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第9章 見えたものは何ですか?


待ち合わせのダーツバーに意気揚々と向かう。

久し振りにダーツがやれる事が嬉しかった。


「先に着いたから適当に投げてるよ!」


井口からは30分ほど前に連絡が来ていた。

場所はメールでしっかり送られてきてたし問題ない。

駅周辺の繁華街をメールを頼りに歩き、俺は一軒のダーツバーの扉を開けた。


「よぉ!」


井口が奥のブースで手を上げる。

俺も手を上げて答えようとして、ふと気付いた。

井口の隣に見たことの無い女性がいる。

ひょっとして今日は彼女とのデートだったんだろうか?だとしたら俺って邪魔者じゃん。

そんな事を思いながらブースまで辿り着く。



「えーっと、最初に紹介しとく。こちらさっき話したヤジ。俺の中学と高校の同級生」

「あっ!矢島です。あの、今日はお邪魔しちゃってスイマセン!」


井口が隣の女性に俺を紹介する。

俺は恐縮しながら頭を下げた。


「いやいや、ヤジは全然お邪魔じゃないから」

「そうですよ。私が勝手に着いて来たんですから」

「いえいえ、せっかく彼氏さんと久し振りのデートを楽しんでる時に…」

「あー…ちょい待ったっ!!」


土産だけ受け取ったら、そそくさと帰ります…そう言おうとして井口に止められる。


「あのね、ヤジは何か勘違いをしてるようなんだが…」

「ふぇい?勘違い?」


訳が分からずフリーズした俺は、間抜けな声で聞き返す?


「この子は俺の大学の後輩で、篠宮って言うの!残念ながら俺の彼女じゃ無いから」

「はぁ…?」

「彼女さんはもっとキレイな方ですもんね?」

「キレイかどうか知らんけど、もっと怖い事は確かだよ」

「はぁ…」


井口の彼女では無い、という事はなんとなく分かった。


「あたし出版社で働いてて、井口さんとは時々仕事で一緒になるんです」

「今日も一緒に仕事してて、俺がダーツの話したら興味あるらしくって…」

「それで無理言って連れて来てもらったんです」

「はぁ…」

「だからお邪魔なのはあたしの方なんですよ」


なるほどね、何となく俺にも分かってきたわ。

事情が飲み込めて俺が安心したその時だった。


「んで、篠宮は初心者だから、ヤジが教えてあげてね?」

「はぁ…ぁあんっ!?」


相変わらずな井口のムチャ振りに、俺が発した叫び声はフロアに響き渡った。

女の子に、しかも初対面の女の子にダーツを教えろとは…

いったいどうしたら良いんだよ。



ダーツがブルに入った事を知らせる電子音が鳴っている。

1人で投げている井口は、ずいぶんと快調のようだ。

その隣のブースで俺は、と言えば…


「えぇっと…あ、脚はもうちょっと開いて…」

「こうですか?」

「あっ、その、右じゃなくて左足を…」

「こんな感じで?」

「そ、そうです。で、その、膝をもうちょっと…」


ダーツは初めてだと言う篠宮さんに、四苦八苦しながら教えていた。

過去にも何度かダーツ初心者に教えた事はある。

ただ、その全員が男性だった。

女性に教えるのは本当に本当に初めてだ。


「それで…腕を、えっと、こうして…」

「こうかな?」

「いや、あの、えーっと…」


男性相手なら軽く教えられるが、女性相手じゃ上手くいかない。

まず女性との会話に緊張してしまう。

そしてもう1つ大きな問題がある。

男性相手なら足や腕を触ってフォームを教えられるが、女性相手にはどうしても出来ない。

触って嫌がられたり悲鳴上げられたら…

そう考えると、どうしても言葉で伝えるしか方法がなくなってしまう。


「も、もうちょっと肘を曲げて…」

「よっ…と」

「あぁ!そ、それは曲げすぎです」


しかも篠宮さんの格好がまた、その…なんて言うか眩しすぎる。

ノースリーブのワンピースにショートパンツ。

それに膝の上まであるニーハイソックスだ。

さっきからチラチラ見える腋と、いわゆる絶対領域が気になって仕方ない。

最初なんてショートパンツに気付かなくて、下着が見えちゃうんじゃないかとハラハラした。


「さっきから何やってんのよ、お2人さん!」


見かねたように井口が苦笑しながら戻ってくる。

後ろのブースのディスプレイには、ベストスコア更新の文字。

俺が出したことも無い点数だ。


「じゃあ、篠宮。構えて」

「はいっ!」

「脚はこう!膝は伸ばす!腕はココ!肘の角度はこの位!」

「こうですか?」


井口はテキパキと指示を出す。

あっと言う間に篠宮さんのフォームが固まっていく。

俺があれだけ躊躇してた腕にも脚にも、何も感じないかのように触れる。


「そう!胸は少し反らす!で、ケツはもうちょい引く!」


最後に、その…む、胸元と、お尻…まで軽く触ってるんですけど!

思わず篠宮さんの表情を窺ってしまう。

別に嫌そうな顔も声も上げてない。

「やっぱりモテるヤツってのは違うんだな」と寂しくなる。

まぁ、俺は久し振りのダーツを楽しめたらそれで良いか。


「はい、そこから自然に腕を振って」

「えいっ!」


ダーツがボードに刺さって軽快な電子音が鳴る。


「きゃあぁ!!刺さったぁ!!」

「おぉ!いきなりブルじゃん!!」

「先輩!ハイタッチー!!」

「ナイス!ブル!!」

「矢島さんもハイタッチしましょ!しましょ!」

「え?あ、はいっ!はいっ!!」


なんか勢いでハイタッチしてしまった。

篠宮さんの手は、想像以上にすっげー柔らかだった。


センスが良いのか、篠宮さんは初心者にしてはハイスコアを連発する。

俺はさすがに5年のブランクは大きくて、彼女と良いトコ勝負レベルだ。


「先輩、あたしセンスあります?」

「たぶんビギナーズ・ラックだな」

「篠宮さんは上手いよ!このスコアは、なかなか初心者じゃ出せないって!」

「すぐ篠宮は調子乗るから、そんな褒めなくて良いよ」


相変わらず井口は冷めた対応で、俺はヒヤヒヤしてしまう。

それでもハイスコアが出たりブルに入っては、互いにハイタッチや肩を叩き合う。

彼女に触れるときも触れられるときも、俺は毎回同じ様にドキドキした。

どんなテンションで、どんな強さで、どこにタッチしたら良いのか…

スコアが伸びなかった理由は、それを考えすぎたせいだと思う。



2時間ほど投げて、別フロアーで夕飯になる。

半円状のドーナツみたいなソファー席で、篠宮さんを挟んで俺と井口が座る。


「忘れないうちに土産を渡しとくわ」


井口が鞄の中から紙袋を2つ引っ張り出す。


「わぁ!ありがとうございます!!」

「おぉ、サンキューな!」


受け取って自分の鞄に仕舞いかけた所で、井口に声を掛けられる。


「取り合えず開けてみてよ!面白いもん買ってきたんだから!」

「え?開けて良いの?」

「良いよ!篠宮なんかもう開けてるし」


隣を見ると篠宮さんは紙袋から小箱を取り出して、それを開けようとしている。

俺も鞄から紙袋を取り出し直し、言われるままに開ける作業に入る。


「わぁ!!すっごーい!!」


箱を閉じてるセロテープに苦戦してると、隣から歓声が上がる。


「先輩、これ高かったんじゃないですか?」

「免税店だと結構お手軽価格だよ」


篠宮さんの手には小さなキーケースがあった。

ドコの何かはサッパリだが、きっと有名なブランド物なんだろう。


「早くヤジも開けてよ!」


笑顔で喜んでる彼女の横顔を見てると、井口から催促された。

仕方ないのでセロテープとの格闘を再開する。

やっとの思いでセロテープを剥がし、箱の蓋を開ける。

そこに入ってたのは…


「何…これ?」

「それね、グァムで有名な恋愛と結婚の神様なんだって!」


箱の中に鎮座していたのは、一体の木彫りの置物だった。

空き缶サイズのソレは、いかにも南の島っぽい仮面をして、腰ミノをまとっている。

手には槍の様なものまで持っていて、神様と言うより勇敢な戦士みたいだ。


「お前、篠宮さんにはソレで、俺にはコレかよ!」

「それ結構高かったんだぞ!観光地価格だし!」


井口は笑いながら反論する。


「でもよく見るとカワイイですよー!ほら、ここら辺とか。」


横から手が伸びてきて、篠宮さんが仮面の目の辺りを指差す。

その拍子に彼女のワンピースの胸元が緩んだのが視界に入る。

慌てて視線を反らすが、見えていた。

柔らかそうな胸のラインと、水色のブラジャー…



「ちょ、ちょっとトイレ…行ってくる」


平静を装いながら箱を鞄に仕舞い、トイレに立つ。


「はぁ~~~」


便器に向かって用を足しながら、深く息を吐く。

見てしまった事はバレて無い、と思う。

そもそも見えてた事にも気付いてない、と思う。

と言うより思いたい。


「ふぅ~~~」


ただ今は、彼女が気付いて無いだけに気まずい。

彼女が全くの他人だったら、たぶん喜んでしまうようなハプニングなのに。

そこまで悩んで、気が付くと出るものは出終わっていた。


手を洗って鏡を覗き込む。

万が一、ニヤけ顔で戻ったりしたら、それこそ恥ずかしくて死ねる。

しっかり確認してから、俺は席に戻った。


戻るとトイレに立つ前に頼んでいたビールは、とっくに温くなっていた。


「遅いから先に飲んじゃったからね」

「ゴメンゴメン!」


勤めて冷静を装う。

なるべく篠宮さんの方は見ない。

見ないつもりなのに、気付くと視界に捕らえてしまう。

彼女が視界で動く度に、視線が胸元に引き寄せられて…慌てて反らす。

俺の中で何かと何かが葛藤しながら、食事は進んでいった。


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