その二十.打開策
「消すことはできなくとも封じることはできるよ」
夕子はいったん煙草を口に咥え、腰に手を伸ばした。
よく見ると、彼女の腰に括りつけられたポーチは他の社員の物よりも大きい。そこから何枚かの札を取り出し、夕子は吹雪の前にかざした。
「これはね、特別製の大神封じの札だよ。弱ったところでこいつを使えば、あいつはしばらく眠りにつくことになる」
「前にも似たような事があってさ、その時にもこれを使ったんだ」
どこか誇らしげに綾廣が語る。
「その時もとりあえずあいつの好きに暴れさせて、力が弱まったところで姐さんが封印をかけたんだ。だから今回も同じように――」
「……だが根本的な解決にはならない」
低い声に、その場の全員が時久を見た。
ふっと紫煙を吐き、夕子がどこか困ったように彼の名を呼ぶ。
「時久……」
「封印は永久に効くものではない。封印が緩めばまた林檎は現れ、吹雪を狙う」
「なら、その時にもまた封印を――」
「イタチごっこだ」
おずおずとした吹雪の言葉に対し、時久は吐き捨てるように言い放った。
「そもそもこの問題は、奴らがまるで意思疎通できていないことが原因だ。林檎が犬槙の意思も聞かず暴れ、また犬槙も奴の存在を押し込めている」
「意思疎通できていない……」
その時、何故か吹雪の脳裏に一人の男の姿が浮かび上がった。
中途半端に伸びた白髪、ぎらぎらと光る群青の瞳。秀麗な容貌を歪めて笑う――吹雪よりも三十分早くこの世に生を受けた、雷のようにやかましい男。
『てめェは黙ッてりャいいンだよ』
――ワンコも、自分と同じだったのかもしれない。
――その性質こそ違うが、林檎に意思を押し潰されて生きていたのかもしれない。
吹雪はきつく目を閉じ、男の面影を追い払った。
そんな吹雪の事など特に気にする様子もなく、時久は言葉を続ける。
「俺は前にも言ったがな。このままいつまでも林檎を封じ続けるわけにもいかん。どこかで何かしらのケリを付けねばなるまい」
「ケリ、ねぇ……だけど、あの子はアタシらと世界が違う」
夕子が苦い思いを発散するように煙草をふかした。
「そうだぜ、御堂。今までオレ達、何度もあいつを説得しようとしたじゃないか」
綾廣も整った眉を寄せ、うなずいた。
「けれども、話そのものが成立しなかった。あいつはほとんど喋らないし、喋ってもワンコちゃんに触れるなという警告くらいだ」
「ほとんど……喋らない?」
その言葉に、吹雪は違和感を覚えた。
林檎の姿が脳に蘇る。林檎の言葉はややぎこちなく、いまいち人間味を感じる事はできなかった。だが、どちらかというとその姿は――。
「小娘が引っかかるのも無理はない」
吹雪の疑問を肯定するように、時久は重々しくうなずいた。
「あそこまで饒舌なあいつを俺も初めて見た」
「……確かに、今回は今までと大きく状況が異なるね」
夕子が煙草を唇から離した。
先端でジリジリと燻る火を見つめつつ、夕子はゆっくりと呟く。
「今まで林檎が、特定の他人に殺意を向けることなんてなかった……」
「それだけ林檎にとって小娘は重要なのだろう――故に小娘、貴様が今回の鍵だ」
「私が、ですか?」
吹雪は首をかしげた。
時久はうなずく。
「そうだ。貴様の存在が恐らく犬槙と林檎の状況を打開する鍵になる……小娘、貴様はあの二人はどうなるべきだと思う?」
「……御堂さんの中で、もう解答が出ているのでは?」
「俺は貴様の答えが聞きたい」
時久の言葉はいつも通り素っ気なく、そのまなざしも常と同じようにまっすぐだった。
その鋭い双眸をじっと見つめ、吹雪は自分の胸元に手を当てる。
「……私の答え、ですか」
その胸の内はもやもやとして、まるで淀んだ水面を探っているようだった。
思えば、今までこうしてはっきりと意見を述べたことはあまりなかった気がする。
父の意思は吹雪にとって絶対で、兄は吹雪よりも遥かに饒舌だった。
自分の首を絞める夢を思い出す。
『窮屈じゃないか』とたずねてきた霖哉の言葉が耳に蘇る。
そして――目の前で、時久が再度問う。
「小娘、貴様はどう思う?」
「……ワンコさんは、閉じ込められていたのですよね」
その質問の答えをぎこちなく探りながら、吹雪は慎重に言葉を発した。
煙草から口を離し、夕子がうなずく。
「ああ……ほぼ軟禁状態で育てられたみたいだ。親兄弟からも疎まれて、話し相手は林檎しかいなかったって」
「つまりそれは、林檎も閉じ込められていたという事ですね」
「……そうなるね」
夕子は細い眉をぎゅっと寄せ、苛立ちを紛らわそうとするように煙草をふかした。
思考の水面が澄み切った。吹雪は目を閉じ、小さく二度うなずく。
時久はそんな彼女を、どこか満足げに見下ろした。
「なにか答えが出たようだな、小娘」
「……策はあるのですか?」
「無論。でなければこのような話をするわけがなかろう」
時久の言葉に、吹雪は目を開けた。
群青の瞳に時久を映し、静かな声音で吹雪は言った。
「……まずはその策、聞かせてください」




