その十.分かち合う二人
「え?」
「おまえ、東京の人間じゃないんだろ? 知らない場所で化物と戦って、楽しいか?」
「楽しいというか……まぁ、故郷でもやってましたし……」
淡泊な霖哉の問いに、吹雪は一瞬言葉に悩む。
仲の悪い時久の姿が脳裏によぎった。首を軽く振り、吹雪はその像を追い払う。
「それに……私には、この町でやらねばならない事がありまして。そのための資金と情報を得るために、退治屋をやっています」
「やらねばならないこと?」
「えぇ。兄を探しているんです……私と同じくらいの白髪の男の子、知りません?」
渾身の力で描いた似顔絵はここにはない。どのみち、紅梅社中の面々にさんざんこき下ろされたアレを今後も人前に見せる度胸は吹雪にはなかった。
霖哉は小さく首を横に振った。
「知らない。若い奴で髪が白いのは、おまえ以外知らない」
「そうですか……」
「兄貴、好きなのか?」
「どちらかというとわりと嫌いです」
考えるよりも早く言葉が出てきたことに驚きつつ、吹雪は即答する。
すると霖哉はやや眉を吊り上げた。
「ならなんで探すんだ?」
「それはその……兄ですし、父が兄を探すよう私におっしゃったので」
「ふぅん……つまりおまえの意思じゃ、ないんだな」
「それはっ……」
何故だか言葉が出なかった。
吹雪は思わず口元を押さえつつ、必死で言葉を探した。
「私、は……」
どれだけ脳内を探っても、言葉が出てこない。
何を言えばいいのか、わからない。
嫌な沈黙がその場を支配した。レコードの音楽と、外で響く犬の声がやたらと大きく感じる。
霖哉は水を飲み干し、言いづらそうに口を動かした。
「その……悪い。同じくらいの子と話した事なかったから、調子に乗った」
「いえ……私も、そんなに同世代の人と会話したことがないので」
ぎこちなく謝る霖哉に対し、吹雪は微笑し首を振る。
「涅さんは、おいくつなんですか?」
「霖哉でいい。おれは十九。おまえは?」
「私は十七です」
「ふぅん……二歳下だったのか。なんか、同じくらいかと思ってた」
「そ、そうですか? 老けて見えるんでしょうか……?」
「老けているというか……少し違うな。なんだろう」
グラスの縁を指先でなぞりながら、霖哉はしばらく考え込んだ。
「ただ、年の割に苦労してそうだとは思う」
「苦労はそんなに……」
吹雪の脳裏に時久の姿がまたよぎる。
どうやら、自分はすっかり彼が苦手になってしまったようだ。吹雪は重いため息を吐く。
霖哉はポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認した。
「……そろそろ、おれは行かなけりゃいけない。代金は払っておく」
「あぁ、ありがとうございます。すっかりご馳走になってしまって」
「構わない……あと、おれは平日の昼間はたいていここにいる」
「え?」
思わぬ言葉に吹雪は顔を上げる。
懐中時計をポケットにしまい、霖哉はマフラーを口元まで引き上げた。
「よかったら、さ。またここで話さないか。愚痴くらいなら聞く」
「でも……」
「おれも暇しているし……それに、なんだかおまえは悩んでいるように見える」
「……そう、ですか?」
「あぁ。それは間違いない、と思う」
首をかしげる吹雪に、霖哉はうなずく。
吹雪はじっと自分のグラスを見下ろした。溶けかかった氷が揺れている。
「……悩み、ねぇ」
「ああ。なんというか、おれにもよく、わからないが……」
霖哉は一瞬ぎゅっと眉を寄せ、やや悩むそぶりを見せた。
しかしやがてゆっくりとマフラーを下ろし、彼はぎこちなく言葉を発する。
「あまり自分の中にため込むのは良くない……と思う」
「……ふむ」
そういえば、自分はあまり誰かに感情を吐露したことがない。
吹雪はグラスに浮かぶ氷をぼんやりと見つめた。その胸に、ぼそぼそと霖哉が発する言葉が妙に染み込んでくるように感じられた。
「さっきも言ったが、おれも昼間は時間をもてあましているんだ。だから、もしおまえの気が向いたら――話くらいは、聞いてやる」
* * *
夜空に半月が浮かんでいる。
どこかで響く犬の声を聞きながら、吹雪は廃デパートに足を踏み入れた。
昼間とは違って、シャンデリアの残骸の近くに小さなカンテラが置かれている。その火に照らされているため、夜を迎えたホールはわりかし明るい。
「遅いぞ」
壁にもたれていた時久がぴくりと身じろぎする。カンテラは彼が持ち込んだもののようだ。
「失礼。少し道に迷いまして」
吹雪は時久に一礼し、ぐるりと辺りを見回した。
特に変化はみられない。耳を澄ませても特に異音などは聞こえず、この建物内の化物は完全に殲滅されたようだ。
「それで? このデパート内を見回るのですか?」
「ああ。その後念のため、周辺地域に化物が漏れていないか外に出て見回る」
「なるほど。化物は夕方以降活性化しますからね」
吹雪はぱんっと手を打ち、うなずいた。
「では二手に分かれましょう。私は三階から屋上を。御堂さんは地下から二階まででいかがでしょう?」
「待て、勝手に話を進めるんじゃない」
時久が唸るように言って、壁から背を離した。
床に置いていたカンテラを取り、吹雪に近づく。そして、珍獣を見るような目で時久は吹雪の頭から爪先をじろじろと見た。
「……なんだか雰囲気が少し変わったな。何かしたのか?」
「いえ、特にたいしたことは」
時久の視線に眉を寄せつつ、吹雪は首を振った。夜もまた、時久とともに行動しなければならないと考える時が重い。
しかし、その脳裏にぎこちない霖哉の言葉が蘇った。
――話くらいは、聞いてやる。
共犯者を見つけたような――そんな不思議な高揚感を感じ、吹雪はかすかな笑みが浮かべた。
「……ただ、色々と話す相手はできました」




