その十九.体内の管
「林檎のせいで、ワンコさんが……」
「今回、吹雪ちゃんを狙ったのも多分そういう過剰な防衛本能からだろう」
整った形の顎を撫でつつ、綾廣が思案する。
「吹雪ちゃんは鬼切りの血筋で、強い破魔の力を継いでいる……多分オレ達が、自分とワンコちゃんを引き離すために吹雪ちゃんを迎えたと思ったのかも」
「それで、私を消そうと企てたと」
「そう考えた方が自然だね。だからオレ達は、あえて大神どもの力が強くなる時期にサチと君を二人きりにすることで、あの子を誘き出そうとしたんだ」
「なるほど……そしてその通りに林檎は現れましたね」
吹雪の言葉に、綾廣は真剣な表情でうなずいた。
「ああ。ここまでは計画通りだ」
「ならばこれからはどうするのですか?」
吹雪はたずねた。
表情こそは静かだったが、その手はきつく握りしめられていた。
「あの化物を――林檎を退治するのですか?」
「そうしたいところだけどねぇ……あいつややこしい奴なんだよ」
「ややこしい……?」
吹雪は目を細め、首をかしげた。
そんな彼女に対し、綾廣は『参ったねぇ』と言わんばかりの様子で軽く首を傾けた。
「破魔の力、効かなかったでしょ?」
「……ええ」
林檎の胸を貫いた時の事を思い出す。
今まであの一撃で仕留められなかった化物はいなかった。綾廣の説明を聞きつつ、吹雪は何度か手を開いたり閉じたりする。
「どうやらあいつは単純な化物とも異なるんだよ。人狼というのはそもそも『狼の化物に変異してしまう』という異能だ」
「人間としての要素が含まれていたから……破魔の力が通用しなかった?」
「さらに林檎にはそもそも生死の概念が存在していないようでな」
時久の言葉に、吹雪の思考が一瞬停止する。
ゆるゆると顔を上げると、時久はまるで苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
「あれは犬槙の魂の双子……肉体を持たず、生まれる事もなかったもう一つの魂だ。生まれていないものは死にもせん」
「……それ、退治できないのでは」
ぎこちなく吹雪は時久に問う。
しかしその解答は、予想外のところから与えられた。
「……できない事もないよ」
「夕子さん……?」
物憂げな夕子の言葉に吹雪は首をかしげる。
夕子は煙草を口から離し、静かな口調で語り出した。
「そもそもワンコは犬神使いと人狼のハイブリッドだ。そして犬神の特性は『特殊な管に宿ること』……林檎もその特性を引き継いでる」
「ああ! つまり管を破壊すれば依代を失い、林檎は消滅するのですね!」
脳内で閃光が弾けた。
吹雪は一気に顔をほころばせ、夕子にたずねた。
「それでその管は、ワンコさんが持っているんですよね?」
「持っているよ。――体内に」
「え……?」
吹雪の表情が強ばった。
陰鬱な表情の夕子に代わり、時久がその言葉を継いだ。
「同じ管を、俺も貴様も持っている。脊椎の孔が連なってできた――脊柱管という管だ」
「なっ――!」
「脊柱管は人体の中枢たる脊髄を内包している。それを破壊すると言うことは――」
「ワンコさんが……死んでしまう……」
思わず吹雪は口元を覆う。
その場を嫌な静寂が包む込む。獣の影がひんぱんに古本屋の前を行き交うが、貼り付けた札の効力か内部にいる三人の存在に気づく様子はない。
どこか勝ち誇ったような遠吠えに、吹雪は唇をきつく引き結んだ。
「……なにも、手はないのですか?」




