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バケモノ×ケンゲキ  作者: 伏見 七尾
参.犬神欠点
23/89

その十.赤い月が照らす

 夜空に灰色の瘴気が薄く漂っている。

 街灯に照らされた道の片隅に、一台の自動車が止まった。


「ここだ。下りろ」

「承知しました」

「はいー」


 時久の言葉に従い、吹雪とサチは自動車から降りる。

 目の前に、黄色いテープで封じられた地下街への階段があった。今回のために地下街は一時閉鎖状態になっているらしい。


「犬槙、窮鼠封じは持ったな?」

「はい。ちゃんと夕子さんからもらってきました!」

「小娘、地下街の地図は?」

「だから何故私だけ小娘呼びなんですか。持っていますよ」


 吹雪は眉をひそめつつ、腰のポーチから地図を取り出してみせる。

 時久はその抗議を無視して満足げにうなずく。


「よろしい。群れの規模はまだ小さいと見られているが、それでも奴らの増殖力は相当なものだ。手持ちの窮鼠封じで間に合わないと感じたらすぐに退け」

「退却した場合、その後はどうするんですか?」

「その場合は夕子と一色、神室と、手が空いていれば真島や佐竹が出る」

「ほとんど戦闘班総出……できればわたし達だけで済ませたいな」


 緊張の表情で襟元に触れるサチに対し、時久は若干まなざしを和らげた。


「無理はしなくても良い――では、そろそろ地下街に入れ」

「了解しました! ――吹雪ちゃん、行こっか」

「はい……あの、御堂さんはこのまま会社に戻るのですか?」


 吹雪がたずねると、時久はうなずく。


「ああ。だが、しばらくはここにいる」

「そうですか。わかりました」


 吹雪もうなずき、踵を返した。

 すでにサチはぱたぱたと地下街の入り口へと歩き出している。

 その背中に続こうとした吹雪に対し、時久が声を掛けた。


「小娘」

「はい、何か?」


 吹雪はきょとんとした顔で振り返る。

 そんな彼女に時久は近づき、少し身を屈めた。

 途端――吐息がかかりそうな程に時久の顔が接近する。


「ッ――!」


 今までにないほどの至近距離。

 吹雪の胸がどきりと高鳴った。その手が反射的に動き、絶句兼若の柄へと伸びる。

 が、即座に動いた時久の手がかろうじて抜刀を阻止した。


「……落ち着け馬鹿者。忠告をするだけだ」

「……すみません。ここまで間合いが詰まるとなんというか、びっくりして」


 ぎりぎりと手首を締め上げられ、吹雪は頭を下げる。

 時久は小さく舌打ちすると、吹雪の手を離した。そして低い声で彼女に耳打ちする。


「……気をつけろ。今宵は瘴気も多い。何が起きてもおかしくはない」

「え……あ、はい……」

「窮鼠そのものはすぐに始末できるだろう。だが、決して油断するなよ」

「……いつになく親切ですね?」


 いぶかしむ吹雪に対し、答えはなかった。

 不自然な沈黙を残し、時久の長身がゆっくりと吹雪から離れる。見上げた時久の顔は、いつも通りむっつりと不機嫌そうだった。


「俺からはこれだけだ。とっとと行け」

「呼び止めたのは貴方でしょう……では、行って参ります」


 吹雪は呆れてため息を吐きつつ、地下街の入り口で待つサチの元へと急ぐ。

 時久はその背中をじっと見送った。

 二人の姿が黄色いテープを越え、地下街の闇の中へと消える。

 時久はおもむろに夜空を見上げた。


「――満月か」


 薄く漂う瘴気のはざまから、不気味なほど紅い月が覗いていた。

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