1 志望動機: 転職の資金稼ぎ
薬師見習いとしてジキータの街で働いていたフレデリカは、困っていた。
今の師匠ジョージは巷で言うところの「いい人」で、体調を崩した人が泣きついて来ると誰にでも薬を渡し、お金がなければツケ払いにすることも多い。それを知っていて初めから支払う気もなくやって来る常連も多く、店は薬を作れば作るほど赤字だった。
清貧などと言えば聞こえはいいが、人に強く出ることができず、なあなあで済ます性分で、その負担は当然弟子に巡って来る。
ここに来てから高級レア素材を使った調合など夢のまた夢。一般的な薬草を買う金にも困り、昼間は畑を耕し、野山に素材を採りに行くのが仕事の大半を占めていた。フレデリカが薬を作れるのは休みの日くらい。自分が作る時は少ない素材でできるだけ効き目が良くなるよう工夫しているが、師匠は毎回お決まり通りに素材を使い、なくなれば
「あれが足りんぞ」
と言えば弟子が補充すると思っている。
近所の住人が師匠に世話になっているからと食事を持ってきてくれたり、洗濯を引き受けてくれたりしている。とてもありがたいことだが、半無償が標準の師匠は人からの無償の援助を当たり前に受けるところがある。薬代が真っ当に入ればきちんと人を雇って頼めることなのだが、改善しようという気持ちはなさそうだ。フレデリカの給料もないに等しい。住むところは提供してもらっているが、自由に使って良いと言われたのは荒れ果てた小屋。それを住めるようにしたフレデリカの努力など目に入ってはいないだろう。
よそ者に門戸を開く薬師はみな難あり物件。弟子が長く続かないのも納得だが、先立つものがなければ他に引っ越すこともできない。
数日休んでアルバイトでもするか。
そう思い立ったフレデリカは、ダメもとで師匠に伺いを立てた
「師匠、少し休みをいただきたいのですが」
「休み? おお、いいぞ」
日程も何をするかも聞かずに許可を出す師匠。そもそも師匠は弟子であるフレデリカの名前を覚えているかさえも怪しく、このままいなくなっても気にも留めないかもしれない。
ともあれ許可はもらったので、早速ギルドに行って短期の仕事がないか探してみた。
この街の仕事は賃金が安く、遠い所は旅費込みで割が悪い。いまいち決め手がなく、うーんと唸っていると、背後でギルド員スティーブンが周りに呼びかける声がした。
「急ぎの仕事だ。誰か魔法陣を書き写せる人はいないか?」
魔法陣? 書き写す? 書くのではなく?
フレデリカは振り返り、手を挙げた。
「おまえが?」
スティーブンの後ろにいた男は、薄汚れたローブを着たフレデリカを見て眉をひそめた。
控えめな色合いで平民を装ったところで厚手のつややかな布地、彫刻の入った貝のボタン、カフスの青い石はサファイアだろう。どこぞの金持ちらしいことは察せられた。切れ長の目は鋭くやや威圧的だが、黙っていればダンディなおじさまと評されそうな中年男。あれが依頼主か。
「…ジョージん所の薬師見習いじゃないか。おまえ、本当に魔法陣なんか書けるのか?」
依頼主だけでなくスティーブンも疑い顔だ。しかしフレデリカに言わせれば、あの師匠を自分に紹介してきたスティーブンの方がよっぽど信用ならない。
「書き写すんですよね? それならやったことあります」
魔法陣なら自作だってお手のものだが、あえてレベルを下げて自己申告した。疑い100%の目でフレデリカを見ていた依頼主は、内ポケットから紙を取り出し、
「これを書いてみろ」
と言ってスティーブンに渡した。スティーブンは紙とペンを用意し、フレデリカに男の持っていた紙を手渡した。下々の者とは直接やりとりしない。相手は貴族のようだ。
紙に書かれていたのは小さな魔法陣。簡単な火の守護が描かれている。右上のつながりを少し変えれば出力を上げられそうだが、今は忠実に書き写すのが肝要。
フレデリカはペンを手に取るとサラサラと書き写し、できあがるのに三分もかからなかった。
男はフレデリカの流れるような手の動きに目を奪われ、魔法陣の出来を見て納得の笑顔を見せた。
「よし、合格だ」
第一関門突破だ。
「雇用期間はどれくらいですか?」
「仕事は実三日、移動はこちらで手配する。遺跡の調査をしているんだが、連れていた魔法使いが急な体調不良でな。調査期間が限られているから急いで代わりを探していたところだ」
依頼内容は遺跡の魔法陣調査か。いい気晴らしになりそうだ。
「寝泊まりはテントになる。食事は三食提供しよう。日当は一日金貨二枚」
「金貨二枚…」
想定外の高額に思わず復唱してしまったフレデリカに、雇い主はフッと笑った。少し貧乏人に向けた侮りも含みながらも、あからさまな悪意はなさそうだ。
移動は前後一日、実労働三日。五日拘束で金貨六枚なら悪くない。…二十四時間労働でなければ。
「これからすぐに出発になるが、行けるか?」
「準備してきます。一時間ほどお待ちいただけますか?」
雇用条件を確認し、契約書にサインすると、フレデリカは急いで薬屋に戻り、師匠にこれから数日不在にすると告げたが、
「ほいほい」
わかっているのかわかってないのか、相変わらず反応は薄かった。数日分の薬草はあるし、なくなれば畑から取るくらいのことはできるだろう。




