妹?そんなわけないか
「あ~やっちまった……
巫に喧嘩売ってどうすんだよ俺。ほんと馬鹿だなあ……」
巫の家を何とか抜け出した俺は、天獄荘に帰るでもなく、ブラブラと街を歩いていた。
口から出てくるのは、ため息と愚痴と弱音ばかりで、気分は最低だ。
まだ正月が終わっていないこの街から、俺一人だけが浮いた存在のように思えた。
いや、浮いていると言うよりはむしろ沈んでいるのだが……そんな事はどうでもいい。
俺はただ、天獄荘に帰る気になれず街の中をブラブラと歩いていたのだった。
「そういえば、バイトくらいやらなきゃな。あんなこと言っちまったから、もう巫からの支援も望めないし」
そう思い、近くのコンビニに立ち寄った俺は、バイト紹介雑誌を読むともなしに眺めていた。
ファミレス、コンビニ、カラオケ、工事現場、居酒屋……
バイトを募集している所は多いのだが、生まれてこれまで仕事というものをしたことがない俺にとっては、バイトの善し悪しが全く分からなかった。
結局、バイト雑誌は早々に棚に戻し、俺はマンガ雑誌を立ち読みしてこらコンビニを出た。
する事がなくなった俺は、仕方なく天獄荘に向かって歩き出した。
巫の支援がなくなれば、宮野さんはおろか俺までもが住むところを失ってしまう。その現実が重く俺の肩にのしかかっていた。
俺は視線を地面に落としたまま、天獄荘へ帰るため路地を右に曲がった。
その時、俯いて歩いていた俺の視界の端に気になるものが写り込んだ。
本当に一瞬のことだったので、それがなんなのか分からなかった。
ただ、なぜかそれがとても大事なように思えた俺はあわてて顔を上げた。
すると、俺の前方50メートルほど先の道に見慣れたツインテールの小さな女の子の後ろ姿が見えた。
それは、あの日から毎日思い浮かべていた三つのシルエットの内の一つだった。
俺の体はこの時も、頭で考えるより先に動いていた。
「望!」
久しぶりに呼ぶその名前に、声がほんの少し震えていた。それだけ、俺は心細かったのだ。それだけ、俺は寂しかったのだ。それだけ、俺は怒っていたのだ。
それでも俺は、望みに届くよう大きな声でそう呼んだ。この世界にたった一人しかいない妹の名前を。
望は俺の声に、ビクッと肩を震えさせると、ゆっくりと俺の方を振り返った。
その顔は、とても懐かしくとても愛着のある家族の顔だった。
小学校高学年のまだ幼い望の顔は、俺の方をみると一瞬悲しそうな顔をした。
そして、いきなり前を向くと俺から逃げるように走り出したのだ。
「おい、待てって」
俺はあわてて望みの後を追った。
いくら離れていたとしても、小学生と高校生の脚力差の前にはそんなものの意味はなかった。
あっという間に、俺と望との距離は数メートルまで縮まった。
俺は望の肩をつかもうと必死に手を伸ばした。
(あと少し……)
そう思って思いっきり手を伸ばした瞬間、望が急に進路を変え路地を左折した。
その素早い転身に追いつけなかった俺は、足を絡めその場に派手に転んだ。
肘と手の甲を擦りむいたが、そんな事には構わず急いで立ち上がり、望の後を追おうとした。
「あれ……?」
だが、行き止まりになっているその路地の先に望の姿はなかった。
狐に摘まれたような思いのまま、俺は望みの姿を探しながらしばらくその場を調べた。
だが結局、もう一度望の後ろ姿を発見することは出来ず、俺は渋々天獄荘に帰ったのだった。
♦♦♦♦♦
「ただいま」
重たい足取りのまま天獄荘に着いた俺は、部屋の鍵を開けて中に入った。
すると、カーテンが締め切られ薄暗い部屋の奥から「夢無君!」という宮野さんの声が返ってきた。
俺は、慌てて靴を脱いで部屋に入った。
廊下を走って襖を開けると、こたつに入った宮野さんがこっちを見ていた。
「宮野さん、起きてたんだ。おはよう、調子はどう?」
「絶好調な訳ないでしょ。それより、何で私が起きたら夢無君が居ないのよ。
私泣きそうになっちゃったんだからね」
寝癖のついた頭をして、頬を膨らませる宮野さんは超絶に可愛かった。
さっきまでの悩みがちっぽけに思えてしまうほどの破壊力がその笑顔にはあった。
「ご、ごめん。ちょっと野暮用があって。それに、かなり疲れてたみたいだからこんなに早く目を覚ますなんて思わなくて」
「そっか、そうだよね。私疲れてたもんね。
昨日はごめんね、私の話聞いてもらって。聞いて気分が良くなるような話じゃないよね。
ってあれ?夢無君、その怪我どうしたの?」
宮野さんの指摘で、頬にも傷があるのを発見した。
あの時は夢中だったので覚えていないのだが、どうやら俺は相当派手に転んだらしい。
その証拠に、今脱いだアウターには砂がかなりついていた。
「あ、これは気にしないで、ちょっと転んだことだからさ」
俺は頬の傷をさすりながらこたつに入った。
温かいこたつは、疲れた体に心地よかった。
俺は若干重たくなった瞼を持ち上げながら、目の前に座る宮野さんを見た。
さっきから無理に元気に見せようと明るい声を出していたが、その顔には疲労の色が見てとれる。
その顔を見ていると、すこし心が揺れたが、俺は思い切ってこう切り出した。
「宮野さん、相談があるんだ。
これから、宮野さんのご両親をこの部屋に呼んでちゃんと話し合ったらどうかな。
やっぱり、このままって訳にはいかないからさ」
巫の援助が期待できなくなった今、俺もいつまでここで暮らせるかわからない。
そんな不安定な状態で宮野さんをここに置いておくことはなお出来ない。
だから、決着を着けるなら早い方がいいと思ったのだ。
だが、俺のこの提案に宮野さんは小さく「イヤだ」と呟いた。




