019 それで、今回は何を押し付け……じゃなくて頼みに来たんだ?
ブレーメン王が編成した、貴族同盟を中心とする討伐部隊など、果敢は簡単に蹴散らせる。
でも、貴族同盟の討伐部隊とはいえ、実際に前線にいる者達の中には、貴族領地で徴用され、働かされている平民が多いのだ。
そんな者達を殺傷するのは、気が進まなかったので、果敢は友人の手を借りて、潜伏生活を送る事にした。
その友人というのが、果敢にとっては魔術の師匠でもあった、世界最高の魔女……ラプンツェルこと、レギーナ・クルーガーである。
レギーナの力を借り、果敢は肌と髪の色を変え、クルト・ヴォルトという、別人の籍を手に入れた。
ラプンツェル島の頂点に立つレギーナにとって、存在していない住民の籍を作り出す程度の事は、簡単なのだ。
外見の方も、レギーナが開発した独自魔術を教わり、肌と髪の色を変えた。
この世界は日本のように、髪や肌の色を変える技術が普及していないので、髪の色や肌の色を変えると、同じ人間だと気付かれ難いのである。
レギーナはクルトとなった果敢を、ラプンツェル島で魔女の塔の客人として、受け入れたがった。
だが、その申し出を、果敢は断った。
果敢は既に、潜伏先を決めていたのだ。
その潜伏先というのが、今現在も住み続けている、キュレーター島なのである。
膨大な魔石と財宝を生み出す、ダンジョンに恵まれたキュレーター島は、古来よりグリム大陸各国どころか、他の大陸の国家までもが、その所有権を奪い合う存在であった。
その結果、過去には激しい戦争が、何度も繰り返された程だ。
だが、戦争を繰り返しても、所有権争奪戦は決着しなかった。
争奪戦に疲弊した、三大陸の国々は、それ以上……争奪戦で疲弊するのを避ける為、キュレーター条約を締結、キュレーター島を完全なる自由都市とした上で、全ての国家が手を引く事が、決まったのだ。
キュレーター条約があるので、キュレーター島では、三大陸の国家の政府組織は、大っぴらには活動する事が出来ない。
つまり、ブレーメン王国が組織した討伐部隊も、キュレーター島ではまともに活動出来ないので、潜伏先に適していると、果敢は考えたのである。
しかも、キュレーター島は、キャンプの名所でもある。
キャンプ好きの自分が潜伏生活を送るには、最適と言える場所だと判断し、果敢はキュレーター島を潜伏先に決めた。
そして、果敢はレギーナから、潜伏生活に役立ちそうな、様々な魔術道具を貰い、ラプンツェル島を後にしたのだ。
果敢が魔力を使わずに、呪印を隠蔽出来る指輪も、この時にレギーナから貰ったのである。
果敢はラプンツェル島に滞在している間に、世界最高の魔術師といえる魔女であるレギーナから、徹底した呪印の調査を受けた。
調査の結果、呪印の正体は、大雑把に判明した。
呪術や呪印に関しては、機密院を上回る情報を持つレギーナは、果敢をキュレーター島に送り出した後も、呪術を解除する方法の研究を続けている。
だが、現時点では解除方法は、発見されていない。
とにかく、このような経緯で、果敢は堕ちた英雄となり、クルトという別人となって、キュレーター島で暮らしているのだ。
そんな果敢の元を、正体を知る者達が、たまに訪れる事がある……今回のアシェンプテルのように。
訪れる理由は大抵、厄介事を果敢に押し付ける為だ。
「と、とにかく……あの時は、悪かったよ。呪いのせいととはいえ、あんな真似して……」
果敢の謝罪の言葉を聞いて、少し言い過ぎたかなとでも言いたげに、アシェンプテルは髪を弄りつつ、言葉を返す。
「ま、分かってれば良いんだけど」
「それで、今回は何を押し付け……じゃなくて頼みに来たんだ?」
果敢は態度を改め、アシェンプテルに問いかける。
「魔族退治」
「そんなの、自分でやれば良いじゃないか」
「ウチの国内なら、自分でやるんだけど……ブレーメンだから、私には手が出し難いんだ」
アシェンプテルは、アリアンツ共和国の軍人である。
アリアンツ共和国は、グリム大陸では珍しい共和国であり、国民全てが平民の、民主主義国なのだ。
「ブレーメンの事なら、ブレーメンの連中に任せておけって」
「ブレーメンは今、内部がゴタゴタし過ぎて、辺境で多少……魔族の被害が出ようが、解決する能力が無いのよ」
それは事実かもしれないなと、果敢は思う。
果敢の一件で、ブレーメン国王に取り入った貴族同盟が、勢力を拡大させた結果、平等派との勢力争いが本格化してしまった。
勢力争いの悪影響で、辺境のトラブルを解決するだけの余裕が、政府になくなってしまう状況は、有り得る事だと、果敢は考えたのだ。
「魔族の被害が出てるのは、ウチとの国境線に近い、ローゼンハイン侯爵領でね、ウチの国に逃げ込んで来る難民が増えてるんだ」
アリアンツ共和国は、ブレーメン王国の南西部と隣接している。
ローゼンハイン侯爵領は、ブレーメン南西部なのである。
「ローゼンハイン? 聞き覚えあるな」
「ヴィルヘルム騒乱を煽った馬鹿の一人、ゴッドフリート・ローゼンハイン侯爵の領地よ」
アシェンプテルは、付け加える。
「あの時、カカンも見たでしょ?」
アシェンプテルの言うヴィルヘルム騒乱とは、ブレーメン王国の首都マルクト近郊のヴィルヘルムにある、国民軍本部基地の前で起こった、騒乱の事だ。
果敢のスキャンダルが新聞で報道された直後、果敢が一時的に身を置いていた、ヴィルヘルム基地の前に、貴族同盟が集めた……もしくは煽られた民衆が集まり、騒ぎを起こしたのだ。
この騒ぎが、ヴィルヘルム騒乱と呼ばれている。
ヴィルヘルム騒乱においては、貴族同盟の中心人物達が、果敢を徹底的に批判し糾弾した……聖女や他の女性達を辱めた、卑劣漢として。
貴族同盟は果敢討伐の為に、ブレーメン王に徹底して協力する事を、宣言したりしたのだ。
その時、アシェンプテルやハインリヒと共に、果敢は変装した上で、民衆の中に紛れ込み、騒乱の様子を見物に行っていた。
それ故、貴族同盟の一人である、ローゼンハイン侯爵……ゴッドフリート・ローゼンハインの姿を、その時に果敢は目にしていたのである。
「赤い薔薇の紋章のローブ着てた、オールバックの男よ」
アシェンプテルに言われて、果敢は思い出す。
薔薇の紋章が刺繍された、緑のローブを身に纏っていた、三十歳前後であろう、気取った感じの金髪の優男……ゴッドフリートの姿を。