幽霊は俺にお願いをしてきた。
「僕達はあなたがここへ来る前にこの部屋に住んでいました。
そして、四人ともそれぞれのやむを得ない状況により自ら命を絶ちました」
あの日、俺が天獄荘で初めて迎えた夜、四人の幽霊のリーダーである詰め襟少年幽霊のトビーがそう言った。
「僕達のような死んでしまった魂は、肉体から切り離され霊界へと送られ、次に現世に生を受ける瞬間を待ちます。それが普通です。
ですが、その魂の行く末を決めるルールにも例外があります。
それが、僕達のような未練をもった魂についてです。
僕達は前世に大きな悔いを持ったまま自ら命を絶ちました。これは、本来輪廻転生の輪から外れるような大罪です。
ですが、昨今の人口爆発により、霊界の魂は著しく減少しているため、安易に貴重な魂を輪廻転生の輪から外すことは出来ません。
そこで、霊界を取り仕切る神様"大霊神"によって幽霊現世帰還の令が発せられました。これが産業革命とほぼ同時期のことです。
この幽霊現世帰還の令の適応事例として、僕四人は前世で住んでいたこの部屋の地縛霊として霊界からやってきたのです」
「何を言っているのかさっぱり分かりません」
目の前に座るトビーに、俺は率直な意見を述べた。
現在俺は、四人の幽霊と同じこたつに座っていた。
正面がトビー、右にチンピラアロハのビッツ、左にバスタオル一枚のキリーとその膝に座った歩いて喋る赤ん坊のリッシーが座っている。
こんな名前で呼ばれているが四人とも日本人だ。少なくとも見た目は。
「確かに、生きている人には信じられないような事かもしれませんが、これは事実です」
トビーは鋭い視線で俺を見つめてそう言った。
見た目は幼い中学生なのだが、その風格は何十年も生きたような威圧感を含んでいた。
「分かった、取りあえずそれを認めるとしよう。
で、俺はどうしたらいいんだ?」
トビーの威圧感に押された俺は、本題を切り出した。
トビーはさっき、俺にお願いをしてきていた。
それは、自分達を成仏させてほしいというものだった。
「残念だけど、俺は祈祷師でも陰陽師でもないから、未練を持った地縛霊なんていうのを成仏させる力はないぞ」
「そんなん一目みりゃ分かるわ」
俺から見て右側に座っているビッツが苛立ったような声でそう言った。
トビーはビッツをなだめると、それでも大丈夫です、と言った。
「僕達が望むのは、あなた……。
えっと名前をまだ伺っていませんでしたね」
「俺の名前は叶だ」
「そうでしたか。では改めて。
叶さん、僕達が望むのは叶さんの体です」
トビーは俺の目を見据えてそう言った。
俺の体を望むと、ハッキリと言った。
「いや、ヤラシー」
キリーが意地悪な笑顔で茶々を入れる。
「ちょっと、キリーさん。そんな言い方したら誤解されるじゃないですか。
叶さん、違いますからね!今叶さんが心配しているようなことを望んでいるわけじゃないですからね」
トビーは顔を真っ赤にして全力で首を振った。
そのトビーを見て、ビッツとキリーがさらに笑う。
どうでもいいから早く話を進めてほしい。
「体を望むっていうのは、ほんと変な意味じゃなくてですね、ただ叶さんの体を僕たちに貸していただきたいということなんです」
「貸すって、どういう意味だよ。
俺の体は俺の物だぞ」
「えっと、ですから分かりやすく説明しますと、僕達に憑依させて欲しいんです。
叶さんの体に僕達が憑依して、叶さんの体を操ることで僕達の未練を探し出したいんです」
♦♦♦♦♦
四人の幽霊との会話は、巫の乱入によって中断された。
幽霊達は、巫と黒岩さんが階段を昇る音を聞くと、霧が晴れるかのようにすっと消えてしまった。
まるで、始めからそこには何も言なかったかのように、跡形もなく消えたのだった。
まるでそれが、俺が見ていた夢であるかのように。
巫が俺の部屋を後にした後、幽霊達が戻ってくることはなかった。
俺は靄がかかったようにスッキリしない頭を抱えながら巫が持ってきた俺の鞄の中身を漁った。
衣類と少しのお金、今となっては何で買ったのか分からないお土産の数々、それと携帯電話。
今後の生活に使えそうな物だけを取り出して、それらをこたつの上に並べた。旅行鞄は部屋の角に押しやる。
並べて見ると、俺の現在の所持品の余りの少なさに軽いめまいを覚えた。
俺は力の出ない体を引きずって隣の部屋へ行くと、そのまま布団へ倒れ込んだ。
そして、ついさっき起きた出来事を考えた。
あの幽霊達は本物なのだろうか。
今夜のことは、現実だったんだろうか。
もしそうなら、あの幽霊達のお願いはどういう意味なのだろうか。
憑依するとはどういうことなんだ。
どうしてこんなに厄介事が舞い込んでくるんだ。
俺はどうしたらいいんだろう。
自分の置かれている状況が分からず、苛立ちと不安ばかりが募っていく。
そのうち、もしかして俺はあの時自殺に成功していて今の俺はもう幽霊なんじゃないのか?などという妄想に捕らわれだした。
極度の心労は、人の精神を簡単に壊すのだ。
そんな壊れた心で、俺はあの四人と自分の姿を重ね合わせていた。
もし巫に合わなかったら、俺もあの四人のやうに死んでもなおこの世界に魂をとらわれてたかもしれない。
そう思うと、何故か胸が苦しくなって、目から涙が溢れ出た。
俺は痛む胸を庇うように、布団の上で丸くなった。




