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自殺希望者専用住宅  作者: 沖田 了


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何事も二度目というのは気が楽だ。

 人間というのは身勝手なもので、自分自身に腹を立てることが出来る。

 こんな器用なことが出来る生き物は、人間を置いて他に居ないだろう。

 と言うことはつまり、自己嫌悪という概念は、正にそのまま人間という概念として取って変えることが出来るのだ。

 人間という生き物は己を憎み、同種を殺し、あまつさえ自らさえも殺そうとする。

 少し前の俺のように。

 あの時のことを思い出すと、どうしても生きることから逃げた自分の醜さを見ることになり胸の奥底がむず痒くなる。

 そしてその後に猛烈な自己嫌悪に襲われるのだった。

 はっきり言って、俺のやっていることは全て悪循環だった。俺は客観的にその事実を確認していた。

 なら何故そんな不毛なことを続けるのか?

 それは、俺が独りだったからだ。



♦♦♦♦♦♦



「一人なんかじゃないでしょ。

 僕達が居るんですから」


 その言葉と共にどこからともなく現れたのは、詰め襟の幽霊トビーだった。

 あれから約一週間が過ぎ、俺はもうこの程度の事では驚かなくなっていた。

 今俺は初詣の人混みを歩いた身体的疲労と巫の突然の提案による精神的疲労とで疲れ果てていた。

 だから、幽霊達との約束を忘れた振りをして早々に狸寝入りを決め込んでいたのだが、どうやら考えていたことが声に漏れていたらしい。


「叶さん、今日は二日ぶりの憑依の日ですよ。

 僕はこの前の憑依でほとんど何も出来ませんでしたからね、今回の憑依は楽しみにしてたんですよ」


 俺の気も知らないでトビーは嬉しそうに笑っている。

 こうして何度も会えば会うほど、生き生きとした表情を見せるトビーが幽霊だと言うことを疑いたくなってくる。

 だが、断じてトビーは幽霊なのだ。

 他の三人、ビッツ、リッシー、キリーの三人も一人残らず幽霊なのだ。

 俺はその事実を去年最後の一週間で嫌と言うほど味わっていた。


「なあトビー、やっぱり今日の憑依を休む訳には行かないのか?

 流石に、今日は疲れてるんだよ」

「それなら心配要りません。僕の今日の目的はそれほど体力を使うものではありませんし」

「いや、でもさ今日は正月だからたとえ夜でも人は多いぞ」

「それが何か?」

「……」


 どうやら、俺の言い訳ではトビーを言いくるめることは出来そうにない。

 なにせ、トビーは見た目こそ中学生だがその精神年齢と言うか魂年齢は俺のダブルスコアを優に越えているのだから。


「分かっていただけたようで何よりです。

 それじゃあ今晩叶さんのお体を貸していただきます。準備をお願いします」


 準備。とトビーは言ったが、憑依される側の俺が準備することは一つもない。

 ただ、トビーが憑依し易いようにじっとしていればよかった。

 今は丁度布団の中に潜り込んでいたので、初めてのときのように身を堅くしてトビーが入ってくるのを待ちかまえる必要はなかった。

 流石に四人の幽霊に憑依されれば体は無意識のうちに慣れてしまうのだ。

 俺は暖かいカビ臭さの和らいだ布団の中で、あの独特な体の中に冷気が流れ込んでくる感覚を待ちかまえた。


「それじゃあ、行きますよ」


 トビーはそう言うと両手の親指と人差し指で三角を作り、それを横になっていた俺の額に押し付けた。

 その瞬間、一瞬目の前が青白い光に包まれ体中の毛穴から冷気が流れ込んでくる感覚がした。

 その時にはもう、俺の体はトビーのものになっていた。



♦♦♦♦♦



 僕は六日ぶりの実体のあるからだの感触を確かめ、ゆっくりと立ち上がりました。

 叶さんの体は僕のものよりも大きいので、立ち上がるといつもより数センチ高い視界に少し戸惑います。

 それでも、前回ほどの違和感はありませんでした。

 このぶんだと、今回は外出も出来そうです。


(叶さんこのまま外へ出ても良いですか?)


 僕は心の中でそう呟きます。


(駄目だと言っても今俺の体はおまえの自由だからな。好きにしてくれ)


 耳ではなく、頭の奥底からふてくされたような声が響いてきました。

 この声の主こそ、この体の本来の所有者でりこの天獄荘202号室の現在の住人、夢無叶さんです。

 叶さんが承諾してくれたので、僕は叶さんがいつも着ているアウターを着て外へ出ました。

 ビューと冷たい風が頬を撫でていきます。

 耳の端が冷たさで痛くなり、体が自然と縮こまりました。

 僕はそのとても懐かしい感覚に、感動を覚えました。


(おい!なに泣いてんだよ)


 頭の奥から聞こえてきた声にハッとして目をこすると指が暖かい涙で濡れていました。


(仕方ないですよ。なにせ外に出るのは73年ぶりなんですから)

(そう言えば、そうだったな。

 それにしても70年以上も幽霊やるって言うのはどんな感覚なんだ?

 一度目の時の話だとその辺がいまいちよくわからなかったんだよな)

(そうですね、一言で言い表すには長すぎる時間なのですが、強いて言うならば無ですかね?)

(無?なにもないって事か?)

(はいそう言うことです。実際、僕は死んですぐに幽霊として現世に戻ってきたわけですが、先日叶さんに会うまでは存在さえ危うい不確かな存在でしかなかったのです)

(でも、話し相手とかなら居たんだろ?

 この前キリーが、トビーが私達をまとめてくれた、みたいなことを言ってたぞ)

(それは、まあそうなんですけど。

 ただ、幽霊同士がお互いを認識するのと、生きている人間が幽霊を認識するのとでは、僕達の存在の仕方が少し違うんですよね)


 僕は頭の中の声にそう答えました。

 ですが、実際のところ僕は自分の存在を正確に把握してはいないので、叶さんが満足する説明をすることは出来ませんでした。

 約一週間前に、初めて僕が憑依させていただいたときも叶さんには僕の知っている限りのことを伝えました。

 そのときも、僕は叶さんの知りたいことの全てを話すことは出来ませんでした。













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