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鳴かぬ蛍  作者: iliilii
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恋に焦がれて

 助手席からサイドミラーに映るいつもより華やかなメイクにかすかな違和感。少し屈んで窓の向こうをのぞき込む。光の加減で陰って見えるも、いつもより華やかな分何かが足りない。

「あっ、どうしよう、イヤリング忘れた」

 運転席のフォーマルスーツの彼がほんの一瞬、ちらりと視線を寄越す。

「戻ってる時間は……ないな。式場で借りる?」

「貸してもらえるかな?」

「着いたら訊いてみるよ。確かに今日は髪も上げてるし、耳がシンプルすぎるかもな」

 信号待ちでじっと見つめられた後、不意に伸ばされた指先が耳の形をすっとなぞった。どきっと大きく跳ねた後も小さく跳ね続ける心臓をなだめながら、自分の迂闊さにため息をつく。


 今日は共通の友人の結婚式。二人揃って招待された。

 華やかなワンピースに髪はアップ。くるぶしにきらきらのワンポイントがついたストッキングに踵が細く高いハイヒール。両親から二十歳の誕生日にもらったパールを首に、同じパールのイヤリングはどうしても耳が痛くなってしまうからと、出掛けに着けようと後回しにしたのをすっかり忘れて家を出てしまった。


「やっぱりピアスあけようかなぁ」

「あけるの痛そうだって言ってただろう?」

「痛そうだけど、こういうとき忘れないんじゃないかなって」

「俺はどっちでもいいけど、痛い思いはして欲しくないな」

 念のためにクラッチバッグの中を探してもイヤリングは見当たらない。入れた覚えがないのだから当然だ。きっと今もダイニングテーブルの上には小さな二粒が寄り添っているはず。




 まるで森の中に迷い込んだかのような結婚式場。


 先に受付を済ませ、控え室ではなくホールに据えられた優美なソファーに、ワンピースがシワにならないよう慎重に腰をおろして彼を待つ。

 この式場へは、家からの直線距離は近いのに、その間に都内屈指の大きな公園があるせいでぐるっと回り道することになる。車を出してくれた彼に感謝しながら、喜びのざわめきと光に溢れ、幸福と花に彩られたホールから、一面ガラス張りの先にある新緑を所在なく眺める。

 少し落ち着こうと深く息を吸い込めば、人工的ではない、生きた花の香りがした。


「借りられたよ。ねーちゃんにその服見せてただろう? あれならこれがいいってすぐ用意してくれた」

 急ぎ足で戻って来た彼の手のひらに上にはパールのイヤリング。

「式場がお姉さんのところで助かったぁ」

 慌てて立ち上がると、履き慣れない高さのヒールによろける。すかさず支えてくれる彼の頼もしさにまた心臓が跳ねた。いつもとは違う装いだからか、さりげない仕草に心が浮き立つ。


 手のひらにそっとのせられた乳白色の二粒に目を瞠る。これ、お姉さんの私物だ。独特の光沢を持つ最高級の粒。以前、何かの拍子に真珠が好きなことを彼女に話したら、夫から贈られたものだと、はにかみながら透明な声で囁いていた。そんな大切なものを貸してもらえた。

 思わず彼を見れば、訳知り顔で笑っていた。

「今日の司会、ねーちゃんらしい」

「本当? そういえば大人気のスタッフさんのスケジュールが運良く空いていたって言ってたかも。今思い出した。その時もお姉さんかなって思ったんだった」

 急いで、けれど慎重にイヤリングを着ける。その位置を彼がそっと直してくれた。その目も指も出逢った頃から変わらず優しい。

 ここが幸せの気配に溢れた場所だからか、ずっと彼の隣に居続けられた幸運に感謝したくなる。


「それとこれも」

 なに? と思う間もなく手をとられ、彼の指と少し冷たい何かが左手の薬指をするっと通った。

 彼の大きな手に指先が留まったまま、心臓に一番近い指には中央に一粒のパール、その左右にダイヤモンドが一粒ずつあしらわれた、ずっと憧れていた指輪がまろやかな光を反射していた。


 言葉をなくしたまま、幸せがぎゅっと詰め込まれた指からゆっくり視線を上げていく。真珠色のネクタイの先には照れくさそうに笑う彼。


「そのネックレスと同じところの。前にずっと憧れているって言ってたから」

 彼にそれを言ったのは高校生の頃に一度だけだ。あの頃は無邪気に話せたそんなことも、年を重ねるにつれ現実が迫り、逆に口を閉ざすようになっていった。

「憶えてたの?」

 パールを専門に扱う老舗のジュエリー店。ずっと好きで、ずっと憧れていて、二十歳の誕生日に両親からそのお店のネックレスをもらった際は感動して思わず泣いたほどだ。自分の手元にあることがあまりに嬉しくて、ことあるごとに眺めては勇気をもらってきた。

 それ以上に憧れていた指輪。深い照りをもつ美しい一粒。


「忘れるわけないだろう。絶対にこれを渡すんだってあの時決意したんだから」

 目の前の彼をくっきりと際立たせているのは、ガラス張りの向こうに広がる緑の木々なのか、ちらちらと躍るように射し込む木漏れ日なのか、それとも、僅かに滲んだ涙なのか。


 背の高い彼が柔らかな視線を落とす。見上げる視線が彼の瞳に惹きつけられる。繋がったままの指先に力が込められた。

「俺たちもここで結婚式しよう」

 答えるよりも先に笑みが浮かぶ。彼の笑顔が輝いて見えた。きっと私はいま、溢れんばかりの満面の笑みを全身に浮かべているはずだ。

「一緒に、幸せになりたい」

「これから先もずっと一緒に、幸せになろう」

 指を絡めて繋いだ手。そっと寄り添う。この先もずっと寄り添う。彼の肩に頭を寄せると、優しさを伝える唇が額をかすめていった。






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