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バケモノ×ケンゲキ  作者: 伏見 七尾
参.犬神欠点
18/89

その五.首を絞める夢を見る

 ――自分の首を絞めている。


 またこの夢かと、うっすらと残る意識の中で吹雪は小さくため息を吐いた。

 どこともしれない薄闇の中で、吹雪が吹雪の首を絞めている。

 首を絞めている吹雪の表情はいつも見えない。このもう一人の自分が一体何者なのか、どうして首を絞めているのか理解できない。

 わからないことだらけのこの夢を吹雪は頻繁に見る。

 だからこの夢は息苦しいが、長続きしないことを理解していた。

 そのため吹雪はそのまま夢に任せ――。


 ――天が砕け散ったのかと思うほどの轟音が轟いた。


「ううっ!?」


 布団を蹴飛ばして起き上がり、側に置いていた絶句兼若を吹雪は引き寄せる。

 しかしそこで吹雪は我に返った。

 ゆるゆると辺りを見回すと、部屋には特に異常はない。畳んだ服や時計の様子も、寝る前に見たときと変わりなかった。

 吹雪は絶句兼若を置き、窓の方へと向かった。

 カーテンを開けた直後、夜空に光の亀裂が走った。数秒間を置いて雷鳴が轟く。


「雷……ですか」


 吹雪はため息を吐き、また布団に戻る。

 雷に興奮しているのか、どこかで犬が遠吠えしていた。


 ――貴様、最近獣の声を聞いたか。


 つい数時間前に聞いた時久の言葉が脳裏に蘇った。そして犬の声をよく聞くと答えた時に、彼が浮べた深刻そうな表情も。


「犬なんて……どこにでもいるでしょう」


 しかし思えば、最近特に犬の声を聞いているような気がする。廃デパートだけではない、霖哉と会った怪しげな繁華街や、喫茶店――。

 そして犬の声を聞いているわりに、姿は――。

 吹雪は目を見開いた。ちょうどその時稲光が走り、天井が白く照らし出される。


「いつも……同じ声。いや、それより――」


 長く尾を引くような遠吠えが響く。

 それまでは聞き流す事ができていたその声に、吹雪は急に強い不安を感じた。


「あれは本当に、犬……?」


 哀しげに響くその声は、どこか不吉な響きがあるような気がした。

 背中に震えが走り、吹雪はたまらず頭から布団を被る。


 遠吠えは夜明けまで続いた。


                   * * *


 一睡もできないまま、吹雪は朝を迎えた。


「……食べたら、少し眠りましょうか」


 小さくあくびをしながら、吹雪は食堂に足を踏み入れる。幸い今日は夜からの仕事なので、少しのんびりできることになっている。

 朝食をを受け取り、テーブルを探していると、背中から陽気な声を掛けられた。


「おはよ! ブキちゃん!」

「あ……綾廣さん。おはようございます」

「こっちおいでよ! 空いてるからさ」


 食事をしていた綾廣が向かいの席を手で示す。相変わらず白い歯が眩しいスマートな容貌だが、今日はやややつれているように見えた。

 吹雪はその好意に甘え、彼の向かいに座ることにした。


「ブキちゃんも眠れなかった感じ? 昨日の雷、すごかったよねぇ」

「えぇ。とてもすごい音でした」


 実際は雷鳴だけでなく、明け方まで響いていた犬の声も気になって眠れなかった。

 しかしそれを隠し、吹雪は微笑する。


「なんかさ、大気が不安定なのかな? 先月から多いんだよ。雨も降らないのに雷がガンガン鳴るの。たまったもんじゃないね」

「困った天気ですねぇ」


 吹雪が相槌を打つと、綾廣は芝居がかった仕草で大きくうなずいた。


「ほんっとに! オレさー、雷マジで無理なの! しかも寝る前に音がするとサッパリ寝れなくなる! 夜中の雷とか二重苦!」

「……貴方は本当に苦手なものが多いな」

十真とおまくん!」


 綾廣がばっと振り返る。

 その側で立ち止まったのは褐色の肌をもつ青年だった。均整の取れた長身に詰襟の黒いコートを着ていて、全体的に精悍な印象が漂う。

 咎めるような綾廣の声に、褐色の肌の青年はうっすらと笑う。


「高いところも怖いし、暗いところも無理じゃないか」

「仕方ないだろー! オレはデリケートなの! 繊ッ細なの!」

「まぁ仕事ができればなんでも。――ん? そちらの子は?」

「あ、十真くん会ってなかったか。この子が例の新しい子だよ。――ブキちゃん、こっちは十真くん。オレ達と同じ紅梅社中の戦闘班だ」

「ふむ……私は神室かむろ十真だ。よろしく頼む」

「あ、遠峰吹雪です。どうぞよろしくお願いします」


 握手を求める十真に対し、慌てて吹雪は立ち上がった。

 吹雪の手を握り、十真は不思議そうなまなざしで彼女を――正確には彼女の髪を見つめる。


「……真っ白だな」

「え、あ、はい。生まれつきです」


 吹雪は自分の髪に触れ、少し困ったように笑った。

 手を離した十真は軽く顎を撫でつつ、興味深そうに言葉を続けた。


「ふむ……しかしすごいな。まさかこの三日間で二人も髪が白い人に会うなんて」

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