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漫画喫茶のシャワールーム

(おい、もう三時間経ってるぞ!)


 叶さんのその声で気がつくと、なるほど確かに予定の時間を大幅に越えていました。

 僕は慌てて太平洋戦争の真実とい名のフォルダのバツマークを押してパソコンをシャットダウンしました。


(それにしても、幽霊なのにパソコン使えるってのはどうなんだ?)

(何年か前の住人さんが極度の引きこもりでして、この手の機器の扱いは見て覚えたんです。

 ただ、たったの数年の間にパソコンも大きく進化しましたね。

 こんなに薄いので、別の機械かと思いましたよ)


 使い方がそれほど変わっていなかったのが幸いでした。

 おかげで調べたいことはかなりの数消化しました。


(でも、なんでまた太平洋戦争なんだ?)

(僕達幽霊は、前世の記憶を持っていないというのは前回お話ししましたよね。

 だから、未練を晴らして成仏するには、自分の前世を知る必要があるんです。

 残念なことに、僕は死んでから長い時間が経っています。

 73年前に死んだ僕のことを覚えてくれている人なんて、もうほとんど居ません。

 そこで、インターネットを活用してみようと想い至ったのです。

 太平洋戦争について調べていたのは、僕が死んですぐに開戦した戦争なので何か思い出すんじゃないかと思って見ていただけです)


 結果としては、自分がなにも覚えていない事を再確認するだけになりました。

 当時の写真などを探して見ていましたが、どれも初めてみるような光景ばかりでした。


(お疲れのところ、無理を言ってすいませんでした。今日は諦めて帰ります)


 一番大きなアテが外れたので脳内会話の声も弱いものになってしまいます。

 死んでから日の浅いビッツ君とは違い、僕には幽霊として残された時間がほんの僅かしか残されていないのです。

"幽霊が幽霊で居られる時間は、死んだときの残りの寿命と同じ"

 これは、幽霊としての常識です。

 僕が生きていたらいくつまで生きれたのか分かりませんが、100歳を越えるのは難しいと思います。90歳も怪しいものです。

 だとしたら、残された時間はほんの僅かしか無いように感じます。

 僕の心に焦りが広がっていました。

 その時です。

 突然叶さんが(ストップ)と言いました。


(どうしました?)


 僕は個室を後にして、受付の辺りまで来ていたので忘れ物をしたのかと思い引き返そうとしました。


(いや、そうじゃなくて。

 ちゃっと頼むからシャワールームがある方を向いて!)


 焦った叶さんの声に慌てて首を回すと、そこに一人の女性の後ろ姿がありました。

 背はそれほど高くありません。


(あの方がどうかしたんですか)


 叶さんのお知り合いなのかと思いましたが、何故か叶さんは黙ってしまいました。


(そんなはず無い、あれが宮野さんな訳ない)


 宮野さんが何か言ったような気がしましたが、僕には聞き取れませんでした。


 その日、叶さんは一言も話しませんでした。



♦♦♦♦♦



 トビーが抜けた体は、心地いい暖かさに包まれていた。

 俺は朝日が入り込んできた窓から目をそらすように寝返りをうった。

 疲れた体を布団が包む感触が心地いい。

 憑依の後の体の感覚は、運動をした後の開放感に少し似ていた。

 怠く体が重い疲労感の中にどこか清々しいようなスッキリしたようなそんな感じが満ちている。

 憑依されるのはまだ馴れないが、この感覚だけは体に馴染んできていた。


 幽霊に憑依される


 普通に生きていれば体験することのない、そんな不思議な経験もこれで五回目だ。

 憑依されるというのは、かなり気味が悪い。

 視覚も、聴覚も嗅覚も触覚も味覚も全て感じるのに、それらを操っているのは自分ではない。

 丹精込めて作り上げたゲームのキャラクターを他人に操作させる感覚を一万倍にしたようなもの、というのが一番しっくりくる。

 それを一番巧く使いこなせるのは自分なのに、他人のもどかしい操作を傍目から見ていることしかできないのは、かなりのストレスだった。

 そして今日、そのストレスを一番感じる出来事が起きた。

 それは当然、マンガパラダイスで見かけたあの後ろ姿についてだった。


「あれはどう見ても宮野さんだったよな」


 トビーが動かしていた俺の視界に映った映像を思い出す。

 この一年間、教室のみ反対側からそっと眺めていたあの背中と、それはとてもよく似ていた。

 いつも宮野さんの背中から感じ取れる、溢れんばかりの元気な様子はなかったが、その姿を俺が見間違うとは思えなかった。


「だったら、なんであんな場所に……」


 新年早々、マンガが読みたくなったのか?

 いや、宮野さんがマンガ好きだと聞いたことはない。

 たとえ、マンガを読むためにあの場にいたとしてもシャワールームに行っていたのは何故なんだ?

 ただマンガを読むためにやってきた客は、普通シャワーなど浴びないだろう。


 そう言えば、なんで宮野さんは巫女のアルバイトなんてしてたんだ?

 宮野さんの家庭は裕福なはずだ。

 弁護士である父親と、完璧主婦な母親は絵に描いたような"いい両親"だ。

 お金に不自由はしていないはずだ。少なくとも俺よりは。

 社会勉強の為にやっているのか?

 それなら一応納得はできる。でも、マンガパラダイスでの件は分からないままだ。


 俺は悶々とした思いを頭に抱えたまま眠りについた。

 夜になりビッツが俺を起こすまで、糸の切れた操り人形のように眠った。














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