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第7章 夏休みはどうすごしますか?


土曜、日曜と何もせずに家で過ごした。

家にあったカップラーメンで食事を済ませ、買い物にも行かなかった。

土曜の夕方になって井口からメールが来たが、見ないで消去した。

本当に何もしなかった。

と言うより、何もする気力が起きなかった。


自分が間抜けに思えた。

すっかり忘れていた相手にバッタリ出会って、勝手に盛り上がって、周りに乗せられて、見事に転んだ。


「何やってんだろ、俺」


ベッドに横になり、夕焼けに染まる空を見上げながら呟いた。


それでもPCに向かったのは義務感だったのか、誰かに慰めて欲しかったのか。

日曜の夜、俺は生放送を配信させた。


【おかえりー@山菜】

【おかえりなさい@向日葵】

【よぅ!@コン太】


リスナーさんは優しい。

土曜日に音沙汰なかったことで、それとなく事情を察してくれている。

俺も勤めて平静を装い、いつもの様に放送を始める。


「あのさ、今日も暑かったけど元気だった?」


【それより報告することあるんじゃねーの?@スイスの熊】


ビクリ…と体が震える。


【ちょっ!そんな無理に言わせなくても…@コン太】


そうだよな。

やっぱり何も無かったことにしては進められないよね。


【yaccy殿!無理に言う事は無いでゴザル!!@The Wall】


俺はリスナーさんを信じるって決めた。

ここで何も無かったことにしたら、応援してくれた人を裏切ることになるよね。


【おいおい黙っちまったぞ@ふぅ】

【流石にヒドイっすよ!!>スイスの熊さん@向日葵】


リスナーさんは優しい。

でもきっとそれに俺が甘えちゃダメなんだ。

それを支えにしなきゃダメなんだ。


「みんなゴメン…俺、ダメだった。応援してもらったのに何も出来なかった」



【yaccy殿!お疲れ様でゴザル!!@The Wall】

【よしよし、ちゃんと言えたじゃねーかw@ふぅ】

【もー!心配したんすよ!外出せずに待ってたんすから!@向日葵】

【幼女は良いぜ!一緒に幼女に走ろうぜ!@コン太】

【きっと次があるよ!@山菜】

【恋だけが人生じゃないですよ!DTだって大丈夫ですよ、たぶん@パンク姫】

【仕事に生きる道もあります@豪腕先輩】

【さて、ウチの犬に飯でも作ってやるかw@スイスの熊】



みんなありがとう!

俺、放送配信してて本当に良かった。

次々と流れていくコメントを目で追いながら、俺は心から思った。


本当はちゃんと言葉にしたかったんだけど、油断すると泣いちゃいそうだったから。

だってアラサー男子が生放送で泣いちゃうなんて、ちょっと恥ずかしいじゃないか。




ただリスナーさんに報告できて、スッパリ諦めが着いたかと言えばそうもいかない訳で。

結果を聞きに来たスミを無理やり誘って、その週は月曜から金曜まで連続で飲み歩いた。

愚痴をこぼし、慰められ、弱音を吐き、最後は怒られる。

毎回パターンは一緒だった。


「ヤジさん、俺が言うのもなんですけど、結婚や恋愛だけが人生じゃないっすからね!」

「分かってるよ…」

「いい加減しっかりしてくれないと、仕事もヤバイっすよ!」

「知ってるよ…」

「もうこの際ぶっちゃけますけど、俺が家でヤバイんすよ!毎日帰りが遅いって嫁に怒られてんすから!」

「はい、すみません…」


もう最後は沈みに沈んでスミに怒られるがままだった。

流石に1週間経って、スミには申し訳ないと思って止めた。


井口は、あれ以来連絡が無い。

別にあいつが何か悪いことをしたとは思ってない。

ただ食事会の次の日に来たメール。

あれを無視してしまったことで、俺からも連絡が取りづらくなっていた。


相変わらず放送は時々配信している。

放送をすればリスナーさんは前と変わらず、楽しい話題を提供してくれる。

ただそれが逆に現実の寂しさや、無力感を気付かせることも確かだった。


そして渡会のこと。

結局、俺は最初っから最後まで想いを1つも伝えられなかった。

それが悔しくて情けなくて悲しかった。

結果はともかく、いつかどこかのタイミングで想いを伝えれば良かった。

そうしたら、こんな悩まずに彼女の幸せを祝福できただろうに。


7月も半ば。

何処に行っても逃げ場の無い暑さのように、俺も身動きが取れなくなっていた。




今年の夏も暑かった。

ここ数年、東京じゃ35度や36度は普通だけど、今年はそれが毎日の様に続いた。

オフィス内での仕事が主とは言え、行き帰りだけで十分に暑い。

東北出身のスミは、上京して10年近く経つが東京の暑さは未だに無理だと毎日の様に言う。

流石に俺は8月に入った辺りで少し慣れたけど。


「スミ、お盆は実家帰るの?」

「えぇ、12日から15日まで帰りますよ。」


俺とスミは、いつもの様に会社の食堂で昼飯を食っていた。

スミと嫁さんは地元が一緒だから、帰省も一回で済んで楽らしい。


「実家って東北のドコだっけ?」

「山形っす。土産は今年も日本酒で良いですか?」

「去年の美味かったなぁ!今年もあれくらい美味いのでよろしく」

「ハードル上げないで下さいよ!」


俺のメンタルもずいぶんと復活してきた、と思う。


「yaccyさん、お盆はどうするんすか?」

「俺?実家に1日帰るつもり。後は予定無いなぁ」

「誰かと遊びに行ったりは?」

「うーん、誰とも連絡とってないよ。それに、どこ行っても暑いしねぇ」


元々交友関係の広くない俺だから、こういう時は本当に宛てが無い。

会社の同僚は意外に地方出身者が多くて帰省するし、井口とはアレ以来やり取りも無い。


「じゃあ帰ってきたら、お土産持って遊びに行きますよ!」

「おぉ!楽しみにしてる!気をつけて帰れよ」


そんな訳で今年の夏は、本格的に引きこもりになりそうだ。




今年の俺のお盆休みは12日から17日までだった。

取り合えず初日は実家に帰る。

一応帰省って事になるのかも知れないが、その実は都内の移動で片道40分だ。

実家に帰るのは正月以来。

両親と3歳下の弟、それと今年で12歳になる老犬がいる。



「初めまして、孝くんとお付き合いさせて頂いてる小島陽香です」


所が慣れ親しんだ実家の居間には、もう1人、新たな登場人物がいた。


「あ、あのっ、矢島敦と申します」


突然目の前に現れた若い美人な女性に、俺はいきなりしどろもどろになる。

どうやら弟が彼女連れて来ているらしい。

これははっきり言ってマズイ展開だ。


「敦も彼女出来たら連れてきなさいよ」


早速母親からの先制攻撃が入る。


「そろそろ良い歳なんだから結婚も考えなきゃダメだぞ」


予想通り父親が畳み掛けてくる。

ウチの両親は俺の年にはとっくに結婚して、俺が生まれている。

そのせいか数年前から実家に帰るたびに色々と言われては、その都度なんとか交わしてきた。

だが、今回のコレはあまりに不意打ちで分が悪い。

おまけにこっちは失恋リハビリ中だってのに。


「分かってるよ…」


普段なら「いっぺんに嫁が2人来たんじゃ大変だろ?」くらいの言い訳も思いついたかも知れない。

だが、正直いまは大人しく聞き流すだけで精一杯だった。


ダイニングで飯を食っていても、どうも俺は落ち着かない。

ウチの両親も小島さんに会うのは初めてらしく、会話は彼女と弟を中心に両親を巻き込んで進んでいく。

どう考えても俺は場違いな雰囲気が漂ってる。


「ごちそうさんでした」


とっとと目の前の食べ物だけ片付けて元自室に戻る。

実家を出て6年近くも経つと、自室の半分くらいを家族の要らないものが占領している。

それでもやっぱり落ち着く空間には違いない。

ポケットから潰れかけのタバコの箱を引っ張り出して火をつける。

場合によっちゃ今日は実家に泊まろうかとも思ったが、とっとと帰った方が良さそうだ。

だいぶ古ぼけて黄ばんだ天井に向かって煙を吐く。

ますます一人ぼっちな夏休みだなぁと思った。



結局その日のうちに俺は国分寺のアパートに戻った。

休日2日目は気合を入れて午前中から起きる。

1日フルに使って洗濯や掃除をしてやろうと思った。


寝巻き代わりのTシャツを洗濯機に突っ込み、洗濯してる間にゴミをまとめる。

1人暮らしはともかくペットボトルの貯まるペースが速い。

ゴミをまとめるついでに掃除機を掛ける。

多少暑いが窓は全開だ。

まだ午前中だし、本格的に暑くなる前に全部終わらせる予定。


掃除機を掛け終わったタイミングで洗濯機が止まり、ベランダに出て服を干す。

こうして洗濯物を見てると、ずいぶん服のレパートリーも変わった気がする。

最近は休みの日に、自分で服を買いに行くことも増えた。

もっとも店員が寄ってくるような店は敷居が高くて、ユニ●ロが精一杯だけど。


洗濯が終わったら買い物。

家から徒歩5分のスーパーへ出掛ける。

せっかく暑いさなかに買い物へ行くのだから、この際大量買いをする。

出来ることなら、休み中に買い物に出ないで済むくらいに。


野菜はモヤシと長ネギは必須。

魚は長持ちしないけど、せっかくだから刺身買って今夜食べるか。

肉は牛・豚・鶏とまとめ買い。

冷凍庫にスペースがあるから、そのまま突っ込んでしまえば良い。

つまみになりそうな生ハムと、朝食にも使えるベーコンも籠に放り込む。

あとは素麺と蕎麦とパスタの乾麺。

米も欲しいが5キロ持って帰れるか不安なので、取りあえずの2キロ。

最後に発泡酒の6本パックで終了。

ふむ、これはだいぶ重い。


持ち手が腕に食い込む籠を下げて、レジを見渡す。

普段はパートのおばちゃんばっかりのレジ打ちも、夏休みのせいか高校生のバイトが多い。

ザッっと眺めて、手際の良さそうな女の子がレジ打ちする列に並ぶ。

この会計がスムーズに進むかどうかで、その日の運勢が計れるような気がするのは俺だけだろうか。

今日の進み具合はなかなか上々。

よし、帰ってシャワー浴びて、昼から発泡酒でも飲むか。

これぞ大人の夏休みだぜ!



3日目。

夏休みも前半最終日。

そろそろやらなきゃいけない事は尽きてくる。

6日の休みってのは、予定が無い俺には正直長すぎる。


午後になって放送でもしようかとPCを立ち上げる。

この2日間放送していないから、ちょっと久し振りだ。


「お盆休みに入りましたが、皆さんはお元気ですか?」


始めてみたものの、流石にリスナーさんの数は少なそうだ。

お盆だって仕事の人は見れない時間だし、予定が埋まってる人も多いだろうからね。


【わこつっす!あれ?自分だけっすか?@向日葵】


リスナーさんが集まらなかったら、途中で打ち切ろうか…

そんな事を考えていたら向日葵さんがやってくる。


「今のところ向日葵さんだけみたいですよ」


【マジっすか!そう言えばスイスの熊さんは、海外行くって言ってましたね@向日葵】


「The Wallさんは仕事で富士山の方に行くって言ってたっけ?」


【ですねー!コン太さんは昼間、市民プール行くって騒いでたし@向日葵】


「あの人、いつか捕まっちゃいそうだけどね」


いつもはワイワイと、大勢のリスナーさんのコメントで溢れる放送。

今日は向日葵さんだけって事もあって、ずいぶんとゆっくりした感じだ。

そんなペースが意外にも新鮮だった。


【yaccyさんはドコも行かないんすか?@向日葵】


「よく分かったね!俺は完全に引きこもりだよ」


【わー!勿体無いっすねwww@向日葵】


「向日葵さんこそドコも行かないの?」


【実は自分、いま田舎のバーちゃんの家なんすよ@向日葵】


「こんな放送聴いてて平気なの?」


【家族いるけどスマートフォンなんで平気っす!@向日葵】


「田舎かぁ、俺は親も東京生まれだから田舎の夏休みとか憧れたなぁ」


【山形の酒田ってトコなんすけどね!海も山もあるし良いっすよ!@向日葵】


山形って地名が出てきて、「そういえばスミの実家も山形だな」と思い出す。

スミは山形のドコだっけ?聞いておけばよかった。



【あー!yaccyさん放送やってる!向日葵さんもコンチワ~@パンク姫】

【わくおつです!暑いっすね!@山菜】

【パンク姫さん&山菜さん こんにちわー@向日葵】


枠も後半に入ってリスナーさんも増えてきた。


「2人は夏休みは何してるの?」


【予備校ばっかり…今日も模試だった@山菜】

【ウチは大学の部活ですよ~!もう日焼けヤバイです!!JDなのにー!!@パンク姫】


「模試と部活かぁ!模試の出来は?」


【前に座った子がチョー良い匂いでさ!しかも透けブラ!ずっと見てた!!@山菜】

【うっわ!山菜さんってムッツリなんですか?@パンク姫】


「山菜さん、出来は大丈夫? パンク姫さんは何の部活やってるの?」


【ウチはソフテですよ~!@パンク姫】


「ソフテ…って何?」


【ソフトテニスでーっす!@パンク姫】

【一般的にテニスで皆が想像するのが硬式テニスで、えーっと、それの仲間と言うか…@向日葵】

【軟式野球と硬式野球みたいなもん!@山菜】


「あー!!なるほどね!」


【顧問の先生が厳しくて~!!ウチのクラスの担任だからマジメンドイ!@パンク姫】

【前からROMってたけどパンク姫ってJD詐欺じゃね?大学生でクラスとか担任とかwwww】

【ぅへっ?あ、あのっ!しゅ宿題あるんでやってきまふ@ぱんkじゅひめ】

【ROM専は一生ROMっとけ!from Monaco@スイスの熊】


「おぉ!スイスの熊さん!いまモナカ食べてるんですか?」


【yaccyさん!それモナカじゃなくてモナコ!!@向日葵】

【モナコくらい読めねーとDT卒業できねーぞw@スイスの熊】

【俺でも読める@山菜】


「あ…」


【まぁ機嫌良いから許してやるよw メンドイ犬がいなくて清々してるしw@スイスの熊】

【そう言えばスイスの熊さんって犬を飼ってるんすよね?@向日葵】

【うん、年中発情期みたいな大型犬w マジ手が掛かって仕方ねぇ@スイスの熊】


少しずつリスナーさんも戻ってきた。

やっぱり夏休みは一人で過ごすより、こうして皆と繋がってるほうが楽しいなぁ

ディスプレイを眺めながら俺は思った。


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