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バケモノ×ケンゲキ  作者: 伏見 七尾
弐.瘴気漂う大東京
12/89

その九.喫茶店のひととき

「……ここまで来れば大丈夫そうだな」

「え、えぇ……」


 霖哉の言葉を聞き、吹雪は足を止める。

 そこは怪しげな繁華街からやや離れた位置にある公園だった。昼のけだるげな雰囲気の中、噴水やベンチの側で人々が思い思いに過ごしている。

 霖哉は吹雪の手をようやく離し、近くのベンチに腰を下ろした。


「コホッ――まったく。昼間とは言え、あんな場所にいくなんて……」

「あの、涅さんですよね?」


 吹雪は恐る恐るたずねた。

 すると、軽く咳き込んでいた霖哉は口元を押さえたまま吹雪を見上げる。その紅茶色の瞳が丸く見開かれ、陽光にきらきらと光って見えた。


「……覚えていてくれたのか」

「えぇ。あの後大丈夫だったのか心配で。えっと――涅、霖哉さん?」


 吹雪が確認すると、霖哉は何度も深くうなずいた。


「……そういうおまえは、遠峰吹雪だったな」

「はい。あぁ、私の名前も覚えていてくださったのですね」

「あぁ……髪が白くて、珍しかったからな。それに、おれを助けてくれた」

「あの、あの後大丈夫でした?」


 吹雪は心配そうに瞳を揺らし、霖哉の姿を見下ろす。初めて会ったとき彼は本当に顔色が悪く、今にも血を吐きそうな勢いで咳き込んでいた。

 今の霖哉は顔色こそあの日よりはマシなものの、時折小さく咳き込んでいる。


「問題ない」

「でも……」


 吹雪が言葉を続けようとすると、霖哉は首を横に振った。

 そして口元から手を離し、やや言い辛そうにゆっくりと言葉を続ける。


「気管支というか……呼吸器が少し敏感なんだ。それだけ」

「そうですか……呼吸器が……」


 そういえば、霖哉はあの日注射器に入った薬を使っていた。あれは呼吸器の過敏な反応を抑えるためのものだったのだろうか。

 そこまで考えたところで、吹雪は先ほど自分が彼に助けられた事をはっと思い出した。


「あの、さっきはありがとうございました」

「別に……」


 霖哉は視線をそらし、首のマフラーを口元にまで引きあげた。

 もしや寒いのだろうか。ここで急激に体調を崩されたらとハラハラする吹雪の耳に、呆れた様子の霖哉の言葉が届く。


「おまえはなんというか……危ないところを出歩く趣味があるのか? この前も人が殺された場所で、あんな夜中に」

「そ、そんなことは無いです! 今日はなんというか、迷ってしまって」

「迷った? どこに行こうとしてた?」


 マフラーを引き下ろし、霖哉が眉をひそめる。

 吹雪はいたたまれない思いで、手をぎゅっと握り合わせた。


「その……ご飯を食べるところを探してたんですよ。ただちょっと、色々考え事をして歩いてたら、あんな感じになってしまって」

「飯屋か……」


 霖哉は顎に手を当て、なにやらじっと考えた。

 ポケットから古びた懐中時計を取り出し、時間を確認する。そして小さくうなずくと立ち上がり、霖哉は吹雪を見下ろした。


「来い」

「え?」


 あまりにも短い言葉に吹雪は戸惑う。

 さすがの霖哉もあまりにも言葉が足りなかったと思ったのか、言い辛そうに頭をかいた。


「……そこそこ食える場所があるから、奢ってやる」

「え、それは悪いですよ。そんな――」

「この前の礼だ」


 霖哉は素っ気なく言い放ち、背を向けて歩きだした。

 ついてこい、という事だろうか。

 吹雪は一瞬ためらった。


「……早く来い」


 霖哉が振り返り、前方を軽く顎でしゃくる。


「は、はい!」


 このまま霖哉の好意をむげにするのも良くないだろう。

 吹雪は仕方なく、そろそろと霖哉の後ろについて歩き出した。

 霖哉が連れていったのは、古い喫茶店だった。飴色の木材で作られた空間は静かで、レコードから流れる微かな音楽と食器の触れあう音だけが響いている。

 二人は窓際の奥のテーブルに着き、メニューを開いた。


「よく、ここにいらっしゃるんですか?」


 吹雪がたずねると、霖哉はメニューを見ながら「あぁ」とうなずいた。


「仕事がないときは、ここで時間を潰したりしてる」

「そうなんですか……お仕事はなにを?」

「掃除。――メニュー、決まったか?」

「あ、ええと」


 慌てて吹雪はメニューを見下ろす。喫茶店ではあるが、食事の種類が多い。霖哉の言うとおり『そこそこ食える』ようだ。


「それ、ハヤシライスあるだろ」

「あ、おすすめですか?」

「この店だと一番いける。セットにすればコーヒーと小さいケーキも付く」

「じゃあそれで――って、このセットは少しお値段が」

「いちいち気にするな。おれが奢ると言ってる」


 あたふたする吹雪をよそに霖哉は軽く手をあげて店員を呼び、自分のサンドイッチと吹雪のハヤシライスとを注文した。

 ほどなくして食事が運ばれてきた。

 湯気を立てるハヤシライスをスプーンで掬い、吹雪はそろそろと口に運ぶ。


「……どうだ?」


 ハムサンドを手に持ったまま、神妙な面持ちで霖哉がたずねてくる。

 吹雪はすぐには答えられなかった。口の中でとろとろの牛肉と濃厚なソースが絡まり合い、その舌は完全に魅了されてしまっていた。


「美味しいです……! お肉が本当に柔らかくて、お野菜にもしっかり味がしみてて」

「そうか。よかった」


 霖哉は素っ気なく答え、ようやく自分のハムサンドに口を付けた。どことなくその表情には安堵の色が見えるような気がする。

 それからしばらく二人はぽつぽつと会話をしながら食事を続けた。


「……東京に、つてはいないのか?」

「いえ、そんなことはないです。これでも一応会社勤めなんですよ」

「会社?」

「えぇ。その、退治屋を」


 首をかしげる霖哉に、吹雪はうなずいた。

 すると霖哉は食べかけのサンドイッチを置き、心底驚いたような顔で吹雪を見つめた。


「……おまえが、退治屋? 化物を殺す、あの?」

「は、はい」

「……ふぅん」


 霖哉は小さく鼻を鳴らし、グラスに口を付けた。

 ごくりと水を飲み、さして興味がなさそうな様子で吹雪にたずねる。


「退治屋って楽しいのか?」

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