四章:王都観光①
翌日は快晴であった。
王都を観光するのに魔術機関の制服は目立つということで、アナベルは用意してもらった赤いワンピースに袖を通す。髪型も結ってもらい、仕上げに装飾のついたリボンをつけてもらった。
着替えを手伝ってくれるヴィクトリアも今日は侍女服ではなく、アナベルとよく似た意匠の洋服を着ている。
「ああ、よく似合ってるな」
準備を終えた頃、やって来たのはテオバルトだ。テオバルトは「うんうん」と満足そうに頷く。
「あんな堅苦しい制服よりそういう普通の格好してる方がしっくり来るぞ。どうだ、魔術機関なんてやめちまってウチで働かないか?」
冗談なのか、本気なのか分からない言葉に一瞬アナベルは考えてしまう。
「いえ、魔術機関を抜ける気はありませんので」
とりあえず真面目な返答を返す。
「それで、今日はどういったご用ですか? 将軍は同行されないんですよね?」
用件を問うと、なぜかテオバルトは難しい顔をして黙り込んだ。それから近づいてきたと思ったら、突然両肩を掴まれる。突然のことにアナベルはびくりと震える。
「ど、どうしたんですか?」
「ベル、お前に折り入って頼みがある」
こんな深刻そうなテオバルトははじめて見る。
アナベルは唾を飲み込む。
「はい。何でしょうか」
「今日の王都観光だが」
両肩を掴む力が強まる。正直、痛いくらいだ。
「――死んでもヴィーカと離れないと約束してくれないか」
「……はい?」
将軍の言葉の意味が全く分からない。
アナベルは首を傾げた。名前を出されたヴィクトリアは少し離れた場所から感情の読めない瞳を二人に向けていた。
「えーっと、それは一体どうしてでしょうか」
「頼むから理由は聞くな。ヴィーカをアイツと二人きりで王都を歩かせるなんてまるでデート――いや、何でもない。とにかく、ヴィーカはお前の護衛でもあるんだ。王都の治安は良いが、若い娘が一人で出歩いても何も起こらないとは約束できない。とにかく、はぐれないように気をつけてくれるか?」
「…………はい、分かりました」
理由はまったく分からないが、アナベルもヴィクトリアとはぐれたいとは思っていない。
土地勘なんてものはないし、魔術がなければアナベルは非力である。ヴィクトリアに護衛の任も任されているという言葉には納得がいくし、その護衛をまくつもりもない。
アナベルが頼みを了承すると、将軍はあからさまに安堵した表情を浮かべた。
「本当に恩に着る。それとこれも渡しておこう。オレからの小遣いだ。王都で欲しい物があったら買うといい」
テオバルトはそう言って巾着を渡すと心なしか軽い足取りで部屋を出ていった。しばらくぽかんと入り口を見つめていたアナベルに、ヴィクトリアは「そろそろ出発の時間です」と冷静に声をかけた。
ヴィクトリアに連れられてアナベルが向かったのは王城の門だ。
周囲には見張りらしい兵士の姿が何人も見える。門の前には数人の集団が出来ていた。殆どが軍服を着ているが、その中に一人だけ私服の男性がいた。
「ディートリヒ様、お待たせ致しました」
ヴィクトリアが声をかけると、私服の男性が振り返る。若い男だ。歳は二十代前半だろう。癖のある焦げ茶の髪の優男だった。
「いや、全然。俺も今来たところ」
逢引きの際に待ち人が良く使う文句を口にしながら、男は笑みを浮かべた。
男の視線はすぐにヴィクトリアからアナベルに移る。彼は笑みを浮かべたまま、自己紹介を始めた。
「こうしてちゃんと挨拶をするのははじめてだね。俺はディートリヒ・M・クラウゼヴィッツ。今日一日、君の案内役を任されている。どうぞよろしくね」
「はじめまして。ベルと申します」
アナベルも自己紹介をしてから、ふと気づく。
「あの、どこかでお会いしました?」
ディートリヒの話しぶりは初対面ではなさそうに聞こえた。しかし、アナベルは彼に会った記憶はない。ただ、何となく顔に見覚えがあるような気もする。
彼は「そうだね」と頷く。
「謁見の間で――王太弟殿下と謁見したとき、兵士がたくさんいただろ? その中に俺もいたから」
なるほど。
確かにあの時、謁見の間には多くの護衛がいた。そちらにはまったく意識を向けなかったのだが、彼はその中にいたわけだ。
「ベルちゃんは気づいてなくても当然だけどね」
謁見の間、と言われてアナベルは彼の顔に見覚えがある理由に気づいた。しかし、その質問をする前にディートリヒが「じゃあ」と口を開く。
「二人とも行こうか」
「あー、副官はいいなー。可愛い女の子二人とデートして給料もらえるなんて」
「俺達はむさい男達と楽しくもない見回りだぜ」
「ホント羨ましい」
出発しようとしたディートリヒに軽口を叩いたのは、彼と話していた兵士たちだ。ディートリヒは引き攣った笑みを浮かべる。
「なら、代わってもらってもいいんだよ」
ディートリヒの言葉に兵士たちの反応は早かった。
「いや、遠慮しとく」
「将軍に殺されたくないしな」
「うんうん。俺たちが案内役になっちゃ、せっかく楽しみにしてただろうに可哀想だろ?」
彼らはそう言って、「じゃあな」とディートリヒの肩を叩くとぞろぞろと去っていった。
残ったのは、状況がいまいち呑み込めないアナベルと始終無言無表情を貫くヴィクトリアと顔を押さえて黙り込むディートリヒだ。
「じゃあ、行こうか」
兵士たちの姿が見えなくなると、改めてディートリヒはそう言った。
◆
何とも奇妙な雰囲気で始まった王都観光ツアーだが、実際始まってみるとディートリヒは優秀な案内役であった。
城の門をくぐり、王都へ続く坂道を下っていく。
街まで下りると、そこにはたくさんの人の姿があった。城の中でも人の姿は多く見ているが、兵士でも使用人でもない一般国民を見るのは久しぶりに感じる。別世界に来たような奇妙な感覚を抱いていると、ディートリヒが問いかけてきた。
「ベルちゃんは何かしたいことって決まってる? 街並みの観光と、娯楽関係を見るか、あとは食べ歩きと――」
「食べ歩きですね」
アナベルが即答すると、ディートリヒは苦笑する。
「了解。じゃあ、一旦市場に行こうか。買ってすぐ食べれるような軽食も売ってるよ」
案内役に先導されるまま、アナベルは王都の中心にあるという市場までやって来た。市場には沢山の店が並び、それに負けないぐらい多くの人が溢れている。
そこでディートリヒは焼いた腸詰を始め、|じゃがいものパンケーキ《ライブクーヘン》、クッキー生地を丸めて油で揚げたシュネーバルというお菓子など、様々な食べ物を紹介してくれた。
その後、少し離れた場所に移動し、アナベルは階段に腰かけて買った食べ物にありつく。
「はあああ幸せです! 今、この瞬間のために私は生きていると言っても過言ではありませんね!」
「随分と大袈裟な表現をするね」
シュネーバルを頬張るアナベルに、ディートリヒは苦笑をする。
案内役の彼は「俺は腹減っていないから」と先ほどからまったく飲み食いをしていない。ヴィクトリアも基本的には「任務中です」と遠慮をしていたが、ディートリヒに「美味しいから」と強く勧められたシュネーバルを遠慮がちに受け取っていた。現在はアナベルの隣でお菓子をゆっくりと食べている。
「大袈裟ではありませんよ。美味しい物を食べている瞬間こそ、生を実感する瞬間だと思いませんか!」
「いや、俺は特に食事中にそういうことを感じたことはないかなあ」
残念ながら同意を得られず、アナベルは落胆した。
「でも、エーレハイデの食べ物が気に入ってもらえたようで何よりだよ」
そう笑みを浮かべるディートリヒの顔をアナベルは見つめる。
――やっぱり、間違いない。
アナベルは改めて先ほど抱いた疑問をぶつけた。
「王太弟殿下に似てるって言われませんか?」
「へ?」
ディートリヒはアナベルの言葉に驚いた様子だった。手元のシュネーバルに視線を向けていたヴィクトリアも顔を上げる。
「笑うと本当にそっくりです」
ディートリヒは少し考える素振りを見せてから、「ああ」と苦笑いを浮かべた。




