044 まったく、ふざけた野郎だ。あんなのと戦う為に、俺はこの世界に来たのかよ……
(まったく、ふざけた野郎だ。あんなのと戦う為に、俺はこの世界に来たのかよ……)
果敢は深く、溜息を吐く。
そして、すばやく頭を切り替える。
(あんなふざけた元魔神に、悩まされてる場合じゃない。調査を先に進めないと)
防水袋をリュックに仕舞い、リュックを背負うと、果敢は行動を開始。
木々に身を隠しつつ、庭園の様子を探る。
こちらもヘレン島の庭園と同様、警備員の数は少ない。
ただ、着ている服が緑の戦闘服では無く、ダークスーツである事から、ローゼンハイン家の使用人ではなく、「彼女」の使用人である可能性が高いと、果敢は思う。
(もしも、ゴッドフリートの彼女とやらが、魔族だとしたら、使用人達も魔族の可能性が高いんだが……)
メイドの話通り、使用人らしき警備員達は、サングラスで顔を隠している。
それに、キャスケット風の帽子をかぶり、頭も隠していた。
(連中が魔族だとしたら、あの帽子は角隠しか?)
下級魔族の中には、人化魔術を使えない者達もいる。
そういった魔族が、魔族である事を隠そうとする場合、帽子で角を隠すという、シンプルな偽装方法を使う場合がある。
果敢はアウラ・アーツや魔術を使えば、人化魔術を使っていようが、帽子で角を隠そうが、人族に偽装している魔族を、見破る事が出来る。
でも、そういった技術を使えば、確実に警備用魔術に探知されてしまうので、潜入中の今は使えない。
ゴッドフリート本人か、その「彼女」だと使用人達が言っていた女性を調べる前に、探知されるのは拙いと考え、警備員達が魔族かどうか、見極めるのを果敢は諦める。
本命といえる相手に近付いているのに、その手前で小物を相手に、騒ぎを起こす訳にはいかないのだ。
警備員達の配置と動き、その視界を意識し、薔薇園の如き庭園の中を、身を潜め気配を消しつつ、果敢は移動を続ける。
そして、本館の時と同様に、果敢は別館であるゲストハウスの壁まで、辿り着くのに成功する。
ゲストハウスの壁も、ローゼンハイン城のキープと変わりは無いし、開いている窓もある。
果敢は壁をよじ登り、窓からゲストハウスの中に忍び込む。
緋色の敷物が敷かれた廊下を移動し、歴史のあるホテルのような、趣のある内装のゲストハウスの中を、果敢は調べて回る。
不自然な程に、ゲストハウスの中には、人影が見当たらなかった。
多くの部屋を調べた後、階段の近くを通った果敢は、階下の方から響いて来る、騒然とした感じの声を耳にする。
(人影が無いと思ったら、下の方に集まっているみたいだな)
果敢は少しだけ迷ってから、階段を下り始める。
発見されるリスクは高くなるが、声が聞こえる場所に近付いた方が、情報は得易いと考えたので。
声を頼りに移動し続けた果敢は、一階の大広間の近くに辿り着く。
声が響いて来ていたのは、大広間だったのだ。
賑やかな声の主は、大広間から出入りする、ダークスーツ姿の使用人達の声だった。
大広間で、何か作業をしているらしく、使用人達は箱を抱えて、大広間の中に運び込んでいた。
(中で何をやってるんだ?)
果敢は扉の前で、聞き耳を立て、情報を得ようとするが、断片的な情報しか得られず、余り意味を為さない。
会話ではない物音のせいで、聞き取り難いのだ。
(天井裏に忍び込めないかな?)
大広間などの、天井が高く広い部屋の天井裏には、頑丈な梁が通してある。
梁の点検作業などの為、人が作業出来る程度の広さが確保されている、天井裏がある場合が多い。
果敢は大広間の近くを離れると、大広間の位置から、天井裏に入れそうな場所を推測し、探し始める。
屋根裏部屋には、痛むのを防ぐ為に、換気口があるのが常なので、大広間の天井裏があると思われる辺りの壁を、果敢は窓から顔を出して調べる。
すると、三階の下に口を開けている、窓にデザインを似せた換気口を、果敢は見つけ出す。
果敢は窓から外に出ると、壁にしがみついて、換気口に移動する。
換気口は、人が通り抜けられる程の大きさがあるが、金網がはめられていて、そのままでは通り抜けられない。
ただ、鳥や蝙蝠などの侵入を防ぐ為の金網であり、果敢からすると、そんなに頑強な物ではなかったので、果敢には簡単に破ってしまう事が出来た。
頑強な物ではないというのは、あくまでも果敢の基準での事。
普通の人間では、アウラや魔力、道具などを使わずに、素手で破る事は不可能なのだが。
(ほんと……魔術に頼り過ぎだな、ここの警備は)
普通の人間が、換気口から侵入しようとすれば、人のアウラを探知出来る警備魔術が探知し、警報を発したり撃退したりするのだろう。
だが、何の反応も起こさないので、そんな風に果敢は思ったのだ。
アウラ・リダクションを使える、この世に殆ど存在しない人間の侵入を、大抵の警備は想定していないのである。
それでも、普通の城であれば、金属製の鍵や、多数の有人警備などで、警備を固めるのが常なのだが、下手にローゼンハイン家が魔術に自信を持っているが故に、そういった方向での警備固めが、この城は甘いのだ。
換気口があるので、天井裏は埃は多いが、空気は淀んでいない。
天井裏を見回すと、床の数か所が光っている。
大広間と天井裏を分かつ天井にも、幾つかの換気口がある。
その換気口から、大広間の光が天井裏に、漏れているのである。
(覗き穴を開ける必要は、無さそうだ)
果敢は覗き穴を開けて、大広間の様子を覗き見るつもりだった。
でも、換気口があるのなら、それを使った方が良いと考え、果敢は梁の上を移動して、大広間に通じる換気口の近くに移動。
その場に腰を下ろして前屈みになり、果敢は換気口に顔を寄せる。
すると、目の粗い金網越しに、大広間の光景と、中で交わされている会話が、果敢の目と耳に届く。
大広間の光景を目にして、果敢は衝撃を受け……息を飲む。
大広間の床一面に、大きな黒い円が描かれ、複雑な文字や記号が、円の中には書き込まれていた。




