第三十二話 これからも、あなたと
じんわりとした熱が、ゆっくりと身体に行き渡っていく。
凍えていた指先に少しずつ感覚が戻り、凝り固まっていた身体から力が抜けていく。
まるで、温かな湯の中をたゆたっているようだった。
頬に触れる感触がくすぐったくて、アミティーはクスッと笑みをこぼした。
「……ミティー」
吐息を含んだ低い声が耳元を掠め、アミティーはゆっくりと目を開けた。
視界いっぱいに飛び込んでくる金色の瞳。
胸が懐かしさに甘く痛んだ。
アミティーはしばらく何も言わずにじっとその瞳を見つめていたが、そこにわずかな陰りを見つけると、思わず彼の頬へ手を伸ばし、衝動のままその唇に噛み付いた。
金色の瞳が、驚きに見開かれる。
その瞬間、リューシャから懐かしくも温かい神力が流れ込んできた。
アミティーもお返しとばかりに神力を送り返す。
互いの力を混ぜ合わせていく。
それは癒しであり、循環だった。
昔から変わらない、二人だけの特別な時間。
「ミティー、ああ、ミティー」
息が止まるほど強く抱き合いながら、再び熱に浮かされたように口づけを交わした。
「ごめん、ごめんね。すぐに見つけてあげられなくて」
アミティーが驚いて顔を上げると、リューシャの瞳から、涙が次々とこぼれ落ちていた。
「ルー……」
「ごめんね」
「うん、うん。寂しかった、つらかった……」
アミティーは笑おうとして失敗すると、俯いて唇を噛んだ。
「これからは一人じゃない。つらいときは言って」
リューシャはアミティーの顎をそっと持ち上げると、優しい口付けを繰り返し、抱き寄せて何度も背中を撫でた。
アミティーは声を上げて泣いた。
しばらくして、泣き疲れたアミティーは、リューシャにぴったりと身を寄せて眠った。
彼の顎の下に頭を収め、胸元に頬を寄せている。
昔から、ここが彼女の定位置だった。
いつの間にか、灰青だった彼女の髪が、本来の美しい青に戻っていた。
リューシャは彼女の髪に指を通し、懐かしい感触を確かめるように何度も撫でた。
次第に目頭が熱くなり、片手で目元を覆った。
指の隙間から、とめどなく涙が流れ落ちる。
——ああ、本当にこの手に戻ってきたのだ。
この日を境に、世界は少しずつ本来の姿を取り戻していった。
リューシャの神力が満ち、再び加護が世界を巡り始める。
荒れていた海が穏やかになり、長雨の土地に陽が差し始める。
干上がっていた土地に恵みの雨が降った。
人々は久しぶりに青空を見上げ、涙を流して祈りを捧げた。
ただし、エルディア王国の王都だけは例外だった。
一度剥がされた祝福が、再び与えられることはなかった。
「ねえ、ルー、聞いてる?」
「勿論」
庭先で、クッキー片手に頬を膨らますアミティーに向かって、リューシャは頷いた。
「本当に?」
「昨日見かけた子猫が可愛かったのだろう?」
「そう!」
満面の笑みを浮かべて頷くアミティーの顔を、リューシャは満足気に見つめた。
吹いてきた風がアミティーの髪を揺らし、光に透けて輝いている。
こんな何げないひとときが、たまらなく愛おしい。
リューシャの胸が甘く痛んだ。
「ミティー、愛してるよ。これからもずっと一緒だ」
リューシャはアミティーの手に自分の手をそっと重ねると、親指でゆっくりと甲を撫でる。
アミティーは、驚いたように目を見開くと、頬を朱に染めて僅かに目を伏せた。
「……私も、ずっと一緒にいたい」
小さな声だったが、確実にリューシャの耳へと届く。
リューシャは思わず立ち上がって、アミティーをそっと抱き寄せた。
「嬉しいよ。ミティー」
絶対に離さない。
離すものか。
だがアミティーは、そんなリューシャの胸の内など知る由もなかった。
彼女の背後でいつも通り控えているミケだけが、リューシャの笑顔に恐怖し、イカ耳になっていた。




