020 特級魔族か……どうかしてやがるな、あんなもんを召喚するとか
「我が一族に伝わる秘宝『女神の天秤』も、英雄を装っていたカカンが、聖女や他の女性達に対する、卑劣な行為を行っていた事を、明らかにしている!」
ヴィルヘルム騒乱の際、万単位の民衆が集まった基地の前に、勝手に作り上げた演壇の上で、ゴッドフリートは自信有り気に言い放ったのだ。
ちなみに、女神の天秤というのは、かってはグリム大陸で裁判に使われた、物事の真偽を明らかに出来るという、秘宝の事である。
後に恣意的に結果を操作出来る事が、魔女の塔の研究により明らかにされ、現在の裁判では使用されていない。
ただ、過去の裁判において、結果が操作されていた事実が明るみに出ると、大問題に成り過ぎてしまうという事から、その事実は公表されていない。
それ故、グリム大陸の一般大衆の中、特に年齢層の高い人々の中では、女神の天秤の能力を、信じたままの人々が多い。
裁判で使われなくなった際、各国政府が回収し破壊したのだが、貴族が保有している物の中には、その特権を利用されてしまい、回収出来なかった物もあった。
その一つが、ローゼンハイン家の物であり、ローゼンハイン家は代々、女神の天秤を受け継いでいたのだ。
いまだにグリム大陸に残る、女神の天秤に対する信頼と権威を、ゴッドフリートは利用して、果敢批判の説得力を高めたのである。
「聖女とブレーメン王家……そして多くの女性達の為に、我等は力を合わせ、卑劣漢カカンを討伐しなければならない! 英雄幻想に酔う時代は終わった! 我らは目覚め、偽りの英雄を葬り去り、グリム大陸を我等の手に、取り戻さなければならないのだ!」
大仰なジェスチャーを多用した、ゴッドフリートの演説を思い出し、果敢は渋い表情を浮かべる。
「あいつか、女神の天秤とか言ってた……」
「女神の天秤は、殆どが破壊されたんだけど、ローゼンハイン家には残ってたから、それを利用したのよね、あいつは」
アシェンプテルは続ける。
「ローゼンハイン家は一応、それなりに大物の貴族だし、有名な魔術師を沢山輩出してる、魔術の名門の家柄なんだ。それで、様々な魔術道具の研究と保管を名目に、女神の天秤も保有してるのよ」
「魔術の名門なのか」
「まぁ、家柄だけはね。最近は……ろくな人材を出せてないし、侯爵を受け継いだばかりの現当主は、余り評判も良くないんだ」
「どんな風に?」
「税金を安易に引き上げたり、平民の商売の邪魔をする、色んな制度作るわで、色々とね」
ゴッドフリートは死んだ祖父の後を継ぎ、アスタロト・ファミリーとの戦争が始まる一年前に、侯爵となった。
両親が早逝していた為、祖父から継ぐ事になったのだ。
政治的手腕は高いとは言えず、ゴッドフリートが領主となってから、ローゼンハイン侯爵領は、混乱状態が続いている。
「成程……でも、それなりに大物の貴族なんだろ? 騎士団だって抱えている筈だから、自分のとこに出現した魔族くらい、どうにか出来るんじゃないのか?」
貴族が私的に抱える軍は、貴族軍もしくは騎士団と呼ばれている。
馬に乗る訳では無いのだが、歴史が古い貴族の場合、実際に騎士が戦っていた頃の名残で、貴族軍の名称が騎士団になっている場合が多いのだ。
騎士団には、貴族階級の者達もいるのだが、領地から徴用した、平民の兵達の方が多いのが現実である。
「カカン討伐隊に、騎士団の大部分を回して、領地の方には余り戦力を残していないって話よ、ウチに逃げて来た難民の話だと」
「無駄な事に、大事な戦力回しやがって……馬鹿領主みたいだな、ローゼンハイン侯爵」
「ま、ローゼンハイン騎士団が残っていても、今回の魔族相手だと、どうにもならなかっただろうけどね。貴族の騎士団程度じゃ、対処出来そうにないレベルの魔族が、現れたみたいだから」
「具体的には?」
「難民から聞いた話を総合すると、魔族の数は数十人規模。まぁ、最悪の場合……その中に、特級魔族が含まれてる可能性がある事の方が、数よりも問題なんだけど」
「特級魔族か……どうかしてやがるな、あんなもんを召喚するとか」
呆れ果てた風に、果敢は呟く。
この世界における魔族は、基本的には魔界という、隔離された世界に住んでいる。
魔族というのは、元々は人族である。
人の命を犠牲にするような魔術や、危険過ぎる魔術……いわゆる禁術に手を出し、自らを魔術的に改造し、人族を超える力を得たのが、魔族なのだ。
己の力を高める為、多くの人々の命を、平然と犠牲にする魔族達を、この世界の神々は許さなかった。
そこで、超強力な結界で隔離された世界を作り出し、そこに全ての魔族達を転送し、人族と隔離してしまったのである。
その隔離された世界が、後に魔界と呼ばれるようになった。
果敢の生まれ育った世界のように、別世界に存在する訳ではなく、この世界の四分の一程を隔離し、作り出された世界なのだ。
魔界が成立した事により、人族が住む世界の方を、人界と呼ぶようにもなった。
単に世界という場合は、人界の事を意味する。
魔族は通常、人界と魔界を、自由に行き来する事は出来ない。
しかし、魔族でありながら、「神」と称される存在となった、神級魔族……魔神の場合は、例外なのだ。
神の力の一部を手に入れている為、魔神は神が作り出した結界ですら、自由に超える事が出来る。
それどころか、配下の魔族達を人界に、自由に連れて行く事も出来るのである。
だが、普通の魔族の場合は、人界にいる誰かに、召喚魔術で召喚されない限り、魔界から人界に、来る事が出来ないのだ。
魔神に次ぐ実力を持つ特級魔族ですら、自力で人界には、来れないのである(それ程に、魔神の力は桁違いに高いと言える)。
召喚者となるのは、人族の場合もあれば、魔族の場合もある。
ただし、魔族の場合は、自分の配下の魔族しか、召喚出来ない。
何故、人族が魔族を召喚するのか?
それは、邪な望みを、魔族に叶えさせる為の場合が、殆どだ。
人界では禁止されていたり、失われたりしている様々な術を、魔族は使う事が出来る。
そういった術で、邪な願いを叶えて貰う為に、魔族を召喚する人族が、後を絶たないのである。
魔界から魔族を召喚する召喚魔術を、人族が使おうとする場合、人族の命を生贄にする必要がある。
そして、より困難な願いを叶える能力を持つ、上位の魔族を召喚する為には、より多くの生贄が必要となる。
特級魔族となると、百人程の生贄を捧げなければ、召喚する事が出来ない。
もしも、特級魔族が召喚されたのが事実なら、百人程の人族が生贄とされ、殺された事になる。
果敢が「どうかしてやがるな」と言うのも、当たり前なのだ。
ちなみに、魔族が配下の魔族を召喚する場合は、生贄は必要では無い。
その代わり、大量の魔石が、必要となるのだが。
「ま、あくまでも最悪の場合で、可能性は低いんだけどね」
アシェンプテルは言い足す。
「難民の話の中に、明らかに上級以上としか思えない、魔族の女の話が出て来るのよ。上級だろうけど、一応は特級の可能性も考慮しておいた方が良い……みたいな感じかな」
「上級魔族でも、どうかしてる事には、変わりないけどな」
上級魔族の場合も、十数人の生贄が、召喚には必要となるので、そんな感想を、果敢は口にした。




