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五幕目「学校案内する深海色の王子様」

今回からは一話の字数が5000文字前後になる予定です。

そっちのが書き易いと気づいた。

「ようこそ、僕たちの学園──勠研学園へ!」




手を差し伸べ、響く旋律のような声音で晴夜は言う。

海淵の神秘を思わせる濃紺の頭髪に、年の割に美しいと形容できる容姿も相まって、御伽噺の中にある一つのシーンの様な光景だった。


その姿に興奮したのか、レナは一得の袖を掴んで小さくわあわあと振っていた。


一得はその様子を微笑ましく思いながら、レナをリードする様に袖を掴んでいた手を握り、学園の敷居を跨ぐ。


素直にエスコートに従い、レナも学園へと足を踏み入れる。少しはしゃいでいるのか、敷地に足を踏み入れる時癖っ毛の紅髪を跳ねさせながら小さくぴょんと入校した。


「……まあ、ようこそとは言っても、入学式はまだ少し先なんだけどね」


そう笑いながら、晴夜は手を下ろして再び校舎の方を向く。


「さあ、行こうか。クラス分けは昇降口の近くに張り出されてると思うから、案内するよ」


跳ねる様な足取りでレナは晴夜の背に追いつく。

新しい環境での新しい出会いに嬉しそうなでいるレナは年相応にはしゃいでいて、後ろからその様子を見守る一得は(孫とかってこんな感じなのかな)と、見た目にも立場にもそぐわない思いを抱きながら少し早歩きで二人に追いつく。


裏門を入って直ぐはコンクリート敷きの車道になっていて、右手に教職員の通勤や生徒児童の送り迎え用の駐車場がある。

入ったまま真っ直ぐ行くと、五メートルほど進んだところで歩道とはまた違うデザインのタイルが敷かれた道に切り替わり、周りにも体育館やプールといった学校らしい建物が見えてくる。


これらも全て赤煉瓦の意匠を基調としていて、古めかしいながらも重厚な雰囲気の校舎だった。

ただこの重厚感の原因は、統一的な赤の意匠だけでは無い。

そのもう一つの原因は"規模"だった。


体育館だけでも裏門から見える範囲で四棟。

また一棟一棟も大きく、概ね全てが三階、奥の方には四階建ての体育館もある。

奥に見える校舎はさらに大きく低くとも四階、高いものは七階建ての赤煉瓦の壁が一得達を見下ろしていた。


「ここから中庭を通って行けば昇降口につくよ。少し回り道見なるけど下靴で校舎を歩くわけにもいかないしね」


晴夜が先を指し示しながら言う。

見れば、奥の体育館の陰から少しだけ緑の枝葉が覗いている。といっても体育館が大きすぎて本当に枝葉の先しか見えていないが。


流石の規模にレナも「広い……」と声を漏らす。


「それにしても晴夜はここのことに詳しいみたいだけど、来たことあるの?」


「ここの校舎は初等部と中等部が一緒になってるからね。教室はある程度分かれてるけど中庭の辺りはは共有だし、僕の場合は上に兄さんが居たから余計にね」


晴夜の話によると基本的に四階建てが初等部、それ以上が中等部の校舎らしい。体育館や運動場、その他特別な設備のある棟や中庭などのスペースは共有、校門も先ほど通ってきたものの他に幾つもあるらしい。


「昇降口は初中で分かれてて、僕も中等部用の昇降口はあんまり行ったこと無いんだけど、ほとんど一本道だったからそこまで案内するよ」


そこから先は、(主にレナが)目に映ったものについて尋ね、晴夜がそれに答えるという形で、道すがらの学校案内が始まった。

レナも、事前に渡された資料で学園の中は知っているはずだが、やはり地図だけ読むのと実際に見るのとでは違いがあるのか目に映る殆どのものに興味を示している様子だった。


他の都市では中々見ない大きさの体育館の横を通り、丁寧に剪定された植木と小綺麗なベンチのある中庭を抜け、雨風に晒されて少し色褪せたトタン屋根の通路を横切り。


その中でレナはこの先に何があるのかとか、ここは何に使うのかとかを晴夜に尋ね、答えが返ってくるたび今度はそこはどんな様子だとか何をするかだとかをまた聞いている。

矢継ぎに掛けられる質問に、晴夜は詰まりなく、どころか楽しんでさえいる様子で答えていた。


流石に興奮気味のレナは目立つのか、周りを歩いている生徒が紅髪の少女を見る。

ただ、その視線は直ぐに──気の所為か晴夜を視界に捉えた途端──逸らされ、レナが視線に気付くことは無かった。

結果として、三人の中で唯一それらの視線に気付いた一得のみが小さく苦笑を漏らすだけの形となった。




晴夜が学園の施設について説明しながら歩くこと二十分と少々。

(主に一得視点で)無闇矢鱈にキラキラを振りまいていた晴夜の様相は、もし仮に晴夜が王子だと言われても納得してしまいそうで、実際客観的に評価するなら晴夜の容姿は、余程捻くれた者でもない限り老若男女の誰もが魅力的だと思うものだった。

そんな異性に優しくリードされながら学園内を見て回るレナに、一切恥じらいやらが見て取れないのは、レナが捻くれ者なのか、男慣れしているのか、趣味趣向が少数派(マイノリティ)なのか、ただ単に"異性に胸が高鳴る"という概念がないのか。


(まあ……、ぜっっっっったい『概念が無い』だよなあ。寧ろそうあれ。この年で男慣れとか怖すぎるわ。俺が言える事じゃ無いけど)


生まれる前から知る少女の健全さを願いながら、レナを挟んで道の反対側に居る濃紺の少年の説明にみみを傾ける。


その歌の如き響きと、夜凪の如き静謐かのおかげで、耳に入る声音は心地良い。

説明自体も分かり易く、意識してかどうかまでは分から無いが、聞き手が退屈しないような話し方も出来ている

唯一問題があるとすれば、声に聞き惚れ過ぎて説明を聞き逃してしまいそうな事か。

どの道レナは校舎に夢中、一得は何度か来た事がとがあるので聞き逃してもさして問題がないので、殆ど杞憂な訳なのだが。


晴夜の先導の元、校舎と校舎の間を縫う様にして歩く三人。

直線でなく、尚且つあちこちを見渡しながらだったと考えれば妥当な時間を要して、一得達は赤色の制服が幾つかの人だかりを作っている場所に着いた。


「着いたよ、ここが昇降口。ここを通り過ぎて反対に行けばさっきの正門に着くよ」


そう言われて人だかりの向こう側を見ると、更に多くの大人や緑の制服を含む人がごった返しているのが分かる。

ただ、その群衆に遮られて正門の姿を見ることは出来なかったが。


位置的には、晴夜と会った場所から校舎をぐるりと回って反対側から出た様だった。


「うーん……、ここも人が多い……」


人だかりの一つに近づいてレナが言葉を漏らす。赤い人垣の中には掲示板と、そこに貼られたクラス表らしき紙があるが、一得達の位置からはよく見えない。

平均より身長の低いハーフドワーフのレナでは、余計に人垣の内側を窺い知ることはできないだろう。


「これは確かに人多いな」


「わっ、急に喋った」


「そりゃ喋るよ」


久々に口を開いた一得に、レナが驚く。


「一得と肩車すればここからでも見えるかな?」


「俺は嫌だよ、ただでさえ目立ってるのに、肩車なんてしたら余計目立つでしょ」


「いやいや、一得が私をじゃなくて私が一得を肩車するんだよ」


「尚のこと嫌だよっ」


「あはは、じゃあ僕が肩車しようか?」


二人の会話を横で聞いていた晴夜が声をかける。


「あー、変な方向での気遣いは大丈夫、普通に見てくるから。というか晴夜まで乗らないで、レナなら本当にやっちゃうし」


一得が手を振りながら答える。


笑いながら言ったところを見るに、晴夜はレナの話を冗談とでも思ったのだろうが、活発を通り越してわんぱくと形容すべきレナ──というよりファービス一家のドワーフの血を知る一得にとって、これ以上のレナへの援護は本当に肩車を実行されかねない危険を孕んだものだった。


それならいっそということで、一方的に解決法を押し付けた一得は器用に人と人との間を縫いながら赤い雑踏を歩いて行く。


「そんな事するより肩車の方が──って早!?」


人混みを苦い視線で見ていたレナが振り向いた時には、一得の背中は人垣に紛れて消えていた。



─────────────────────



「これなら肩車するより早い……かな?」


「せっかくみに行ってくれたんだから、一得君に任せておこうよ」


見れば、掲示板の周り半径五メートル弱は人で溢れ返っているというのに、スポンジに落ちた水滴の様に制服の群れの中へと入っていった一得の後姿──正確には後姿があった場所──を眺めながらレナと晴夜は感謝とも困惑とも言える声音で漏らす。


「でも成り行きとは言え面倒を押し付けてしまったし、彼には後で謝らないと」


「謝るよりお礼の方がいいよ。一得前に『こういう時はありがとうって言え』って言ってたから」


「へえ、それなら帰ってきたらそう言うことにするよ」


感心そうに笑いながら、晴夜は今さっき離れて行った新しい同性の友人を思い返してみる。


ここに来るまでは余り会話をしていない気はするが、会って一番最初の時には物騒な人相の大人を押しのけたり、今だって有無を言わさずクラス表まで歩いて行ってしまったり、意外と強引な人なのかなと思う。


ただ、会話の中で時々出てきた一得に対するレナの印象や、今の様に気を遣っている様な気配もあるところを見るに、人に対する思い遣りというのも持ち合わせているのだろうか?


「ねえレナさん、一得君ってどんな人なの?」


「ん?どうって?」


「いや、彼って良い人そうだから。仲良くしたいと思ってさ。仲良くなる為には、相手がどんな人なのかを知るのが早いだでしょ?」


「成る程ねえ、一得がどんな人かかあ……」

(父さんと友達……、じゃ流石に変だよね)


晴夜の言葉に考え込む様に顔を傾けるレナ。


普段の関係では無い、"同級生の六雲 一得"という人間を形容すればいいかを考えなければならない。

確か資料に、レナと一得との関係性はどう書いてあったか。それを思い出し、違和感のない程度に事実と組み合わせ、六雲 一得という人間の紹介というのを頭の中で組み立てて行く。


二、三回ほど首を捻った後、言葉を組み終えたレナは、どこか予め用意されていた内容を復唱する調子で、先刻まで居た旧友についてを語り出す。


「あんまり喋ったりしないけど、良い人だよ。特自区に居た頃はおんなじ小学校に通ってて、一得は三年生の時に転校しちゃったんだけどそれまではクラスでも人気だったし──」


「それに、」と続けるレナの表情は先程よりも自然で、同年代の女子よりも余程無邪気で。

その笑顔を見ただけで晴夜は察する。


(ああ、なるほど。一得君という人間は……)


「すっごく優しくて、喋ってるとずっと面白いし楽しいの!」


レナの言葉に、表情に、自分の感覚は間違っていなかったと確信する。


表裏を見抜き易い言い方と感情の露発。

人間関係を構築する上で多くの場合、障害となるとレナのその特徴は、この場においては良い方向へと働いた。


初めの口調とは打って変わって、最後の言葉に込められた親しみや友愛など──凡そ、近しい間柄の者に向けられる好感情全般──は余程の朴念仁でもない限り感じ取ることが出来るだろう。

まして、晴夜は同年代の中でも"好意"と呼ばれる感情全般の機微には特に鋭かった。


一得の人柄についてを語った後、「あとはねー……」と更に旧友をどう紹介したものかと考え続ける紅髪の少女を見ながら、晴夜も釣られて自然な笑みが零れる。


目の前の少女の天真さにか、先程まで居た少年との関係を予期してか。

きっと、どちらなのかを決める必要もないし、強いて言うならば"どちらとも"なのだろう。

まだよくお互いを知っている訳ではないが、また機会を見て彼とも話をしようか。その時の為に、彼女に思い出話でも聞こうか。


色々な出会いへの期待感を膨らませる晴夜は、新しい友人候補達とどう仲良くなろうかと考え、より一層期待を増して行く。


レナと比べれば大人びている晴夜も、結局は未だ十二歳の――それも幾分も社交的な――子供だ。

未知の存在には興味を抱くし、友人だって多い方が嬉しい。


「ずっと考えてもらいっ放しっていうのも申し訳ないし、僕から訊いてもいいかい?」


先程からずっと倦んでいるレナを見かねてか、晴夜が声を掛ける。


「ん?うん、いいよ何でも訊いて……って、さっきと立場逆になったね」


「そういえばそうだ。じゃあ今度はレナさんがいろいろ教えておくれ」


「オウともさぁ!どんとこい!ってね」


父グラスの、濃紺の少年にとっては数十分前に正門で会った強面のドワーフも物真似をしてお道化るレナに、微笑ましい感覚を覚える。


「そうだなあ、先ずは何を訊こうか……」


仲良くなるには何を訊けばいいか。

数舜悩んだ後、晴夜は質問を思いつく。


「じゃあさ」

「うん、なになに?」


互いに教えあう状況を楽しんでいるのだろう。無意識に前かがみ気味になって晴夜に迫るレナ。

年のの割に豊満な胸部が揺れるが、それを気にする様子も全く無い。

(ここまで無防備だと、きっと一得君も苦労してるんだろうなあ)と、内心苦笑しつつそんな内心は噯にも出さないで口を開く。


「一得君ってさ」

「うん」


そして夜凪の声に乗せて流れた言の葉は


「小学校の時は――」


        「――――――――ぃぎ――ぉ――」


完全に文となりレナに届く前に


「どんな子ガッッ―――――!!??」

「鉄ッ拳ンンッッ――!!!!」


ガギィンッ!!、という。

凡そ、人体から発してはいけない類の音と、脳天から踵までを一気に駆け抜けた衝撃によって遮られたのだった。

書いてて思ったこと

主人公(一得)同年代と全然喋らやん。



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