【6】
attention!
私は医療に詳しくないので、医学的に間違っているところがあるかもしれませんが、暖かい目で見守っていただけると幸いです。
この話はフィクション、しかも、魔法があること前提なので、現実の医療とはちょっと違う設定です。
帰りは辻馬車を拾い、ラリュエット侯爵家まで向かった。マリオンは馬車の中でもテディ・ベアを大事そうに抱えている。
目的地(屋敷)に到着し、カロンが代金を払った。それを眺めていたマリオンは、屋敷の方から誰かが走ってくるのに気がついた。
「カロン。誰か来たよ」
「え? ああ、本当だ。フェルナンだ」
ラリュエット侯爵家の執事である。彼は走ってきて、そして叫んだ。
「マリオン様!」
マリオンもカロンも「ええ!?」と声を上げる。
「私?」
「君たち僕の扱い雑過ぎでしょ……」
マリオンが驚き、カロンがあきらめたように苦笑した。支払いの終わった辻馬車がことことと音を立てて離れていく。
「ええっと。私に何か用?」
マリオンがテディ・ベアを抱えたまま尋ねると、フェルナンは言った。
「マリオン様はお医者様とお伺いしていますが!」
「え、ええ。そうだけど」
妙に気合の入った言葉に、マリオンは引き気味である。すると、フェルナンはがばりと頭を下げた。
「病人がいるんです! お願いします! 助けてください!」
マリオンは一瞬目を見開き、隣にいたカロンにテディ・ベアを押し付けた。
「どこ?」
「こちらです!」
屋敷の主の息子をほっぽりだして、執事と客人は屋敷に入る。その後をテディ・ベアを持ったカロンがついてきた。
「マリオン様!」
執事のフェルナンに通された部屋に入ったマリオンは、今朝彼女の支度を手伝ってくれたニノンを見た。彼女はマリオンを見てほっとした表情になる。
「旦那様、奥様。マリオン様です!」
「マリオン。せっかく休みだと言っていたのに申し訳ないが、診てもらえないだろうか……!」
ラリュエット侯爵ブレーズが頭を下げる勢いでマリオンに頼み込んできた。もちろん、そうするつもりである。
「もちろんです。失礼」
マリオンは病人が寝ているベッドに近づく。四十歳前後と見える女性だ。側にいる同じ年頃の男性は彼女の夫だろうか。二人とも、この屋敷の使用人なのだろう。
「マリオン……大丈夫かしら」
ジュリアがマリオンに尋ねる。彼女はそれに答えず、その使用人の顔色を見て、顎に指をかけると少し持ち上げた。
顔色が悪いな。それに喘鳴……ぜんそくではなさそうだし、何らかの呼吸困難か。
「すみません。彼女、お名前は?」
すかさず、ジュリアがマリオンの問いに答えた。
「侍女長のブリジットよ。そちらは旦那のセヴラン」
セヴランが蒼ざめた顔でマリオンに一礼した。マリオンも軽くうなずき、「ブリジットさんですね」と名を復唱する。
「ブリジットさん。聞こえますか?」
喘鳴を繰り返しながら、ブリジットはうなずいた。意識はあるようだ。マリオンは彼女の顔を覗き込みながら尋ねる。
「いつごろからこうなったかわかります? ぜんそくなどの持病はありませんか?」
「苦しくなったのは……一時間くらい前で……休んでいたら治ると思ったんですけど、良くならなくて……」
ここで彼女は一呼吸おいて言葉を続けた。
「持病は……ありません」
「では、どこか痛いところは?」
主訴は呼吸困難であるが、何が原因なのか突き止めねばならない。ブリジットは少し間を置いてから答えた。
「実は、少し、胸のあたりが……。その……今朝、脚立から落ちてしまって」
「それはうつぶせで?」
「はい……」
そのことを聞いたマリオンは、「失礼」と言ってブリジットの胸のあたりに手を置いた。女性は胸が膨らんでいるためわかりづらいのだが、たぶん……。
「やっぱり。肋骨が折れてる」
「肋骨!?」
セヴランが驚いた声を上げる。マリオンはうなずいた。
「たぶん、脚立から落ちた時に折れたのね。ちょっと静かにしてもらえますか?」
ざわつく外野に対し、マリオンは容赦なく言った。骨折は透視能力で簡単にわかるが、もう一つ確かめたいことがあった。マリオンはブリジットの胸元に耳を近づけた。かすかに、肺が膨らむ音が聞こえる。
「気胸、かな」
「気胸?」
いつの間にかマリオンのいたカロンが首をかしげた。マリオンは「そうよ」とうなずく。
「肋骨が折れて肺に穴が開いたのね。それで空気が漏れて、その空気が肺を圧迫している状態。だから苦しいのね」
原因がわかれば処置はそう難しくない。肋骨をくっつけ、肺の穴をふさぎ、肺の外にたまった空気を抜く。肋骨が肺を傷つけているのは明白なので、まずマリオンは魔法で骨を元の位置に戻すところから始めた。穴をふさぎ、圧迫している空気を抜けば少し呼吸が落ち着き、顔色も戻ってきた。
「ブリジットさん、どうですか?」
マリオンが尋ねると、ブリジットは弱弱しく微笑んだ。
「だいぶ……楽になりました」
「良かったわ。まだ痛むだろうから、一応鎮痛剤を打っておくわね」
マリオンは診療鞄から注射器を取り出し、ブリジットに鎮痛剤を打った。骨が折れていたので、元に戻しても痛む可能性が高かった。痛みが落ち着いてくると、ブリジットは目を閉じて寝息をたてはじめた。夫のセヴランがほうっと息を吐く。
「妻は……大丈夫なんですか?」
「骨は簡易にくっつけただけだけれど、肺の穴はふさいだし、圧迫してた空気を抜いたから大丈夫。明日、もう一度来て骨をくっつけるわ。骨をくっつけるための機材がないから。鎮痛剤を出しておくから、痛いようなら飲ませて。それと、安静にするように言っておいて」
マリオンがブリジットの情報をノートに書き込みながら言った。顔をあげたマリオンに向かって、セヴランは勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございます! マリオン様! なんとお礼を申し上げてよいか……!」
「そんなに感謝されるようなことはしてないわよ」
マリオンは苦笑してそう言ったが、ジュリアが「いいえ」と口を挟んできた。
「彼女、長いことわたくしの侍女をしてくれていてね。わたくしにとって友達みたいな存在なの。だから、助けてくれて感謝するわ。どうもありがとう」
そう言ってジュリアはマリオンをぎゅっと抱きしめた。何故か、マリオンはどきどきした。
「私からも礼を言う、マリオン。君は本当にすごいな。その知識を得るために、努力を重ねたのだろうな」
ブレーズが穏やかな目でマリオンを見つめていた。マリオンは動揺して後ろに下がる。そんなマリオンの肩をカロンがつかんだ。
「マリオン。君は僕たちの大切な人をすくったんだ。感謝されたなら、素直に受け取っておけばいいんだよ」
カロンは後ろからマリオンの顔を覗き込み、赤くなった彼女の頬を撫でた。マリオンは小さな声で「うん」とうなずいた。
△
「マリオン」
診察室にノックがあって、カロンが入ってきた。カロンのラリュエット侯爵家であった侍女長の気胸事件から既に一週間が過ぎていた。あれから何度かブリジットの様子を見に行ったが、順調に回復しており、次の診察は五日後だった。
「なあに。ブリジットさんの容体でも急変した?」
「ううん。順調だよ。さすがはマリオン」
カロンの言葉が嘘くさい。まあ、ブリジットの容態が悪くなっていないのなら、それはそれでよかった。
「今日はそんなマリオンにお礼」
「お礼?」
ちょっと意味が分からない。マリオンが首をかしげると、カロンは「はい」と造花の花束を差し出した。
「前に、生花だと衛生上好ましくない、って言ってた気がするから」
「まあ、診察室ならね……」
マリオンはそう言いながら一応花束を受け取る。カスミソウとアイリスの花束だった。匂いはしないが、眼に優しい花束である。
「思わず受取っちゃったけど、何のお礼なの?」
「もちろん、ブリジットを治してくれたこと。まあ、これくらいで治療費になるとは思わないけど」
「だからいいって。そう言うのは。国から医療費は出てるんだから」
この国では、医療費は国から出される。個人的に個人病院にかかる場合は別だが、今回の場合は使用人とはいえ所属はラリュエット侯爵家。しかも、治療したのは王立魔法研究所所属の国家公務員、マリオンだった。そのため、治療代は国家から出ることになる。そう言う決まりなのだ。貴族は多額の税金を納めているので。
なので、マリオンが治療の礼を受け取るのは筋違いである。彼女の給料は国から出ている。しかし、カロンは笑って取り合わなかった。
「受け取ってもらわないとこっちの気持ちが収まらないの。あ、これ、セヴランとブリジットから」
と、さらに箱を渡される。中に入っていたのはマドレーヌだった。
「セヴランの御手製だよ。おいしいよ」
「……」
「返されたら行き場がなくなるから受け取ってね」
マリオンは造花の花束とマドレーヌの入った箱を見つめる。あの日買ってもらったテディ・ベアは、診療室の椅子に偉そうに足を組んで座っていた。
「ねえマリオン。僕たち、本当に感謝してるんだ。人の命を救う君の仕事は立派だよ。君は以前に感謝されるために仕事をしているわけではないって言ったよね。でも、助けられた方は君にとても感謝しているんだ。その気持ちをすげなく断られたら、せっかく助けた人が悲しむことになるんだよ」
何だか言いくるめられている気がするが、マリオンはひとまず「わかった」とうなずいた。
「それじゃあ、その……ありがとう」
「うん」
受け取ったマリオンに、カロンは微笑みかけ、彼女の頭を撫でた。
「それじゃあ僕も仕事があるから。また一緒にご飯でも行こうね」
「あ……」
診察室を出ていきかけたカロンを見て、マリオンは何故か、急に言わなくてはならない、と思った。
「少しだけ、嘘ついた!」
思ったより大きく響いた声に、カロンは驚いた表情で振り返った。マリオンの顔をまじまじと見つめる。
「……前に、私、医者になったのは男の人に診られるのが嫌で、かっこいいと思ったからって言った」
「うん」
カロンは穏やかにうなずいた。マリオンはもらった花束と箱を抱きしめ、言った。
「それも、本当。でも、ほんとのほんとは、人を助けることができれば生きていてもいいって、思えるかなって……」
「……マリオン」
視線を落としたマリオンを、戻ってきたカロンがそっと抱きしめた。その背中をたたく。
「僕はいつも、君がいてくれてよかったと思っているよ」
自分の問題ではあるが、カロンのその言葉にマリオンは少し安心した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第二章完結。マリオンは結構闇が深いです。普段はわりと元気娘なのですが(笑)




