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第一話 アミティーの日常

 「アミティー・フォール子爵令嬢! 貴様! カーサー殿下の婚約者候補として、自覚があるのかぁぁ!」


 突然の怒号に、ホールが静まり返る。

 視線が一斉にアミティーへ集まった。



 アミティーはズレた眼鏡を押し上げ、小さく息を吐いて振り返る。


 そこには騎士団長嫡男ケインが鬼の形相で立っていた。

 第一王子カーサーの隣で、いつも偉そうにしている男だ。



 だがこの距離で、その声量は必要だろうか。

 アミティーの耳奥がキン、と鳴る。


 もはや、騒音と言っても差し支えない。

 一声発するたび、彼の燕尾服の前ボタンが今にも弾け飛びそうだった。



「しかも、遅刻ですよね?」


 続いて現れたのは、大司教の息子であるライルだった。

 彼もケインと同様、カーサーの側近候補の一人だ。

 眼鏡をクイッと押し上げ、ケインの横に並び立つ。



 アミティーは、二人に向かって条件反射のように頭を下げた。

 反論しても、どうせ誰も聞かない。


「……申し訳ございません。生徒会の仕事が終わらず、遅れてしまいました」


 その言葉を聞いたライルは、やれやれと首を左右に振った。



「あんな、誰にでもできる仕事で遅刻とは……」


 ――その“誰にでもできる仕事”を、押し付けたのは誰だったか。

 アミティーは内心舌打ちする。


 だがこうなると、しばらくこの状態が続く。

 それを理解していた彼女は、頭を下げたまま、足元の絨毯の模様をぼうっと数え始めた。



 ふと頭上の二人が静かになる。

 アミティーはそろそろ終わりだろうか、とチラリと視線を上げた。

 すると——



「まあまあ、そのくらいで」

 今度は、第一王子カーサー本人が現れた。


 明るい金髪と緑の瞳。

 王子然とした麗しい姿に、周囲から黄色い歓声が飛び交う。



「せっかくのパーティーが台無しになるよ。これ以上、アミティーを責めないであげて」

 カーサーは穏やかな声でケインとライルを窘めた。

 注意された二人は、渋々後ろに下がる。


「ほらアミティー。顔を上げて」

 カーサーに促されるままにアミティーが顔を上げると、彼の隣には、燃えるような赤髪の令嬢が寄り添っていた。


 シルビア・ウィンター。

 婚約者候補の中でも、最有力と噂される侯爵令嬢だ。

 爪の先まで磨き上げられた彼女は、カーサーの瞳と同じ緑のドレスを纏っていた。

 一方アミティーは、装飾品ひとつ着けていない制服姿だった。



「まあ、アミティー様ったら」

 シルビアは、美しく整えられた眉を切なげに下げてアミティーを見る。



「お顔の色が優れませんわ。休まれてはいかが?」

「ああ、シルビア。君は、美しいうえに本当に優しいんだね」


 カーサーに褒められたシルビアは、ほんのり頬を染めてにっこりと笑う。

 そんな彼女の腰に、カーサーは自然な仕草で手を回した。



「まあ、カーサー様ったら。アミティー様はカーサー様の大切な婚約者候補ですもの。上位の者が、下位の者を気にかけてあげませんと、ね」


 シルビアは、好意を隠そうともせずにカーサーを見つめた。

 カーサーもそれを受けて、満更でもなさそうに微笑む。



「さすがシルビア様!」

「やはり殿下にふさわしい御方だ」


 ケインとライルから称賛の声が飛ぶと、周囲の生徒たちもそれに続く。

 そんな様子を、アミティーはぼんやりと眺めていた。

 ケインは、そんなアミティーを、気に食わないとばかりに睨む。



「アミティー嬢。君が注意されているのだぞ。しっかり聞きたまえ! 殿下! こいつには一度、しっかりと言いきかせねばなりませんよ!!」


 ケインの言葉にカーサーは困ったように眉を下げて頷くと、アミティーに視線を向けた。


「そうだね、アミティー。皆もそう言っている。——私の隣に立つつもりなら」

 一拍置いて、カーサーは穏やかに続けた。


「もっと、努力しないといけないよ」


 責めるでもなく、庇うでもない。

 至極当然のことのように、諭す口調だった。


「……申し訳ございません」

 アミティーは、再び頭を下げた。


「うん、わかってくれればいいんだよ。頑張って」


 カーサーは満足げに頷くと、シルビアをエスコートして去っていった。

 後ろには、ケインとライルが続く。

 去り際、しっかりとアミティーを睨むことも忘れない。



 背後で、小さな笑い声がいくつも起こる。


 アミティーは頭を下げたまま器用にすすすっと後ずさると、ホールの隅へと移動して気配を消した。


 案の定、誰も彼女に近づこうとはしなかった。

 それでも、わざと聞こえる声量で会話を始めた。



「あれほど毎日注意されているのに……」

「やはりカーサー殿下には、相応しくありませんわね」

「シルビア様の方が、ずっと――」



 アミティーは欠伸をかみ殺した。

 とにかく、眠い。

 頭の中は、自室のベッドに倒れ込むことでいっぱいだった。

 何なら立ったまま眠れる。

 アミティーは、寝ようと思えばいつでもどこでもどんな体勢でも寝ることができた。



「仮眠……あり、かも」


 アミティーの眼鏡が、きらんと光る。

 このパーティーは、まだまだ続く。

 先ほど、シルビアが休めと言ってくれた。言質は取った。



「寝よう」


 アミティーはニヤリと笑みを浮かべると、いそいそとホールの端、分厚いカーテンの陰に身を隠そうとした。

 そのとき——


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