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ちくわの墓参り

作者: をはち
掲載日:2026/07/26

ちくわが導く、時を越えた恋と命の記憶。


西宮大河、20歳、浪人生。


金髪に真っ赤なアロハシャツ、真っ赤な自転車が俺のトレードマークだ。


だが、正直に言えば、それ以外に誇れるものはない。


三流大学すら落ちる落ちこぼれ。


個性といえば、バカさ加減とこの派手な見た目くらいだ。


それでも、家族はそんな俺にやさしく、まるで出来の悪い子犬を愛でるように接してくれる。


9月15日。


終戦からちょうど一ヶ月後のこの日、うちでは決まってちくわを食べる。


なぜそんな習慣ができたのか、誰も詳しくは知らない。


ただ、ひいばあちゃんがこの日に必ずちくわを食べていたという。


それが我が家の不思議な伝統だ。


今日も、ばあちゃんはタッパーにちくわをぎゅうぎゅうに詰め込み、


「大河、ひいばあちゃんの墓にこれをお供えしてきな」と俺に渡した。


タッパーの重みが、妙に現実感を帯びていた。


「行ってきます」と一言、ばあちゃんの顔を見ずに呟き、俺は自転車にまたがった。


ペダルを踏み込んだ瞬間、風が頬を撫で、いつもの町並みが視界を流れ始めた。


なのに、どこかで違和感が疼いた。


空気が重い。音が遠い。


次の瞬間、俺の目の前に広がっていたのは、見知らぬ風景だった。


そこは荒野だった。


開け放たれた、色のない世界。


白黒ではないが、色彩が抜け落ちたような、くすんだ灰色の平原がどこまでも続く。


道路とも呼べない土の道が一本、果てしなく伸びている。


遠くにまばらに家が点在していたが、その屋根は異様に傾き、今にも崩れ落ちそうだった。


木々は不自然にねじれ、まるで生き物の骨のように空を刺していた。


「ここ、どこだよ…?」


呟きながらペダルをこぐ。


時折すれ違う人々は、皆、奇妙な服をまとっていた。


古めかしい着物や、時代錯誤な服装。


俺の金髪とアロハシャツをちらりと見ると、怯えたように足早に去っていく。


まるで俺が異物であるかのように――


しばらく進むと、道端の木陰で女がうずくまっていた。


青白い顔で、額に手を当てて苦しそうにしている。


俺は自転車を止め、声をかけた。


「どうしました? 大丈夫ですか?」


女はゆっくり顔を上げ、俺をじっと見つめた。


その瞳は、まるで俺の奥底を覗き込むようだった。


「日本語、お上手ですね」と、彼女は唐突に言った。


冗談のつもりらしいが、どこか不気味な響きがあった。


「ハハ、俺、日本人っすよ。名前は大河。タイガって呼んでくれてもいいっす」


軽いノリで返したが、女はくすりと笑い、


「私はとら」と名乗った。


とら。変わった名前だ。


どこかで聞いたような気もしたが、思い出せなかった。


彼女は目眩がして休んでいたのだと言う。


遠慮する彼女を説得し、俺は自転車の後ろに彼女を乗せた。


彼女の家までの道すがら、妙な既視感が胸を締め付けた。


彼女の家は古びた写真館だった。


看板には「中田写真館」と書かれている。


どこか懐かしい匂いがした。


家に通されると、とらの家族は俺を外国人だと決めつけた。


「タイガーさん」と呼ばれ、米兵扱いされているらしい。


出されたお茶とふかし芋をありがたく頂きながら、俺はひいばあちゃんへのお供えのちくわを取り出した。


タッパーを開けた瞬間、家族全員が息をのんだ。


「さ、さすが米兵さん! こんな立派なちくわ、初めて見ました!」


とらの父が興奮気味に叫んだ。


立派なちくわ? ただのちくわなのに? だが、家族は目を輝かせ、ちくわにかぶりついた。


その様子は、まるで飢えた獣のようだった。


そして、彼らは写真を撮ろうと言い出した。


店の写真機の前に俺ととら、そして家族がぎこちなく並んだ。


小さな金属皿に白い粉が盛られ、火をつけると、「パチッ」という音とともに、


白熱の閃光が室内を焼き尽くすように走った。 一瞬、空気が止まり、俺の瞳に光が焼き付いた。


その光は、フィルムに刻まれると同時に、俺の心にも何かを焼き付けた。


その瞬間、背筋に冷たいものが走った。


なぜか、この写真がとてつもなく重要なものに思えた。


家族は俺に泊まるよう勧めたが、なぜか急に胸騒ぎがした。


「いや、そろそろ帰ります」と断り、俺は自転車にまたがった。


家の前の通りで振り返ると、とらが小さく手を振っていた。


「ここ、どこなんですか?」と、ようやく尋ねた。


「中田町要害よ」と、彼女は静かに答えた。


その言葉が耳に滑り込んだ瞬間、ペダルを踏む足に力がこもった。


次の瞬間、視界が揺れ、目の前には見慣れた我が家の玄関が広がっていた。


「え、なに、今の…?」


呆然と呟きながら自転車を降りると、ちょうど両親が帰宅してきた。


興奮気味に今しがたの出来事を話したが、父は笑い、母は呆れたように言った。


「お前、受験やめて小説家にでもなる気か?」


冗談だと流されたが、胸のざわめきは収まらない。


台所に行くと、ばあちゃんがにこにこしながら「長旅ご苦労さん」と言った。


その言葉に違和感を覚え、俺は思わず尋ねた。


「ばあちゃん、さっきの話…何か知ってる?」


「要害さ、行ってきたんだろ。」そう言って、


ばあちゃんは黙って古いアルバムを取り出し、一枚の白黒写真を差し出した。


そこには、さっき撮ったばかりの写真があった。


とら、俺、そして彼女の家族。


色褪せた白黒の写真なのに、記憶の中の鮮やかな情景が蘇る。


「ひいばあちゃんの名前、確かとらだったよね?」


俺の声は震えていた。


ばあちゃんは静かに頷いた。


「この外人さん、タイガーって名前の米兵に、ひいばあちゃんは一目惚れしたのよ。


英語を勉強して、翻訳家になった。タイガーを探し続けたけど、見つけられなくてね。


代わりに、アメリカ人のひいじいちゃんと結婚したの」


ばあちゃんの言葉が、頭の中でぐるぐると渦を巻いた。


つまり、俺が今日、あの場所に行かなければ…俺は生まれていなかった?


その夜、寝床で目を閉じても、ちくわの匂いと、シャッター音が頭から離れなかった。


あの荒野の町、中田町要害。


俺は本当にそこに行ったのか。


それとも、ひいばあちゃんの記憶が、俺を過去に引きずり込んだのか。


自転車のベルが、夜の静寂の中でかすかに鳴った気がした。

9月15日――終戦から一ヶ月後のこの日、我が家では「ちくわ」を食べるという奇妙な習慣がある。


その日、大河は祖母に渡されたタッパーいっぱいのちくわを持って、ひいばあちゃんの墓参りへと向かう。


ちくわが導く、時を越えた恋と命の記憶。 過去と現在が交錯する、切なくも温かい幻想譚。

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