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巫の冷徹

「二つ、質問があるわ。

 まず一つ、何故あなたは彼女もいないのに夜のラブホテル街なんかに出かけたのかしら?

 それからもう一つ、その男をあなたの蹴りで撃退したというのは明らかな嘘よね、本当のことを言いなさい」


 俺が話し終わると、巫は怖い顔をしてそう聞いてきた。

 しまった、馬鹿正直に全部を話すんじゃなかった。

 そりゃ、矛盾して当たり前だ、なにせ宮野さんを助けたのは俺ではないのだから。

 だが、ここで巫に「その時の俺はビッツっていう幽霊に憑依されてて、全部そのビッツって幽霊がやったことなんだ」とは言えない。

 到底信じてはもらえないだろうし、俺の頭が狂ってしまったと思われるのがオチだ。


「そ、それはその、窮鼠猫を噛むみたいな?」

「あなたは死の淵に追いやられても、最後の最後まで力を発揮できず死んでいきそうだけど。

 まあ、いいわ。今はそう言うことにしておいてあげる。感謝しなさい」


 何をどう感謝すればいいのか分からないが、取りあえず納得してくれたようで安心した。

 さて、問題はこれからだ。

 宮野さんの話を聞いて、巫はどんな感想を持ったのか。


「それにしても意外ね、宮野さんが援交していたなんて。

 前々から気味の悪い子だとは思っていたけど、そこまで落ちぶれていたとは思ってもみなかったわ。

 その癖、この前は私に馴れ馴れしく話しかけてきて、不愉快この上ないわ」


 巫の反応は、俺の予想の真逆のものだった。

 気味が悪い?落ちぶれていた?不愉快この上ない?

 なんで、宮野さんの話を聞いてそんな言葉が出てくるんだ?

 可哀想!何とかしてあげたい!力になりたい!

 普通の人間なら、こういう反応をするべきだ。少なくとも、宮野さんを蔑むようなことは、言わないはずだ。


「ちょ、ちょっと待てよ。なんだよその反応は。

 なんでそんな言葉が出てくるんだよ、あんなに可哀想なのに」

「可哀想?誰が?」

「誰がって、宮野さんに決まってるじゃないか」

「あれのどこが可哀想だと言うのよ。

 自分の境遇を不幸だと思い込んで、その現実から逃げた、ただの弱虫じゃない。

 馬鹿だとは思ったとしても、可哀想だとは一ミリも思わないわ」


 巫はいつもの冷たい目をしてそう言い放った。一欠片の淀みも、迷いも、情の欠片もない声でそう言い放ったのだ。

 本気で言ってる。

 俺は巫の声でそう直感した。

 巫の放った信じられないようなこの言葉は、冗談や軽口ではなく心の底からの本音なのだ。

 どうしたら、そんな事が言えるのか?俺は茫然としながらそんな事を考えた。

 まともな情がある人間の口からは間違ってもこんな言葉は出てこないだろう。少なくとも、俺はそう思う。


「あなたは、宮野さんに恋をしているから、彼女を可哀想だと思うのよ。

 もし、あなたの目の前に現れたのが別の誰かだったら、あなたはこれほどまでにその人を助けようとはしなかったはずよ。

 いい、人間はゴミ置き場のダンボールの中にかわいい子猫が捨てられているから可哀想だと思うの。同じ場所にネズミが居たところで、人は不快感しか覚えないのよ。

 人間って言うのはね、九割九分見た目で物事を判断しているの。

 心や感情っていうのは、ねじ曲がった視覚情報が作り出した虚像なのよ。

 だから、あなたが可哀想だとおもう宮野さんも、私から見ればただの我が儘で馬鹿な一人の女にすぎないってわけよ」


 違う。俺は、宮野さんだから助けようと思った訳じゃない。

 心の中で大声で反論したが、何故かそれを口に出すことは出来なかった。

 その言葉を言いきる自信がなかったのかもしれない。


「俺は、不幸な境遇に追いやられた人をただ見ているなんて事が出来ないだけなんだ。」

「不幸というのなら、あなたの方が不幸でしょ。

 あなたの家族は、本当の意味で居なくなってしまったのだから。

 それに比べて彼女は、自分から家族の元を離れた。確かにいい家庭ではなかったようだけれど、それでも選択肢は他にも沢山あったはずよ。

 元から一つの選択しも用意されていなかったあなたとは大違いよ」


 巫の主張はいちいち的を得ていて、反論の余地が少ないものだった。

 俺は答えに窮してしまった。

 上手く答えられない自分にいつの間にか腹が立っていて、俺は気付かないうちにこう口走っていた。


「巫みたいな奴には、俺や宮野さんの不幸は分からないんだよ。

 俺達が、どれだけ悲しい思いをして、どんな涙を流したかを知らないからそんな事が言えるんだ。

 金持ちには、俺達の気持ちなんかわかんねぇよ!!」


 言ってしまってからすぐに、しまったと思った。

 いくら巫の言葉が厳しかったからといって、お願いしている俺がこんな事を言える立場でないことは明白だ。

 俺は恐る恐る、巫の顔を伺った。ほんの少しいつもより赤くなった顔が、プルプルと震えていた。

 俺は、謝ろうと口を開きかけた。だがその瞬間、俺と巫の居た和室と廊下を繋ぐ障子が真っ二つに割れて、日本刀を構えた黒岩が逆行の中から現れた。


「貴様!よくもお嬢様にそんな口をきいたな?

 貴様なぞ、三枚卸にしてやる!」


 言うが早いか、一瞬にしてその日本刀は輝き俺目掛けて切りかかってきた。

 ビュンという、空気が切れる音がして俺の鼻先に日本刀の切っ先が突きつけられた。

 銀色に輝くその刃の奥の真っ黒なサングラスから、今にも喉を掻き斬られそうな殺気をはらんだ視線が突き刺さる。

 人を殺す武器が目の前にある。その事実を理解したとき、俺の下半身から力が抜けた。

 それと同時に、どこから沸き起こるのか定かではない巫への怒りのような感情が沸々と俺の心に湧き上がり満たしていった。


「お前に頼んだ俺が馬鹿だったんだ。

 考えてみれば、俺や宮野さんとお前とじゃ立場が違うもんな。

 悪かったな、もうお前には頼まないよ。宮野さんのことは、俺が何とかする。

 朝早くに押し掛けて悪かったな」


 俺は尻餅を付いた格好のまま、巫を見上げてそう言って部屋を後にした。

 途中で一度振り返ったが、巫が追いかけてくることはなかった。
















 そして俺は、また巫の家で迷った。











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