提案
「それにしても辛いなぁ~。
好きな女の子が目と鼻の先で裸になっとる言うのに、手も足も出されへんとはなあ」
「うっさいビッツ!叶ちゃんは繊細な男の子なのよ。ウブで純粋な童貞坊やなのよ。
変なことを教えないで」
「ねぇねぇ、ドビー。童貞ってなあに?あたしわかんないよ」
「え、えっとそれはですね。リッシーは知らなくても良いことですよ」
宮野さんが居なくなった居間では、幽霊達のそんな会話が繰り広げられていた。
俺はこたつの机に突っ伏して、そのくだらない会話を聞き流していた。
ちなみに今宮野さんはお風呂にいる。
ビッツの発言はそのためだ。
あの後宮野さんが、真っ赤な顔をして「お風呂借りてもいいかな」と控えめに聞いてきたので、俺はバスタオルを渡して風呂の場所を教えてあげた。
さすがに着替えなどはないので、そこは我慢してもらうしかないのだが、風呂に入れると言うだけで宮野さんは喜んでいた
と言うわけで、今俺は強烈な煩悩と僅かな良心とを天秤に掛け猛烈に悩んでいた。
何を悩んでいるかって?そんなの決まっている。
覗くか覗かないか、だ。
「何やったら、ワイが覗いてったろか?
ワイは地縛霊やけど、この部屋んなかやったら憑依せんでも移動できるんやからな」
「馬鹿、そんな事は俺が許さない!」
「おー怖い怖い、彼氏でもない癖に向きになるなって。
安心せい、ワイの好みはもっとボインな姉ちゃんやからな」
ビッツは俺をからかって笑っていた。
からかわれているのが分かっているのに、ムキになって反論してしまうのは、それだけ俺に余裕がない証拠だ。
「彼氏でもないのに」
ビッツは何も考えずにそう言ったのだろうが、俺にはその言葉がかなり深く突き刺さった。
もちろん、俺は宮野さんの彼氏ではない。なりたいとは思っているが、そんなフラグは一本も立っていない。
そんな分かり切っていることで俺は落ち込んでいるのではない。
俺が考えているのは、俺は宮野さんの何なのか、ということだ。
俺は宮野さんのクラスメイトだ。これは間違いない。
じゃあ、俺は宮野さんの友達か?
この問の答えは果てしなく黒に近いグレーだ。
友達というものに定義があるのかどうかは知らないが、少なくとも俺には宮野さんと友達になった記憶がない。
成り行きで抱きつかれたりしたが、あれは厳密に言えば俺ではない。
俺と宮野さんの間での交流は、修学旅行以前のクラスでの業務連絡、初詣での一件、そして昨晩の出来事のみだ。
こんな関係では、友達より大事な人に成ることはおろか、友達にすらなれていない。
つまり、宮野さんにとっての俺は、ただのクラスメイトなのだ。
こんな立場では、宮野さんを助ける事なんて図々しい真似出来るはずがない。
それなのに俺は、宮野さんの家族の問題を勝手に解決しようとしている。
こんな事が許されるのは、もっと宮野さんと親しい人だけだ。少なくとも、俺の様なただのクラスメイトではない。
「かと言って、告白する勇気もないんだよなあ」
「え?誰に告白するの?」
「そんなの、宮野さんに決まってる……
え?!宮野さん?いつの間に」
「今お風呂からあがったところだよ。お風呂貸してくれてありがとね」
乾ききっていない艶のある髪と、いつもよりほんのりと赤い顔が何とも魅力的な宮野さんが俺の後に立っていた。
宮野さんは、俺を見下ろす姿勢のままバスタオルで髪の毛を拭きながら頭を傾げた。
「それで、告白って何?」
終わった……
俺は宮野さんの顔を見上げたまま数秒固まってしまった。
絶対に聞かれてはいけない人に聞かれてしまった。これで俺の青春が、片思いが、泡と消えてしまう。
何とかして誤魔化さなければ、俺は一生立ち直れないだろう。
俺の脳は、これまでにないフル回転で言い訳を考えていた。
「あ、えっとその、告白っていうのは、その、俺がどうしてここに住んでるかってことなんだけど。
そう、俺がここに住んでる理由を宮野さんに告白しようと思ってたんだ」
俺の脳が導き出した答えがこれだった。
俺はカチカチに固まった顔を強引に笑顔に変えて宮野さんを見た。
宮野さんは、すごく不思議そうな顔でさらに深く首を傾げた。
♦♦♦♦♦
一応、誤魔化せたのだろう。宮野さんはそれ以上俺に告白の事を聞いてくることはなかった。
俺が咄嗟に誤魔化した、ここに住んでいる理由を告白する、と言うことにも触れてこなかった。
そんなに俺のことに興味がないのか、と落ち込んだが、それでも俺の片想いがバレるよりはよっぽどマシだった。
今までと違い、今はこの部屋に宮野さんも居るのだ。独り言で迂闊な事を口走るのは厳禁だ、と自分の心に深く刻みつけた。
丁度その時、三分が経過した。
「ごめんね、こんなのしかなくて。材料はあるちゃあるんだけど、料理なんて出来ないし」
俺は、言い訳がましく生麺と書かれた蓋をめくる。
インスタントラーメンである時点で、これが生麺と呼べるのかは疑問だが味話悪くないので文句は言わない。
「いいよ、別に。それに私、家で食べるご飯は大体こんな感じだったから慣れてるよ」
宮野さんのは豚骨ラーメンだから蓋をめくった後に背脂とかを注いでいる。
その手つきは、確かに慣れている。
こんな食事しか食べてこなかったという宮野さんの言葉に、俺はまた悲しくなった。
確かに最近は、俺の食生活も大体こんなものだ。カップ麺にコンビニご飯のローテーション。
だが、それが当たり前になる前は、ちゃんと普通の食事を食べていた。
ちゃんと、お袋の味を持っていた。
それに引き替え、宮野さんはまだ小さい小学生の頃からずっとこんな生活を続けているのだ。
やっぱり、俺なんかより宮野さんの方がよっぽど不幸だぞ、と心の中で巫に言い返した。
「食べながらでいいんだけど、ちょっと話を聞いてくれるかな」
俺は、メンマをかじりながらおずおずと切り出した。
「宮野さん、これから行く宛がないならしばらくここに泊まらない?」
ラーメンのせいか、それとも俺がこんな事を言ったせいなのか、宮野さんの顔からは大量の汗が吹き出した。




