何でも一度目は緊張します。
僕が生まれて初めて、と言うか死んで初めて憑依したのは、今から六日前のことです。
それは、叶さんが僕との契約を結んでくれた直後のことでした。
「今から叶さんに憑依させてもらっても良いですか?」
僕がそういうと、叶さんがあからさまに身構えた顔になりました。
流石に、僕のお願いは性急すぎたのかもしれません。
それでも、僕のような幽霊と契約を交わしてくれるほど親切な叶さんは、渋々ながらも「いいぞ」と言ってくれました。
本当に、叶さんは良いお方です。
その後は二度目と同様に僕が叶さんに憑依したのですが、その時一つのハプニングが起こりました。
本来なら僕が動かせるようになるはずの叶さんの体が何故かピクリとも動かなかったのです。
(おい、どうなってんだ?)
その時も叶さんの声が頭の奥から聞こえてきました。
その声は、今までにないくらい動揺しています。
(分かりません。本来ならこれで叶さんの体は僕が操れるようになるはずなんですが、何故か体が動かなくて)
後になって考えてみれば、それは当然のことだったのかもしれません。
僕は他の三人よりも遥かに長い時間幽霊として存在していました。
現世の時間にして七十年以上。
その歳月が僕の感覚を少しずつ変えていたのです。
(どうやら僕は長い間幽霊で居すぎたのかもしれません。
叶さんの実体のある体が重すぎて動けないようです)
(なんだよそれ。せっかく体貸してやってるのに、動けませんじゃなにも出来ないじゃないか)
(そうですね。仕方ありません、今日のところは叶さんの体に慣れるまでじっとしています)
少し残念でしたが、ホッとしたような気持ちにもなりました。
僕にとってもこれが初めての憑依だったので、若干の不安はあったのです。
(それにしても、これは一体どういう状況なんだ?
俺はてっきり、トビーが俺に憑依したら代わりに俺が幽霊みたいになるのかと思ってたんだが)
(それはありません。
肉体と魂が離れるのは、肉体が死んだときだけですから)
(ふぅん、幽霊っていうのも意外とルールがあるんだな)
(そうですね。
丁度良い機会ですし、今日のところは、幽霊について叶さんに知っていただきましょうか)
そんな会話の流れになって、僕と叶さんは脳内会話をしてその夜を過ごしました。
♦♦♦♦♦
(トビーが来たかったのってここか?)
体の自由は利かなくても、五感の感覚は共有している叶さんが脳の奥底でそう言いました。
叶さんも見ている僕の視界には眩しい電飾に彩られたマンガパラダイスという文字が光っていました。
僕は意を決してその中に足を踏み入れました。
(ってか、なんで漫画喫茶知ってんだよ!
トビーが死んだときにはこんな施設無かっただろ?死んでからはあの部屋に縛られてたんだしさ)
(あの、あんまり死んだ死んだ言わないで下さいよ。幽霊でも傷つくんですからね。
漫画喫茶を知っていたのは、テレビや雑誌などで見ていたからです。
叶さんが202号室にやってくるまでに20組以上の住人があの部屋に住んでいましたから、あの部屋からでなくてもそれなりに情報を得ることは出来たんですよ)
(なるほどな。そういえばこの前もそんのこと言ってたな。
確か、後の三人が死ぬ瞬間も見てたんだっけ?)
(はい、そうです。
あの部屋は、何故か自殺希望の住人が入れ替わり立ち替わりに入居してましたので、僕はこれまで十三人が自殺する所を見ています)
(そんなに?!なんで止めてやらなかったんだよ)
(そりゃ止めたかったですよ。でも、あの人達には僕の姿が見えていませんでしたからね)
マンガパラダイスに入った僕は、カウンターの前まで行って足を止めました。
(あの、そういえばお金は……)
恐る恐る訊ねると、少しの沈黙の後「一時間だけだぞ」という声がしました。
僕は、インターネットが使える個室を一つ頼み、見慣れない紙幣を支払いました。
(で、なんで漫画喫茶なんだ?
トビーの未練は漫画に関係しているのか?)
(いえ、それは分かりません。
なにせ、僕達幽霊に分かる自分個人の情報は、享年・命日・死因の三つだけですからね。
それだけを頼りに未練を探し出さないといけませんから)
因みに僕の享年は16歳命日は73年前の夏、死因は崖から飛び降りた際の脳挫傷です。
このことを一回の憑依の際叶さんに話すと、
(そんなに前からここで幽霊やってたんなら、ビッツとかリッシーとかキリーがどんな未練抱えて死んだのか分かるんじゃないのか?
どうして教えてあげないんだよ)
と言ってきました。
それはもっともな意見なんですが、僕達幽霊にも決まりというものはありまして、それはその決まりを破る事になってしまうのです。
後の三人もその事には理解を示してくれていて、自分達の過去を僕に問いただすようなことはしてきません。
(じゃあなんで漫画喫茶に来たんだよ)
(それはですね)
頭の中の叶さんの声に答えて僕は指定された個室に入りました。
そこには、初めて見るパソコンがありました。
(インターネットを使うためですよ)




