「君が望むならね」などと言うので、この空間だけちょっとおかしい。
というわけで倉庫に戻る。マリオンはカロンから離れてちょこちょことティエリの横に移動する。
「何もされなかったか?」
「なんのことですか?」
ティエリがそんなことを聞いてきたが、マリオンはいまいちピンとこず、首をかしげた。ティエリは苦笑し、「ならいい」とマリオンの頭を軽くたたいた。
「まず、犯人はあなただ、アルマンさん」
おお、直球で言った。マリオンはカロンとアルマンを見比べた。さすがに二人とも表情が変わらなかった。
「……あなたは軍務省の役人でしたか。何か証拠はあるんでしょうね? 役人に殺人犯だと言われて冤罪だった場合、宮廷に訴えさせていただきます」
「ええ。もちろん」
アルマンは無表情、カロンは笑顔と言う違いはあるが、二人ともポーカーフェイスだ。ちょっと怖い。そんなマリオンも表情に変化は見られない。
「シメオンさんの死亡推定時刻は午後八時ごろ。この意見で、二人の医師の意見は一致しています。ですがおそらく、シメオンさんはそれより十五分ほど早く殺されている。アルマンさんの手によってね」
「十五分くらいなら、誤差の範囲では?」
アルマンが眉をひそめたが、ティエリがいや、と首を左右に振る。
「シメオン殿の死因は出血性ショックではない。魔法性外傷による」
「まあ、出血が少ないですし、刺されたところから一気に硬化が始まってますからね……流血による失血性ショックとは違い、魔法による死因は、死亡時間がかなり正確にわかるんです。もちろん、死後半日以内であれば、という条件が付きますけど」
ティエリとマリオンのよくわかる解説である。詳しいことは言えないが、魔法性外傷ショック死の場合、そのまま魔法が定着することがある。その定着も、半日ほどで消えてしまうが、それまでなら結構はっきりと魔法構築式を読み解くことができるのだ。実際、マリオンもそこから死亡時間を算出した。
こうした例もあるため、マリオンは魔法構築学も学んでいる。そんな彼女が、死亡推定時刻を間違えた? ティエリも同意見だったのに?
「あっ」
マリオンは思わず大きな声をあげた。カロンが「気づいた?」とマリオンに優しく微笑む。その笑みがアルマンに向けられたとき、冷たいものに変わった。
「彼女は、君の手の傷を治した時、魔法性外傷に対抗する反作用魔法がかかっていたと言っていた。反作用魔法は、文字通りもう一方の魔法に対抗するもの。そして、二つの相反する魔法がぶつかったとき、その構築式は狂う」
「それで、死亡推定時刻がずれた……」
「そう。つまり、アルマンさんは、この倉庫で堂々とシメオンさんを刺殺。その後、楽屋に戻り、自分の腕を傷つけた。マリオン!」
「はいっ」
カロンに真剣な声で名を呼ばれ、マリオンはとっさに返事をする。
「君、血液鑑定ができたはずだね」
「で、できるけど……」
カロンがマリオンに向かってにっこり笑った。
「この剣の血液を鑑定してみてくれない? おそらく、シメオンさんの血とアルマンさんの血の反応が出るから」
「あ……じゃあ、アルマンさんはここで自分の腕を傷つけてしまって、仕方なく自分で自分の腕を切った?」
「ついでに、別の人間が犯人だと思い込ませるためにね。でも、急にだったからちょっと設定がふわっとし過ぎだったけど」
まあ、それはマリオンもおかしいな、と思ったもん。魔剣で斬られた怪我は小さかったから、あの微妙な魔法性外傷だったのか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
私の小説のなかでは、ヒロインが謎解きをすることが多いのですが、珍しく男性にやってもらいました。
っていうか二人とも、ここ、事件現場だから。




