14話
辿り着いたムニオは今までと違う独特な雰囲気に溢れていた。入口では商人がずらりと喧しい鳥の囀りのようにピーピーと喚く。彼らは此処で生まれる何かを買いに来たのだ。当然、周りにいるのは全員がライバルと言ったところか。目をギラギラとさせ、様子を伺いながらも一歩でも前に行こうと押し合う。見た目では良く分からない種族の者もいるがその大半は若い様に見えた。成程、もう成功していれば伝手はいくらでもあるだろうし、場合によっては飛空艇に乗り合わせて買い付けに来るのであって、此処で自分達と同様に並んでいる者達は大半が野心溢れる若手、というわけだ。幸いと言って良いか、自分たちは明らかに商人では無い見た目のお陰でチラリと視線が向くことは有れど牽制されるような事はない。もっとも気圧されれば列から押し出される。彼らはウィリアムの威容にだって恐れないのだから厄介ではあった。今も普段は気弱いプロトは押し出されそうになっていた。
「わわわ・・・」
「ほら、しっかりしろよ」
「ありがとう、ルーク」
プロトの手首を引っ張って列に戻す。彼はずれた帽子を戻しながら周囲にいる多種族の商人たちの姿に圧倒されていた。自分達では周囲がきちんと見えているのは精々背の高いウィリアム位なもので自分達三人はどうしても見えるのは背ばかりだった。
「こんなにも商人がいるのね。サルーグの商人とはまた雰囲気も違うし」
「そうだなぁ・・・あっちは売る側の面が強いからなぁ。それと比べりゃ、こっちは買いに来てるからそうなんじゃないか?それに皆若そうだろ?」
「そうね・・・確かに私たちと同じか幾つか上、かしら」
プロトが数年、自分とミラは20には幾つか届かない位、ウィリアムも見た目の割には若い。そして若いのは時に焔の様な熱を放つ。だから周囲には気炎が巻いていた。
それから暫く、牛の様な遅さで列が進み、中に入るころには首が擡げてしまった。周囲の商人たちは慣れているのか、或いは目的の物が無くなってしまうとどやされるからか、中に入り次第、遅刻したようにドタドタと奥へ駆けて行ってしまう。自分たちはそれに巻き込まれるのは勘弁と端に寄った。
「すっごい熱気。外よりも中の方が凄いなんて」
ミラがフードの奥へ風を送り込むため手で仰ぐ。実際、商人たちの熱が膨れ上がって、渓谷の上へ風になって送られているんじゃないかと思うほどに熱く感じられた。普通なら渓谷と言えば涼しそうな感じもあるがそんな事は微塵も感じられなかった。
「まるで吹き溜まりですな。吾輩もこれ程とは思いませんでした」
毛が多いウィリアムにとってはこういった熱は好ましくないのか眉間に皺が寄っていた。まぁ人の放つ湿気が気持ち悪いのは当然だ。おまけに色々な種族が放つ匂いも彼にとってはやっぱり好ましくは無いだろう。自分なんかはそこまででも無い。慣れもあるがそこまで鋭い嗅覚もなく、混ざった一つの匂いに感じられる位だが彼にとっては複数の匂いが強引に混ぜられたように感じられるのだろう。おまけに自分たちが言えた恰好ではないが若手の商人は、なんというか熱と欲が先行して身なりが整わない事がある。
「で、これからどうする?まずは宿、ってのは決まってるけど」
全員の気分がなんとなく落ち着いたのを見て口を開く。実際、此処から先はミラが決めたほうが良いだろうと思いもする。自分も十分に手助けする、という気概もあるが一番はミラが決めてここまで来たようなものだ。であれば彼女が決めたほうが何かと後悔せずに済むはずだ。ミラは考え込むように顎に手をやって少し俯く。
「そうね・・・でもここまで大きな都市だし、ガイドみたいな人っているのかしら?」
「ガイド、ガイドかぁ・・・どうだろう、いないってことは無いと思うけど」
周囲を見渡してみるがこの辺りには無さそうだ。ガイド自体は大きな都市になれば必然と発生する職で、多少不自由があっても街に詳しければ元手が無くても出来るとあって人気がある。専門の店がある時もあれば浮浪児が率先して寄ってくる事もあってそこまで探すのは難しくない。ただ、当たりはずれの差は広く、見極めは必要だろう。場合によっては詐欺もありうる。もっとも詐欺はウィリアムの顔が役に立つし、自分も元はスラムの人間だ、見極めに困る事はないし、馬鹿以外はそんな目的で寄ってこないだろう。
「そう、なら一度宿に行ってからガイドを探しましょう。時間は私たちの敵だけど、足元を見ないのは良くないもの。まずは情報を集めて見当を付けて探しましょう」
「ま、そうだな。なんなら二手に別れて探しても良いしな」
金は多少掛かるが都市の規模が規模だけにそうも言ってられない。
「あ、そう言えばお金はどうするの?暫く此処にいるんでしょう?」
プロトが首を傾げた。自分たちは節約の為に直行を選んだのだ。金は心もとない。正直短期も厳しい。
「あぁ・・・そうだなぁ。まぁ日雇い、かなぁ?この都市ならいくらでも仕事はあると思うぜ」
仕事の斡旋所、概ね日雇いが大半だが兎に角仕事を紹介してくれる。内容はあまり良くはないが、基本的には誰でも、それこそ自分たちの様な旅人でも仕事と金をくれる場所だ。それだけで有難い、というべきだが何をやるかはきちんと精査する必要がある。
「ふむ、こればかりは仕方あるまい・・・吾輩もこれに関しては何も出来ておらぬからな。やる事は構わん」
「わ、私も、やるよ」
「あぁ、そうだな・・・まぁ、行ってみて、次第かなぁ」
ウィリアムはいくらでもありそうだ。ただミラに関しては分からないというのが正直な所だ。彼女の能力は決して低くは無いが、何の身分もなしに出来る仕事の適性があるかは分からない。それこそ、聖魔法を使うなら診療所の様な所で一時的に高給だって貰えそうだが騒ぎになる。貴重な魔法はそれだけで人目を惹くためにここでは使えない。何より、彼女の容姿も足を引っ張っていた。しかしそれをやる気に満ちた目をした彼女にぶつけるのはちょっと、憚られた。
それから宿に着き、なけなしで三日の宿を取った。これがリミットだ。それまでに金を稼ぎ、日数を延長しながら情報を集める必要がある。ガイドを雇う事を思えば余りグズグズは出来ないだろう。
「よし、ならまずはミラには悪いんだけど、食事の事もあるから明日は一日仕事探しをしよう。それで宿に泊まる日数を増やしてからガイドを雇う。これで良いか?」
「えぇ、勿論よ。ふふ、まさかお金に困る、なんて状況になるとは思わなかったわ」
「申し訳ありません。吾輩がいながら、このような状況のなるとは」
ミラがにこやかに笑いながらウィリアムを宥める。まぁ、お金に困窮する王女は早々無い事態だろうし、本人はそんな事は微塵も気にはしていないようだ。そう言う意味では本当にタフな精神をしている。
「さて、じゃあ予定通り斡旋所を探そう。そうすれば明日の朝に遅れないからな」
「そうなの?」
「あぁ、仕事は基本的に朝に決まるからな。それで仕事が終わり次第、雇い主に仕事札ってのを貰って、斡旋所に戻ってから札と交換で日当がでる。給金は仕事と出来高次第でそこから手数料を抜かれる」
「ボクでも出来ることあるかなぁ・・・」
プロトが肩を落とす。だが彼にはいくらでも仕事はあるだろう。
「魔法が使えるからプロトはいくらでもあると思うぞ。後はウィリアムも出来れば給金の良い仕事を取ってきてほしい、かな」
「うむ、良かろう」
実力があるから護衛や純粋な力仕事と何でもあるだろう。いつも負担をかけているが本人に気にする素振りはない。だから問題はやっぱりミラの仕事だ。
「ミラは、そうだなぁ・・誰かと一緒が良いから・・・うん、暫くは俺と一緒の場所にしよう」
「そう?因みに理由は?」
「プロトとウィリアムが専門的、或いは力仕事になりそうだからさ。だったら俺と一緒に力じゃないものを要求される仕事が良いかなって。例えば普通の店で、俺は裏方で荷物運び、ミラは接客、なんて具合にな。やっぱりミラが一番狙われるだろうから、誰かと一緒が良いだろうしね」
「そう言うことね。えぇ、ならそうしましょう」
ミラが素直に頷く。ウィリアムやプロトも特に異論は無いらしく、反論は出てこない。というか経験が無いから想像が付かない、という感じだ。
「よっしゃ、それなら早速場所だけ把握したら早く寝よう。そんで庶民の仕事体験といこうぜ」
そう言って笑えばミラも楽しそうに小さく笑う。困難はいくらでもあるが、少しでも楽しくやれればいい。そう素直に思った。
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