三章:遺品の手がかりを求めて⑤
アナベルはまじまじと男――ユーリウスを見つめる。驚いているアナベルを見て、ユーリウスは満足そうに笑っている。
彼はエマニュエルの弟子だと、魔術師だと名乗った。エーレハイデで魔術師を名乗る人間に出会うことになるとは思ってもいなかった。しかし、アナベルとしては彼の発言にはいささか賛同しかねる部分がある。
アナベルは眉間に皺を寄せる。
「それはおかしいです」
「へえ、どこがかな」
言ったことを否定されているにも関わらず、ユーリウスはどこか面白そうに訊ねてくる。余裕たっぷりな態度になんとも腹が立つ。アナベルは冷たい視線を男に送った。
「あなた、魔術は扱えるんですか?」
「いいや。全く」
「でしょう? なら、あなたは魔術師じゃありません。魔術師は魔術が扱えるから魔術師と呼ばれるんです」
魔術師の定義は簡単だ。魔術が扱える者。その一言に尽きる。
より詳細な定義を述べるのであれば、体内に流れる魔力を知覚し、その魔力を魔術として意識的に扱える者だ。
例え、魔術師を師に持ち、魔術の知識を持っていたとしても、その者は魔術師たりえない。世の中には一般人でも扱える簡単な魔術具も存在する。しかし、それが扱えても、その人物を魔術師とは呼ばない。ユーリウスの言い分はおかしいのだ。
「それは西方での話だろう?」
しかし、ユーリウスはアナベルの言葉を一蹴する。
「東方は君の知る西方とは魔術に関しては全く異なる常識を持つ場所だ。魔術師の認知度は低い。そもそも魔術師も大した能力を持つ者がいない。多くが、そこらの大道芸人とさほど変わらない。特にエーレハイデでは彼らは魔術が使えない。この国の国民のほとんどは魔術師なんて見たこともない。王城ならエマニュエル様が魔術師だってことを知っている者もいるけど、彼女が一度でも魔術を振るうところを見た事ある人間は本当にごく一部だ。さて、そんな国で魔術師はどうやって自身が魔術師であることを証明出来るのかな?」
そう言って、ユーリウスはどこからともなく花を出した。手品だ。
「さて、僕が今やったのが魔術だと主張して、皆はこれが本当に魔術でないと証明出来るかな? 君が魔術を見せたとして、彼らはそれが種も仕掛けもある手品と何が違うのか理解することが出来ると思うかい」
アナベルには魔術と手品の違いを説明できる。しかし、魔術の知識のない者には、今ユーリウスがやって見せたのが手品なのか、魔術なのかは判断出来ないだろう。おそらく、彼が言いたいのはそう言う事だ。
アナベルは不機嫌そうにユーリウスを睨みつける。
「そんなの屁理屈じゃないですか。エーレハイデの人たちがどう思おうと、私の常識から照らし合わせればあなたは魔術師じゃありません。ただのペテン師です」
「ええー、それはひどくないかな」
「事実じゃないですか」
アナベルはわざとらしく、息を吐く。
何であれ、とにかくユーリウスはアナベルを咎める気がなさそうだ。本当に人を呼ぶつもりはないらしい。そうと分かれば、安心して研究室の物色が出来るというものだ。
アナベルは再び男に背を向け、本の背表紙を指でなぞっていく。適当に本を選び、内容に目を通す。その様子をユーリウスはニヤニヤと観察している。居心地の悪さ、というよりは気味悪ささえ感じてくる。
「それで、あなたが私を待ち伏せしていたのはそんなくだらない話をするためですか?」
アナベルは本の頁をめくりながら、ちらりと冷たい視線をユーリウスに向ける。
「うん、そうだな。君の手助けをしてあげようかなって思って」
「手助け?」
「ああ。助言をしてあげようと思ってね。――君がいくら温室や研究室を探しても、探しものは見つからないよ」
その言葉にアナベルは本をめくる手を止める。
「ここには様々な魔術関連の物が置かれてるけどね。この部屋をどれだけ探しても君の言う先代シルフィードの遺品どころか、その手がかりさえも見つけられないよ」
「……なんで、あなたがそのことを知っているんですか」
どうやらこの男はアナベルがエマニュエルの遺品を探していることを知っているらしい。
ユーリウスは不敵な笑みを浮かべる。
「いいことを教えてあげよう。本当に隠しておきたいことは誰にも話さないことだ。誰か一人でも知ったら、それはあっという間に広がってしまうよ。話した相手がどれだけ口が固くとも、誰かが盗み聞きていないとは限らないんだから」
テオバルトは口が硬そうに見えた。
少なくとも分別のあるタイプに思う。必要以上にペラペラと遺品探しの件を語るとも思えない。目の前の不審者と将軍を天秤にかけた際に、どちらを疑うべきかは明白だった。
「盗み聞きなんてそれこそお行儀が悪いじゃないですか」
「まさか、僕が盗み聞きなんてするわけないだろう。テオバルトは魔術についてはまったくの素人だからね。君の捜し物について相談されたんだよ。まあ、テオバルトはこの件について口止めをされてしまったけど」
どうやら、テオバルトがエマニュエルの遺品についてこの男に確認をしたらしい。そして、テオバルトは王太弟に口止めをされた。
「私に助言をしてもいいんですか? 王太弟殿下に口止めされてるんじゃないんですか」
「口止めされたのはテオバルトだよ。僕は誰にも『喋るな』とは命令されていない」
本当に屁理屈をこねるのが上手い男だ。楽しそうに笑う男に呆れを通り過ぎて感心さえしている。
ユーリウスは表情を引き締める。
「本題に戻ろう。とにかく、この研究室をひっくり返したって、君の探し物は出てこないよ。僕は君が見当違いなことばかりをしているのが可哀想に思ってる。だから、ヒントをあげにきたんだ」
いちいち苛つく言い方をする男だ、とアナベルは思う。
「あなたも、先代シルフィードの遺品が何なのか知っているんですね」
「ああ、もちろん。これでも弟子だからね」
「私のこと可哀想だと思うんならヒントじゃなくて、答えを教えてもいいんじゃないですか?」
「それは難しいかな。とてもじゃないが、僕の口からは語れない」
「先代シルフィードの弟子だって言ったじゃないですか」
「確かに僕はエマニュエル様の弟子だけど、正当な後継者ではないからねえ」
一番弟子と言ったのはユーリウス自身の癖におかしなことを言う。
アナベルは胡乱な目を男に向ける。彼は微笑んだ。
「エマニュエル様に魔術を習った人間がこの国に三人――いや、今は二人か。僕以外にもう一人いるんだ。生憎と僕は好奇心の対象が広い分、浮気性でね。一時期はどっぷり魔術の世界にハマっていたんだが、熱から冷めたらそっちのけになってしまった。もう一人の弟子はそれはもう優秀でね。元々の素養は勿論、非常に真面目だからエマニュエル様の教えをすべて自身のものに昇華させた。結果、彼は陛下からこの研究室と温室の管理を任され、エマニュエル様の研究成果を大事に守ってるってわけさ」
もしかしたら、アナベルはもっと以前に疑問を抱くべきだったのかもしれない。
なぜ、彼は妙に魔術師に詳しかったのか。なぜ、彼は魔術機関に敵意を抱いていたのか。なぜ、国王はここの管理を彼に任せたのか。ユーリウスは先ほど彼の名を呼び捨てた。彼の地位を考えれば通常あり得ないことだ。しかし、ユーリウスにとって彼が目下――弟弟子というのであれば、あの呼び名にも納得がいく。
男はさも、もう言わなくても分かるだろう、とでも言うようにニヤニヤした笑みを浮かべている。アナベルは頭を押さえる。
「あなたは、王子も魔術師だとでも言うつもりですか」
「おや、僕のことは魔術師じゃないと言っておきながら、ジークハルトのことを魔術師だと認めるのかい?」
「魔術の知識があるだけで実際には使えない自分を魔術師だと主張したのはあなたでしょう。私はあなたの言葉を借りただけです」
「ああ、そうだったね。ゴメンゴメン」
この頃にはアナベルは目の前の男を天敵と認識していた。
先ほどからアナベルは調子を崩されてばかりだ。常に男が話の主導権を握り、会話のペースを握っている。そのことがとても気に喰わない。
ユーリウスは目を細める。
「君はジークハルトにエマニュエル様の遺品について聞いたかことはあるかい?」
「……いいえ、ありません」
「では、ジークハルトに訊ねてみるといい。魔術の知識を持つ者として君の納得する説明が出来、それを語る資格があるのはあの子だけだ」
ユーリウスは胡散臭い笑みを浮かべている。
「あの子こそが、真の意味でこの国で魔術師に一番近い存在だからね」




