その五.首を絞める夢を見る
――自分の首を絞めている。
またこの夢かと、うっすらと残る意識の中で吹雪は小さくため息を吐いた。
どこともしれない薄闇の中で、吹雪が吹雪の首を絞めている。
首を絞めている吹雪の表情はいつも見えない。このもう一人の自分が一体何者なのか、どうして首を絞めているのか理解できない。
わからないことだらけのこの夢を吹雪は頻繁に見る。
だからこの夢は息苦しいが、長続きしないことを理解していた。
そのため吹雪はそのまま夢に任せ――。
――天が砕け散ったのかと思うほどの轟音が轟いた。
「ううっ!?」
布団を蹴飛ばして起き上がり、側に置いていた絶句兼若を吹雪は引き寄せる。
しかしそこで吹雪は我に返った。
ゆるゆると辺りを見回すと、部屋には特に異常はない。畳んだ服や時計の様子も、寝る前に見たときと変わりなかった。
吹雪は絶句兼若を置き、窓の方へと向かった。
カーテンを開けた直後、夜空に光の亀裂が走った。数秒間を置いて雷鳴が轟く。
「雷……ですか」
吹雪はため息を吐き、また布団に戻る。
雷に興奮しているのか、どこかで犬が遠吠えしていた。
――貴様、最近獣の声を聞いたか。
つい数時間前に聞いた時久の言葉が脳裏に蘇った。そして犬の声をよく聞くと答えた時に、彼が浮べた深刻そうな表情も。
「犬なんて……どこにでもいるでしょう」
しかし思えば、最近特に犬の声を聞いているような気がする。廃デパートだけではない、霖哉と会った怪しげな繁華街や、喫茶店――。
そして犬の声を聞いているわりに、姿は――。
吹雪は目を見開いた。ちょうどその時稲光が走り、天井が白く照らし出される。
「いつも……同じ声。いや、それより――」
長く尾を引くような遠吠えが響く。
それまでは聞き流す事ができていたその声に、吹雪は急に強い不安を感じた。
「あれは本当に、犬……?」
哀しげに響くその声は、どこか不吉な響きがあるような気がした。
背中に震えが走り、吹雪はたまらず頭から布団を被る。
遠吠えは夜明けまで続いた。
* * *
一睡もできないまま、吹雪は朝を迎えた。
「……食べたら、少し眠りましょうか」
小さくあくびをしながら、吹雪は食堂に足を踏み入れる。幸い今日は夜からの仕事なので、少しのんびりできることになっている。
朝食をを受け取り、テーブルを探していると、背中から陽気な声を掛けられた。
「おはよ! ブキちゃん!」
「あ……綾廣さん。おはようございます」
「こっちおいでよ! 空いてるからさ」
食事をしていた綾廣が向かいの席を手で示す。相変わらず白い歯が眩しいスマートな容貌だが、今日はやややつれているように見えた。
吹雪はその好意に甘え、彼の向かいに座ることにした。
「ブキちゃんも眠れなかった感じ? 昨日の雷、すごかったよねぇ」
「えぇ。とてもすごい音でした」
実際は雷鳴だけでなく、明け方まで響いていた犬の声も気になって眠れなかった。
しかしそれを隠し、吹雪は微笑する。
「なんかさ、大気が不安定なのかな? 先月から多いんだよ。雨も降らないのに雷がガンガン鳴るの。たまったもんじゃないね」
「困った天気ですねぇ」
吹雪が相槌を打つと、綾廣は芝居がかった仕草で大きくうなずいた。
「ほんっとに! オレさー、雷マジで無理なの! しかも寝る前に音がするとサッパリ寝れなくなる! 夜中の雷とか二重苦!」
「……貴方は本当に苦手なものが多いな」
「十真くん!」
綾廣がばっと振り返る。
その側で立ち止まったのは褐色の肌をもつ青年だった。均整の取れた長身に詰襟の黒いコートを着ていて、全体的に精悍な印象が漂う。
咎めるような綾廣の声に、褐色の肌の青年はうっすらと笑う。
「高いところも怖いし、暗いところも無理じゃないか」
「仕方ないだろー! オレはデリケートなの! 繊ッ細なの!」
「まぁ仕事ができればなんでも。――ん? そちらの子は?」
「あ、十真くん会ってなかったか。この子が例の新しい子だよ。――ブキちゃん、こっちは十真くん。オレ達と同じ紅梅社中の戦闘班だ」
「ふむ……私は神室十真だ。よろしく頼む」
「あ、遠峰吹雪です。どうぞよろしくお願いします」
握手を求める十真に対し、慌てて吹雪は立ち上がった。
吹雪の手を握り、十真は不思議そうなまなざしで彼女を――正確には彼女の髪を見つめる。
「……真っ白だな」
「え、あ、はい。生まれつきです」
吹雪は自分の髪に触れ、少し困ったように笑った。
手を離した十真は軽く顎を撫でつつ、興味深そうに言葉を続けた。
「ふむ……しかしすごいな。まさかこの三日間で二人も髪が白い人に会うなんて」




