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新年初日から神様に頼るなんて、人間は図々しい。

「で、どーいうことなんだよ」


 俺は賽銭箱の前に出来た長い行列に並んでいた。当然、横には正月モードの巫が何くわぬ顔で立っている。

 健一はあの後すぐに帰ったのでここに姿はない。


「そんなの決まってるじゃない。

 この私が一年の初めのこの日に、あなたみたいな冴えない男と初詣に来ているなんて思われたくないからよ」

「思われるもなにも、それが事実だろ」

「違うわ、断じて違うわ。

 有り得ない。もし私があなたと初詣に行っていたなんて噂が学校に広まったら、私不登校になってしまうわ。

 あなたと一緒にいたと思われるくらいなら、家が段ボールだと思われた方がマシだわ」


 相変わらず、巫が俺のことをけなしてきた。

 だが、心なしかその攻撃性というか、キレが弱まった気がする。

 もしかしたら、さっきの健一の登場が巫に何かしらの動揺を与えたのかもしれない。もしそうなら、俺にとってこの上ない喜びだ。

 俺は巫の弱体化を確かめるために話題を変えた。


「しかしまあ、よく考えたらお賽銭ってすごい行為だよな」

「あなたが生きて息をしていることよりもすごいことがこの世にあるって言うの?」


 巫は元気です……。


「一杯あるよ、山ほどあるって。

 その一つがお賽銭だよ」

「どうせあなたのことだから。『お金をゴミみたいにポイポイポイポイ放り投げるのってよく考えたらすごいことだよなあ』とか言うんでしょ?

 そんなのよく考えなくても異常なことよ」


 列が進んだので一歩前にでる。


「いや、それもあるけどそれじゃないんだよ。

 お詣りってさほとんどの場合、お賽銭入れてお願いして、おみくじ引いてお守り買うだろ?」

「ええそうね。それがどうしたって言うの?

 いたって普通の、いえ、むしろ当たり前と言っていいほどの事よ」

「そう当たり前なんだよ。当たり前なんだけど、おかしいんだよ。

 考えてもみろよ、これだけ大勢いる参拝客の中に本気で神様を信じている奴が何人いる?

 そんな、頭がお花畑な奴数人居るか居ないかだろ?

 後の大多数は神様なんてこれっぽっちも信じちゃ居ないはずだ。

 それなのに、毎年こうやって何かの義務みたいに、この寒い中気分が悪くなるような人混みの中に出かけてくるのは何でだ?」


 半分は愚痴だが、もう半分は純粋な疑問だった。

 去年まで家族と初詣に来たときはなんとも考えなかったが、一人になって(実際は隣に巫がいるが、精神的には一人だ)改めて辺りの風景を見渡しているとそんな疑問が出てきたのだ。


「ましてや、お金を払って紙切れ買ったり、硬貨を放り投げたり、毎年新しい御守りに買い換えたりなんていう無駄なことどうしてめんどくさがらずに出来るんだ?」


 疑問系で訊ねたが、俺は別に巫に答えを期待しているわけではなかった。

 ただ俺の中に引っかかった魚の小骨を巫にも分けてやろうという、ささやかな抵抗心と対抗心によるものだった。

 だが、俺の予想とは反して、巫が俺の問いに答えた。


「そんなの決まってるわ。みんなコスプレをしてるのよ」

「コスプレ?」


 いきなり巫の口から飛び出した言葉に、俺は首を傾げた。

 さっきの質問から、何故コスプレという答えが返ってきたのか理解できなかったからだ。


「あなたの貧弱で脆弱な脳でも理解できるように説明してあげるわ。

 宗教信仰の薄いこの国で、こんなに初詣に出かけて来る人がいる理由は一つよ。

 ココにいる人はみんな、初詣客という衣装に着飾ったコスプレイヤーなの」


 巫の説明を聞いても一向に理解できないのは、俺の脳みそが少ないせいだろうか?

 俺でなくとも、今の説明で巫の言おうとしていることを理解できる人間はそういないだろう。


「別に初詣だけじゃないわよ。

 日本にあるおおよそ全ての行事は、コスプレと同じようなものだと言えるわ」


 列がまた進んだので、俺達は少し前に進んだ。


「確かにあなたの言ったとおり、ココにいるほとんどの人間は神様を信じてないでしょうね。でも、その存在を認めているかのような行動をとる事があるわ。

 さっきのあなたみたいにね」


 巫にそう言われて俺は思い出した。

 ついさっき、俺が段差のない場所で転ける少し前、俺が巫に言った言葉を。


「確かに言われてみればそうだな。

 でも、それが何でコスプレになるんだよ」

「コスプレも初詣も、いつもとは違う別の自分になるというところで同じなの。

 コスプレは行為そのものが日常からの解放と言っても良いわ。

 初詣も非日常的な状態に身を置くという意味ではコスプレと同じなのよ」


 巫がそう言い終わったちょうどそのとき、俺たちは賽銭箱の前にたどり着いた。

 目の前には三本の太い縄がぶら下がっている。

 俺は右ポケットに入っていた財布から五円玉を取り出すと賽銭箱に放り投げた。

 僕の手から離れた五円玉は、賽銭箱の上付いている木の格子に二回当たって下に落ちた。

 確かに、この行為に違和感はない。

 俺は落ちて行った五円玉から目を離すと、目の前の太い縄を手に取り大きく揺らした。

 縄の付け根についた大きな鈴が年季の入った音を出してぶつかった。


「さ、やっと当初の目的を果たせるわ。

 あなたはこの非日常的空間の中で信じても居ない神様に何を望むのかしら?

 本来は生きているはずの無かったこの時間をのうのうと生きているあなたは、未来に何を望むのかしら?」


 巫は期待顔でそう言った。

 本来は俺が何を望もうが俺の自由なのだが、今は状況が違う。

 俺は巫に観察されている対象なのだ。

 巫が一度死を覚悟しながらもこうして生きている俺を観察する。

 その奇妙な約束の上に成り立っているのが今の俺の生活だった。

 だから、このように神様へのプライベートなお願いでさえプライバシーが保護されないのは仕方のないことだった。

 とは言っても、願いは口に出すと叶わなくなると聞いたことがある。

 だから俺は、本当の願いとは違うことを巫に告げた。

 そんな罰当たりなことを神様の前でして良いのかとも思ったが、神様がここにはいない(・・・・・・・)事を知っている俺にとっては何ともないことだった。

 神様は現世には居らず、霊界にいる。その事を教えてくれたのは詰め襟の少年幽霊のトビーだ。

 だから、俺がここで何を祈ろうと本当は誰にも届かない。

 だって、この無駄に古めかしい建物に神様は居ないのだから。

 だけど、俺も純粋な日本人の一人だ。

 さっき巫が言ったとおり、信仰心がなくとも元旦の初詣という非日常的空間の力の前には無力だった。

 俺は目の前に手を合わせると目を瞑った。

 そして、信じてもいないし居もしない神様にこう願った。



(どうか、あの四人が一刻も早く成仏できますように)











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