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物語の結末は  作者: 雲居瑞香
第3章
13/38

【1】








 社交シーズンが近づいてくると、どうしても王都の人口は多くなる。そうなると、必然的に医者であるマリオンたちの仕事も増えていく。人数が増える分、病人怪我人が多くなるのだ。特に、貴族の奥方や令嬢が領地や学校から出てくるので、女医であるマリオンもあちこちに派遣され、あちこちで嫌味を言われている。


 しかし、今日の派遣依頼は対象が女性ではなかった。


「先生! 軍で怪我人が出たから来てほしいとのことなのですが!」

 ポリーヌが駆け込んできて、マリオンに告げた。彼女は「ええー」と声を上げる。先ほど見た患者の診療録を書いているところだったのだ。

「ほかの先生は? ベクレル先生とか」

「ほとんどは往診に出かけています。残っているのはほとんど、本日待機の先生ばっかりですね」

「……そうなの」

 やはり、他の医師も忙しいらしい。待機医師とは、研究所の診察室に一日待機している医師のことだ。忙しいからと言って全員が往診に行ってしまえば、宮殿はがら空きになってしまう。それを避けるために、それぞれ専門の違う医師を三人、残すことにしているのだ。

「わかった。行くわ。診療鞄用意して」

「了解です」

 ポリーヌがテキパキと治療道具を鞄に詰めはじめる。マリオンは書きかけの診療録を片づけ、棚に鍵をかけた。軍からの依頼と言うことは、求められているのは外科的知識だろう。残っている医師の中に、もしかしたら外科医はいないのかもしれない。


 マリオンは助手としてポリーヌを連れ、現場である訓練場に向かった。ざわめいている軍人たちを押しのける。


「はいはい。ちょっとどいてね」


 マリオンはそんな感じで人ごみをかき分け、怪我人の元へ向かった。怪我人はマリオンに見える範囲では五人。思った通り外科的知識が必要な部分だ。まあ、医者ならだれでも応急処置はできるけど。

「まったく。何をしたらこうなるの。ポリーヌ。そっちの人の止血をお願い。私は内蔵詰めるから」

「りょ、了解」

 ポリーヌが若干引き気味に言った。まあ、普通、この光景を見たら引く。マリオンですらちょっと引いたし。

 あとで聞いたのだが、魔法剣士たちの訓練中に魔法の暴発が起こったらしい。何やら魔法道具を使ったらしいが、制御システムに問題があったようだ。そのため、軍の統括をしている軍務省、魔法の管理をしている魔法省、そして、魔法道具を製作している魔法研究所が原因究明に乗り出すことになった。


 とはいえ、直接関係ないマリオンは、とりあえず怪我人を治すことが優先だ。マリオンは自分の治療する様子を見ている軍人たちを振り返る。

「ほら。ボーっとしてないで手伝いなさいよ。とりあえず裂けた傷を縫うから押さえてて」

「あ、はい」

 有無を言わさぬマリオンの口調に反応したのは近くにいた二十歳前後の青年軍人だった。針と糸を取り出したマリオンに、内臓が半分出ていて息も絶え絶えだった軍人がさすがに顔をひきつらせた。


「……このまま縫うのか?」


 怪我人を押さえている軍人も引き気味に言った。マリオンはふっと笑みを浮かべる。


「死にたいの?」

「……」


 黙ったので、マリオンはチクチクと傷口を縫い合わせ始めた。そのまま治癒魔法をかける方法もあるが、仮縫いをしてからの方がくっつきやすいのである。

 このまま縫うのか、と言われて答えなかったマリオンであるが、さすがにこのまま縫うのは可愛そうなので、精神感応魔法で痛みを和らげている。マリオンはあまり精神感応系の魔法が得意ではないので効きがいまいちの場合もあるが、ないよりはましだ。

 治癒魔法をかけて包帯を巻き、とりあえずの処置は終了だ。

「鎮痛剤、打っておく?」

「こ、これくらい、大丈夫……です」

 縫われたばかりの軍人が答えた。マリオンはその様子を見て、勝手に「打っておくわね」と答えた。


「さて。次」


 マリオンはテキパキと怪我人たちの処置をしていく。裂傷は仮縫いをしてから治癒魔法をかけ、単純骨折はそのまま直した。一応、一両日中は動かさないように言っておく。

「ひとまずは大丈夫だけど、明日、もう一度診察するから、全員今日は病棟に泊まりなさい」

「これくらい平気です!」

 マリオンは「脳筋か!」と突っ込みそうになって、耐えた。

「医者が大丈夫じゃないって言ってるの。いいから従っておきなさい」

 一人に対し人数が多かったので、対応が雑だったのは認めるが、治療はちゃんとした。

「ほら。馬鹿なこと言ってないで病室に行くわよ。手が空いてる人は連れて行くの手伝って」

 勝手にそんなことを言うマリオンであるが、命じられることになれている彼らはマリオンの言葉を聞いてすぐに動いた。上官たちも止めるつもりはないようだ。どちらにしろ、この騒動が収まらなければ訓練は再開できないだろう。


 怪我人五人を病室に放り込み、マリオンは伸びをした。それから病人を連れてきてくれた軍人たちに礼を言う。

「ありがとう。顎で使って悪かったわね」

「い、いえ! こちらこそ、ありがとうございました」

 と、軍人たちに敬礼されてちょっとビビったマリオンである。とりあえず診察室に戻ろうと廊下を歩いていたマリオンであるが、誰もいない廊下で先ほど手伝ってくれた軍人に声をかけられた。


「マリオンさん!」


 マリオンと、ともにいたポリーヌも振り返る。先ほどの二十歳前後の軍人だ。身長はリシャールと同じくらいだろうか。体格が良いので、彼よりも大きく見える。

「すみません。呼びとめてしまって」

「……それは構わないけど」

 こちらは訓練場に戻る道とは逆だ。何を思ってここまで追ってきたのだろうか。

「同僚たちのこと、ありがとうございました。それで、その、俺……」

 マリオンは言い淀んで視線をさまよわせる軍人を見上げつつ、首をかしげた。そして、その軍人はまっすぐにマリオンを見て言った。


「俺は、しがない子爵家の次男で剣の腕くらいしか取り柄がないような人間ですが……その、あなたのことが好きなんです! 良ければ付き合ってもらえないかと……!」

「……」


 びっくりしたマリオンであるが、現場を目撃したポリーヌによると、表情に変化は見られず、むしろ冷たい目をしていたと言う。
















 マリオンに突然告白してきた軍人は、陸軍第三魔法師団に所属する准尉で、ディミトリ・ジロドーというらしい。本人の申告通りジロドー子爵家の次男坊だった。

 何故突然マリオンに交際を申し込んできたかというと、いわゆる一目ぼれであるらしい。話を聞いたところ、そんな感じだった。

「ざっくりしていてわかりませんわ。ディミトリ准尉はその訓練場の一件でマリオンに一目ぼれした、ということですの?」

「いや……そうじゃなくてだね」

 たまたま診察室にやってきたロシェルに事情を説明しつつ、マリオンも自分の頭の中を整理する。

「ほら、私、前にラヴィレニ伯爵夫人の出産の手伝いにいったでしょう」

「ああ、ええ。聞きましたわ。カロンがリシャールに叱られたやつですわね」

「……そうね」

 マリオンは苦笑してうなずいた。マリオンが酔っぱらいカロンにいわゆるお持ち帰りされた件で、カロンはリシャールに叱られたらしい。まあ、カロンは笑ってかわしていそうだけど。ちなみに、ロシェルもがっつり叱ったらしい。これに関してはマリオンも悪いので、カロンだけを責めないでほしいところである。


「実は、伯爵家に行く前に交通事故に遭遇してさぁ。巻き込まれた子供の治療をしたのよね。それを見ていたらしいのよ」


 そこで惚れられたらしい。わけがわからない。


「わたくしはわかるような気がしますわ」

 温かい紅茶を飲みながら、ロシェルは微笑んだ。

「医者の顔のマリオンはとても凛々しくて格好いいですもの。なんと言うか……衝撃を受けますの。この人はなんて美しい人なんだろうって」

「……」

「ほら。そんな顔しないでくださいな」

 ロシェルがにっこり笑った。それから身を乗り出して尋ねる。

「それで、お返事はしましたの?」

「そう言うのは考えられないからと答えた」

「そうなんですの」

 ロシェルは自分は女性の方が好きなタイプだが、友人にまでそれを求めないらしい。だが、マリオンが変な男につかまるのは全力で阻止しそうだ。


「そう言えば前から気になっていたのですけど」

「うん?」


 話が変わり、マリオンは首をかしげる。ロシェルが示したのは、窓際に飾ってある、カロンからもらった造花の花束だった。見栄えが良いので、診察室に飾っているのである。

「あれ、どこかで買って来たんですの?」

「ううん。もらった」

 マリオンが正直に答えると、ロシェルは「でしょうね」と微笑んだ。マリオンは目をしばたたかせる。

「どうしてわかったの?」

「マリオンが自分で買うとは思えませんし、それに、これはメッセージですもの」

「メッセージ?」

 マリオンが尋ね返すと、ロシェルは微笑んだ。

「これをくれた人は、きっと、マリオンのことが好きなのね」

 ロシェルのセリフに、ディミトリから突然の告白を受けても動かなかったマリオンの表情が動いた。

 カスミソウもアイリスも、花言葉はたくさんある。カスミソウは清らかな心、感謝、そして永遠の愛。そして、アイリスはあなたを愛す、優しい心。などなど。


 つまるところは、愛の告白とも取れるのだ。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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