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三幕目「襲撃する黒猫さん」

なんか違うなーって没量産してる内に私生活が忙しくなって、気付いたら二か月以上経ってるの笑う(笑えない)

四話目で早々に失踪の危機に陥ってすみません……、謝罪していい程良い物が書けているは分かりませんが……

人類史上最悪の歴史として語られる事の基準は何であろう。

何かを破壊した規模か、社会的影響の大きさか。

道徳観や人道にどれだけ背いたかか、それとも考えるのも嫌になる程に馬鹿げた行為だったかか。

その基準は見方に依って幾らでも生まれ、時代や出来事の背景に依って如何様にも変化する。


そんな中多くの時代や社会で広く"最悪"の基準とされているもの。

それは、"死者数"だ。


余程悟っていたり、はたまた自棄になっていたり。

そういう、普通に生きていれば大半の人は経験しない様な状態にでもならない限り、死とは人々に平等に降りかかる最もシンプルで恐るべき災難である。

その災難が分かりやすい形で数値化されたものなのだから、当然死者数というもが物事の深刻さや悲惨さを測る基準になり得るのもまあ当然な流れの訳で。


その基準で見るならば、最悪の出来事とは何か。


例えば病気や自然災害。

知名度の高い病気であるペストや天然痘は長年に渡って多数の死者を出し続け、未だ交通網が未発達だった時代では、辺境の村や集落が流行り病によって丸々一つ全滅した記録もある。サイクロンや地震では、多い場合は数十万人単位の死者、行方不明者が出る場合もある。


自然の脅威だけで無く、人が招く脅威もまた然り。

事件や事故でも、数十人から多い場合は数百人もの犠牲者が出ているものもある。


そして、人の意思が関わるもの中で多くの犠牲者が出るものの代表が"戦争"である。

一つの戦争だけで数千人、第一次世界大戦以降の近代化された後の戦争では、ものによっては数百万から数千万人もの犠牲者が出る。


特に今の世──西暦2500年代の時代の人間に最悪の戦争は何だったかと聞けば、百人中百人がこう答えるだろう。第三次世界大戦だ、と。


第三次世界大戦──公的な文書や記録には対ティオノ戦争と記されているその戦争は、2021年から2023年まで世界各地で続いた人類陣営と信者会(ティオノ)による戦いの総称である。

人間が初めて人間以外の知的存在と接触した戦争で、初めて全人類が人種や国境など全ての垣根を越えて一致団結した戦争、そして──人間の文明が滅んだ戦争である。


その戦争で人間の世界は一度滅んだ。

かつて人々が生活を営んでいた建物はその悉くが破壊され、往来の絶えなかった都市の路面は高熱で融解し、地方や人の踏み入らない未開の地も跡形も無く破壊し尽くされた。


その戦争で絶滅した種も数知れず、世界にあった殆どの国も滅んでいった。

人間も開戦前の約97%に当たる約七十五億人もの死者を出し、地球の支配者であった人類の文明は一旦そこで潰えた。


その後、開戦前から人間に味方していた神議会や新たに入植してきた()()()()の種族、更に戦時中に設立されたヒト(Human)バシラ(Sacrifice)委員会(Board)──通称HSBと呼ばれる人間包括政府機関の尽力もあり徐々に復興を遂げていった。


終戦から五百年弱が経過した今では、アスファルトの路面を車が走り、鉄筋でできた背の高い建物が立ち並ぶ2000年代となんら遜色無い所まで進んできている。

言語や文化、人種や行政のあり方に大陸の形など細かい差異はあるものの、概ね戦前と同じくらいまで繁栄してきている。

ただ昔と明確に違う点は、街を歩く人間に混じって獣人や魔物などの見慣れない種族が混じっていたり、通りの看板に電気工学では無い技術を用いられた物があったり、魔術用品専門店なるものが呉服店や百貨店と並んでショッピングモールに軒を連ねていたり。

大戦前には御伽噺や夢物語として語られていたものが、平然と街中に混在し、日常の一部となっている点である。


そんな間違い探しの様な人の街。

その中でも大都市に分類されるであろう街、勠研りくげんの入り組んだ路地裏。

人目につかない薄闇の奥に、少年の姿でキルカは居た。


時刻は二時を少し過ぎた頃。

天頂を過ぎた太陽は背の高い建物に囲まれたその路地裏を照らすことは無く、雲の少ない晴れだというのに辺りは宵時の様に薄暗い。

まだ吹き荒ぶ風は冷たいが、二月の中頃のこの時期ともなれば防寒具は必要無く、軽く何かを羽織るだけで充分に寒さを凌げる。


その証拠にキルカはの今の格好はTシャツに厚手の白いパーカーを羽織っただけというもので、黒いキャスケットを被ってこそいるものの特に寒さを凌ぐ物は身につけていない。


特に何か怪しい点も無く、ごく普通の──先程真宮(まく)達と別れた時の服装は、この薄暗い場所では逆に強い違和感となってしまっている。

建物の壁際に屈み込んでブツブツと一心に何かを呟くその姿も相俟って、誰かに見つかれば通報待った無しな程に怪しい。

よくよく見れば両目は無生物的な金色の光を放っていて、キルカの怪しさと得体の知れなさに拍車を掛けていた。


「──っと、このくらい……かな」


屈み込んでから十数分が経った頃、呟きをやめて立ち上がった。

目も鉱物の様な金色から、虹彩のある茶色に変わってる。


どうやら何かの作業をしていてそれが今し方終わったらしく、独り言を漏らしながら伸びをする足元の地面には淡く輝く小さな魔方陣が浮かんでいた。


「これで十一個目……、にしても広いなこの街。陣張る身にもなって欲しいね」


男にしては長い髪の先を弄びつつ理不尽に愚痴る。

そもそもキルカが今居る勠研はHSBが管理する都市で、非難されるべきはそんな都市に勝手に魔方陣を設置しているキルカの方なのだが、「依頼したのはHSBなんだし」と言い訳をしつつパーカーのポケットから携帯端末を取り出して次の地点に向かう。


「にしても世の中便利に戻ったっていうか、より便利になったっていうか……。まあ、あんまり実感無いけど」


蟻の巣の様に入り組んだ路地裏を端末の画面に表示された地図を頼りに歩いていく。

キルカの持っているそれは見た目は2000年代に存在したスマホと同じだが、その性能はまるで段違い……らしい。


これまで人間が積み重ねてきた科学技術に合わせ、五百年前に新しく接触してきた種族達から学んだ魔術や法則も取り入れた結果、人の作る道具はその性能やら耐久性やらを劇的に向上させた。

その結果、現代──2500年代の今では街並みは昔と似ていても中身は遥かに発達している──のだが五百年前のキルカは一介の中学生で、当時の技術レベルなんて詳しく知るはずも無い。

今では一応魔術神の端くれなので街中に溢れた技術の一部くらいは分かるが、比較対象を知らないのでイマイチ発展している実感が無い。


まあ、魔術や魔法を操る他の種族との関係構築やら、既存の技術と魔術を無理に合わせようとしたのが原因で復興が遅れたので、魔術が完全に良いものかと言われれば微妙なのだが。


そんなことを思いながら都市の路地裏を右に行ったり左に行いったり。約二百年間発展と開発を進めてきた街の路地裏はまるで迷宮の様で地図が無ければ迷うことは必至だろう。


そんな道のりを歩くこと三十分、目的の場所に着いたのかキルカは端末を仕舞った。


着いた場所は路地裏でも、少し開けた場所だった。


学園都市は基本的にHSBの管理の元計画的に開発されてきたが、都市というからには勿論学園だけでは成り立たっていない。

学園の校舎から離れれば商業区や工業区、住宅街といった区画もあり、そこには当然民間企業が建てた建物も建ち並ぶ。

一応建築基準などの規制は設けていたもののそれに従う企業自体はバラバラな訳で、計画も何もあったものじゃ無い。

そんな理由で企業達が各々競い合う様に学園都市に進出していった結果生まれたデッドスペースの一つが、キルカが今いるこの場所だった。


「にしても最近の世の中は厳しいなあ。ちょっと電柱に魔方陣を描いたラクガキしただけで見つかって怒られるし。警察が優秀になったって喜べば良いのか、コソコソしにくくなったって嘆けば良いのか……。まあ自分の立場考えたら、絶対前者の方が良いんだろうけどさ」


一人で軽口を叩きながらゆっくり前へ歩いて行き、空間の中心辺りまで来ると立ち止まってその場にしゃがみ込んだ。


「お陰で魔方陣だって歪な十一角形になったし。……まあ歪な方が発動自体はし易いし、なんなら【彩り隠す不信の花(アンチューサ)】使えば何処でも描けるんだけどさ」


ぐだぐだと、独り言を呟きながら指でアスファルトをなぞる。

なぞられた部分が淡い光を放って、それが段々と一つの魔方陣の形になっていく。

その魔方陣は一つ前に描いていたものよりも二回りほど大きく、構造もより複雑だった。

正円に楕円、様々な線やら文字やらを迷い無く陣の中に書き込んでいく。


「っと、こんなもんか」


魔方陣を描き終わったのか、地面に向けていた指を戻して鷹揚に立ち上がる。


「それじゃ後は仕上げだけ」


王が愛した永懐の花(ユーパトリウム)


キルカが軽く手を振ると一瞬手の周りの景色が揺らぎ、そこから先程までは無かったはずの金の刺突短剣(ミゼリコルド)が出現した。


剣身ブレード部分からヒルトまでの全てが金で出来ていて、唯一違うのは握り(グリップ)に巻かれた滑り止めの白い皮のみ。

全長は約三〇センチ程で刃先カッティング・エッジは無く、切先ポイントのみが尖った円錐形をしている。

全長の割にガードは左右に長く全体的な形はひっくり返した十字架の様だ。


重力に従って落下する前に、キルカは刺突短剣ミゼリコルドを右手で軽々とキャッチした。

短剣とはいえ純金製のそれは約三〇キロ前後はある筈だが、短剣を持つキルカの仕草からはそんなことは微塵も感じられない。


小慣れた手つきでくるくると回しながら、具合を確かめる様に二、三度握り(グリップ)を握る。


「うし、じゃあ始めよ」


キルカは小さく頷いてからそう言うと、刺突短剣ミゼリコルドの先端を先程まで描いていた魔方陣の方に向け、目を閉じて何かを呟き始める。


すると、剣身ブレードの部分から淡い黄色の光を放つ文字が何行も浮かび上がってきた。

剣身ブレードにびっしりと書かれた文字列に呼応する様に、魔方陣からも黄色の光が漏れ始める。


魔方陣から出た光は糸の様に溢れ出し、その内半分は短剣へ、もう半分は十一の束に分かれて一目散に何処かへと伸びていく。

伸びる光は建物の壁や室外機、積まれたまま放置された荷物といった障害物は軒並み無視して、止まる事なく何処かへと猛進する。


路地裏とはいえ昼下がりの大都市の中、それにたまにだが路地裏というには少し開けた小道も何本も通っている。

だから勿論、光の進路上に何人も人は居たがその人達は皆一様に光を目の前にしても何事もない顔で、光の糸は見えていない様子だった。

その行先はキルカが事前に描いていた十一の魔方陣。

路地裏を駆ける光は途中で幾本も枝分かれしては合流を繰り返しながら、全ての魔方陣を繋いで街に一つの巨大な陣を形作っていく。


短剣のへと伸びた方の光は、キルカの腕を膝まで覆いつくしてらゆらゆらと房飾り(フリンジ)の様に揺れながら絡み付いている。


「──◼️◼️◼️◼️( 拠であり) ◼️◼️◼️◼️(死者共の)◼️◼️◼️(最後の)◼️◼️◼️◼️(存在証明)◼️◼️◼️(である) ◼️◼️◼️◼️(轡を並べ) ◼️◼️◼️◼️(叙事詩を)◼️◼️(紡げ) ◼️◼️◼️◼️(其は我が)◼️◼️(御所) ◼️◼️◼️◼️(其は我が)◼️◼️(楽園) ◼️◼️◼️◼️◼️(広場を前に)◼️◼️◼️◼️◼️(髑髏を抱く)◼️◼️(我は) ◼️◼️◼️◼️◼️(全ての戦没)◼️◼️◼️◼️◼️(者の主人な)◼️()──っと」


短剣を構えていたキルカは、そこまで詠唱を終えたところで言葉を切る。


およそ人間の言葉ではないのに、人間にも理解の出来る言葉で紡がれたその言葉に反応した様に、目の前の魔方陣では糸状の光が溢れる力の捌け口を求める様に盛んに蠢いていた。

腕に絡みついた光も同様に活発に蠢いている。

分かれていった光の束は蠢いてこそいないものの、その輝きを一層強くしている。

もし上空から見ることが出来れば、この一帯に巨大で歪な円の形をした奇怪な図形が見られただろう。


「はいはい、まだ待っててねー」


キルカが光の中から腕を引き抜き、短剣を下向きに振るう。

それだけで光は次第に輝きを失っていき、遂にはそこに何かがあった痕跡は完全に見て取れなくなった。


「一番大掛かりな仕込みはこれでOKっと」


そう言いながら右手に持っていた短剣を放る。

宙に放たれた短剣は、地面に落ちる前に空間の穴へと落ちる様に消えていった。


用事を終えたキルカは、軽く伸びをすると両手をパーカーのポケットに突っ込んで歩き出す。


ここでやっておきたい事は済んだ。

ただ、キルカが今いる場所は都市の中心からは大分離れた区域で、もし何かがあったときにここに仕掛けた術だけでは心許ない。というか、先程の術は大掛かり過ぎて滅多な事では使えない切り札だ。

ともかく、仕込みが一つだけではもしもの時に取れる手段も狭まってきてしまう。だから都市の中心部にもう少し小振りな、それこそちょっとした監視カメラ程度の術でも仕掛けてこよう。

そう思って暗い路地裏を歩き、光のある方へと向かう。


随分と奥まった場所まで来ていた為、ちゃんとした道に出るまで暫く歩かなければならない。

キルカはその道のりを特に何か言うことも無く一人黙々と進んでいた。


なんて事はない普通の街中。

人通りの少ない所為で多少薄気味悪さはあるものの、街自体が半ばHSB管轄で治安もいい方だ。

昼過ぎという太陽がまだ頭上で燦然と輝いている時間も、何か疚しい事をするには自然と避ける頃合い。

ただ本当に、不気味さが有るだけで実際に誰か怪しい人物が潜んでいたり、危険な出来事が起こる事は滅多に無い。


後ろ暗い事や隠し事というのは大概もっと人目につかない場所か逆に人目が多くて紛れ易い場所で行うもので、今の様な中途半端な場所で行われる事は少ない。


そんな中での数少ない例外が今のキルカだった。

そして日陰とはいえ白昼堂々コソコソしていた代償は、その身に災いとなって降りかかる。


歩きながら次は何処に向かおうかと思案していたキルカは、突如首の後ろに悪寒を感じた。


一瞬の後、左の上腕に僅かな違和感。


艶やかに咲く情熱の花(ブーゲンビリア)


それを認識した瞬間、キルカは何も考えず我武者羅に地面を蹴り付け身体を右に飛ばし、同時に左腕を払う。


──紅の閃光と灼熱の奔流。


払った左手に鮮やかな紅色のブーゲンビリアの花弁が出現、すぐにその形を崩し紅色の炎が絨毯の様に広がり地面を覆い尽くす。

コンクリートとアスファルトの灰色が瞬く間に紅い灼熱に蹂躙され、彩られていく。


右に飛んで壁にぶつかったキルカは、壁に付いた右腕と両の足を使いさらに移動、後方に飛んだ。


「ったく何さ!!こんな真っ昼間から襲撃なんてあり!?」


叫ぶキルカは即座に【神眼しんがん】を起動、瞳を無生物的な金色へと染め上げ素早く周囲の様子を把握する。


瞬時に分かる限りで下手人の痕跡は無し、焼かれて少し溶けた路地裏が見えるばかりで何かが燃えた痕跡等は一切無い。

最初に違和感を抱いた左腕を確認。小さく切り傷が付いており、傷口から垂れた血が僅かながら袖を汚す。

恐らく最初に刃物か何かで斬りつけられたのだろう。


「全く、この服気に入ってたんだけどなあ!」


艶やかに咲く情熱の花(ブーゲンビリア)

彩り隠す不信の花(アンチューサ)


叫びながら右腕を振るい紅い炎の花を撒き散らす。同時に炎隠れる様にしてキルカの姿が青色の花弁に包まれ一瞬で掻き消えた。

魔法で身を隠したキルカは身を翻し、路地裏の更に奥へと走っていく。


(ともかく撤退!このも【張り巡る警戒の花(ソリダーコ)】も突破してくる時点で相当の手練だし、触らぬ神にたたりな──ッ!!)


嫌な予感だけを頼りに即座に前で飛び出してローリング。

直後に頭の上を三本のナイフが飛び去っていく。


「あぶな!?」


(うっそ見えてんの!?ていうか今のナイフって……)


通り過ぎざまに見えたナイフのデザイン。

そのデザインに覚えが有り、その事に少しだけ頭が引っ張られる。


それによって一瞬、キルカの動きが止まる。


そして下手人は瞬く間のその硬直を見逃すほど甘くは無かった。


「ッ!」


すぐ背後に現れた気配に反応し即座に右手の手刀を振るう。

ナイフを躱して蹲んだ姿勢のまま放たれたそれは、しかし振り切られる事はなかった。


振り返る途中で脇腹に鈍痛、自らも後ろに飛んで少しでもダメージを減らす。

地面を二転した後に起き上がりすぐ振り返るが、またしても下手人の姿は見えない。


「何処いっ──」


視界の左側に違和感。顔を向けると、人影が黒塗りのナイフを突き出し飛びかかってきている。


暗い凶刃がキルカの眉間に迫る。


「チッ!」


光り輝く鳳の花(ラナンキュラス)


キルカと下手人の間に白く光る花金鳳花はなきんぽうげの花が出現。

花は出現すると同時に回転を始め、回転数と共に光もその強さを増していく。


キルカは身体を後ろに倒しながら手を振る。


その動きに呼応する様に【光り輝く鳳の花(ラナンキュラス)】の回転数が一気に上がり、眩い白の光が一瞬で二人もろとも路地裏の全てを包み込んだ。


─────────────────────


キルカが今回の依頼を受け取った時、キルカの部下の内で一部の者達──取り分け諜報や政務の業務を担当している者達からは即座に反対の声が上がった。

曰く、キルカにはまだ早いだの一人じゃ不安だの。

大半は揶揄い半分警句半分の物言いだったが、中には本当にキルカの勠研行きを止める声もあった。


給仕係のレイヴとレギンはキルカが離れることを随分寂しがっていたし、秘書のスクルドからはHSBと神議会を警戒して様子見や交渉の手段を取ることを進言された。

ともかく、キルカが今回勠研に来たことは一部の者の反対を押し切ってのことだった。


キルカが元々いた場所――フォールクヴァングという場所での周囲からの評価は"半人前"で、そしてそれは周りの環境を鑑みれば妥当な評価でもあった。

事情アリとはいえキルカは神霊で、普通でないとはいえ周りの者の殆どは精々が半神半人で。

それなのに少なくともキルカの腕っぷしは上からより下からか数えた方が十倍は早い程度のものだった。


この世界は種族が一概に強さを決めるものでは無いし、弱いからと言って地位も低いという程のスパルタでも無い。

それでも神霊という種はその在り方や元々持っている能力からして別格であり、なのに腕っぷしもそ以外もキルカより優れた物は周りに何人もいた。

そんな現状であれば、なおのことキルカの単独行動を諫める声も出ようというものだった。


キルカも自分の実力が周りと比べて劣っていることは理解していたし、そういった問題や自分の立場から任務のことについて話せば反対されることも予想していた。

そのままの流れで話が進んでいたのなら、きっと今回の任務はキルカの代わりにほかの誰かが受けるか断られるかしていただろう(過保護すぎてキルカ的には少し不服だが)。


だが、キルカが「クソ神」と呼ぶ上司からの手紙のそういうわけにもいかなかった。

手紙には『依頼を受けろ』と短くだが確かに書いていたし、神議会からの依頼書ではキルカのことを名指しで指名していた。そうである以上キルカ本人が行かないという選択肢は潰えたも同然である。


そうなるとこの任務の落としどころは、勠研に行くキルカに幾らかの護衛をつけるというものになるだろう。

潜入しての護衛という任務の性質上大々的な護衛はつけられないが、隠密や諜報を担当するミスト隊、スヴァ―ヴァ隊あたりなら大した支障もなく護衛につくこともできただろう。


キルカの率いている組織──黄金兵団という集団はこの世界有数の戦力に数えられる程度には強大な力を持つ組織である。

今回キルカを元々居る自治区から無理やり引きずり出す様な真似をしたのはその戦力を少しでも盤上──今回の件で言うなら勠研──に加えたかったのだろう、というのが政務組や参謀組の一つの見解だった。


キルカの部下たちからして見れば、ある意味で後手に回るしかないこの状況は多少なりとも腹に据えるものがあるだろう。ただ、彼ら彼女らが一番に優先すべきは主にして盟主であるキルカの無事である。

最終的には、多少の心理的な抵抗は無視してキルカに護衛をつけようという話になったし、キルカもその理由や神議会の狙い含め把握していた。



あと一つ、加えて言うのならば、神議会の思惑に乗ることにキルカが一番抵抗を覚ていた。



その結果どうしたか。


周りの者が聞けば叱責するか、はたまた子供かと呆れるか。笑って親指を立てる馬鹿も中には居るだろう。

どの道下らない子供じみた意地の結果であり、仮にも兵団の首領が取るような行動では無かった。


キルカは神議会の指示通りに勠研へと向かった。そして現場の下見をし、真宮から依頼の説明を受け、関係者諸々との顔合わせも済ませた──全て一人で。


護衛も誰も伴わず、キルカはその全てを単身で行うという暴挙に出た。

現在の世界情勢では、キルカ達に敵対し尚且つ多大な脅威になるであろう存在は一つを除いて居ないし、その一つもここ数百年目立った動きは無い。

しかし、だからといって今日も明日も大丈夫とは限らない。夜寝ているときに奇襲に遭うか、もしくは次の瞬間再び開戦するか、そういう薄氷の上に出来上がった仮初の平穏というのが現状だった。


それに限らず、ヤクザやマフィアといった犯罪組織や反社会的な集団というのは今でも存在する。そしてそれらの中には、黄金兵団にとっては問題無くともキルカ個人には脅威となりえる者たちも存在する──らしい(仮にも神霊を害するとかどんな奴だよとキルカは思ったりもするが)。


さらに言うなら《予見者よけんしゃ》を有するHSBがこのタイミングで動きを見せたことも、有識者に何かが起こることを示唆していた。

HSBは大陸一つをまとめ上げる人間包括政府機関である。組織が大きいその腰もまた重くなるし、《予見者》という未来予知にも似た能力を抱えたHSBはというものが訪れるまでなかなか動かない。

逆に言えば、『HSBが動く』ということは『相応のが訪れる』のとほぼ同義だった。


つまりは、理由こそいくつかあるが、キルカを取り巻く危険はいくつも在るというのにキルカは一人で勠研へと来てしまった。


その行動の代償はキルカにどういう形で降りかかったか。

その回答は勠研の商業区と呼ばれる区域にある一軒のカフェテラスにあった。


キルカは現在、テラス席のパラソルの下で不服そうな顔をしながらアイスティーに挿したストローをすすっていた。

パラソルが作った日陰の下だからか、被っていたキャスケットは机の上に置いている。

左腕の袖が少しだけ切れているものの、それ以外は身ぎれいなもので白いパーカーにも埃一つついていない。切れた袖から覗く肌も、少し色白気味だが傷一つ無く綺麗なものだった。


「……はあ」


「ん?どしたのキルカ。溜息なんか吐いちゃって」


「いや、なんでも。悪いのは俺だしさ……」


疲れたとも違うニュアンスで溜息を吐くキルカ。

その正面には一人の少女が座っていた。

その少女は今、満面の笑みでチョコサンデーを食べていた。


少女の名前はトアリアという。

黒目黒髪で、見た目の年齢はキルカと同じか少し低いくらい。

明るく良く通る声と、活力に満ち満ちた瞳は彼女の溌溂さを如実に表している。

短く切りそろえた癖っ毛交じりの髪型と人好きのする可愛らしい顔立ちも相まって、ぱっと見の印象は運動好きの元気な女の子という感じだ。


ただ、その服装は今の勠研では中々見ないようなものだった。

トアリアの着ているものは、黒いキャミソールの肩紐が無い形状、いわゆるチューブトップやベアトップと呼ばれるものに、太ももの中間程度の丈のジャマイカパンツ、その上から羽織った大きな猫耳のついた黒のファスナー付きパーカーの三つである。


ベアトップは丈が短めで、正面からは彼女の引き締まったお腹が窺える。

太腿のほうもパンツの丈が半ばまでしかなく、黒い服から伸びる白い肌がより映えていた。

パーカーの方は、トアリアの体格にしては大きめで袖口も膨らんだデザインの為、全体的にこんもりとした印象を受ける。

ファスナーは少しだけ閉められてこそいるものの、本当に申し訳程度のもので臍の下辺りまでしか閉められていない。


端的に言えば、トアリアの格好は露出が多すぎた。

夏であったなら、繁華街や海水浴場辺りを歩けば似た服装の者も居たかもしれない。

しかし、今は二月だ。真冬と比べれば大分寒さも緩んできたが、長袖が丁度良い位の気温である。

辛うじてパーカーのみは長袖ではあるものの、それ以外がTPOのTimeを大幅に間違えた服装は街中では、多くの好奇の目を向けられた。


そんな多くの目線を向けられるトアリアといえば──


「はむうむ。んー!おいしー♪」


「全くブレな……、というかメンタル強くない?もう少し恥ずかしいとか無いの?」


全く気にせずチョコサンデーをぱくついていた。


「無いわよ。フォールクヴァングじゃ四六時中上脱いでる人も居るし、何なら私の生まれ故郷じゃ水浴びの文化もあったしね。真昼間に裸で川とか泉で泳ぐの、さすがにいい年になってきたら男女別でするけど……、あたしまだ十四歳だし」


「上半身裸は大概脳筋か変態だけだし、こっちにはそんな文化ないし、十四歳はもう立派にいい年だし、まずそれ享年十四歳って意味でしょうが」


「そんな細かいことは気にしなーい」


キルカの言葉など気にせず、存分に目の前の甘味を満喫している。

指摘の悉くをいなされたキルカは、不貞腐れた表情をより濃くしながら背もたれに身を預けた。

そして不機嫌そうな顔のまま口を開く。


「──で、今日はどんな用で来たの?」


問い掛けを投げながら、相手を見定めるように目を細める。

瞳の色こそ変化していないものの、その視線は見つめた者を射竦めようとする威圧感が込められていた。もっとも、視線の先にいるトアリアには全く応えていない様だが。

それどころかトアリアは悪戯をした後の子供をに向けるような眼差しをキルカに向けながら言う。


「まったく、負けて悔しいのは分かるけどそんなに不貞腐れない!」


「うっせ」


「それにどんな用って、ヴァンも分かってるでしょう。元はといえばヴァンが勝手に行っちゃったのが悪いんだし」


「う゛っ」


トアリアの指摘に、キルカは何も言えずに目を逸らす。そのまま左腕の袖に目を移した。


「……だからって、奇襲することないでしょ」


切り裂かれた上着の袖を右手でつまみ、ひらひらと弄びながら呟く。その声は弱々しく、表情も正に怒られた子供の様だった。


(いつにも増して拗ねてるなあ……。そんなに服大事だったのかなあ?)


チョコサンデーを食べながら、トアリアはここに来る直前の出来事を思い出す。


トアリアは、黄金兵団第三師団長のスクルドからキルカの護衛を頼まれ遥々勠研まで来たはいいものの、HSBの統治もあり死ぬほど平和で早々に暇になった。

そんな中、無用心に路地裏を歩くキルカを見ていたトアリアは、退屈も手伝って少々の悪戯を抱いてしまった。


暗い路地裏、悪戯心の二つが揃えば後はもう簡単だった。


痛い目を見て身勝手のツケを払ってもらおうと、割とガチで気配を殺して斬りかかった。


護衛なのにそれはどうなんだろうという気持ちもあったが、フォールクヴァングではその位の物騒な事は日常だったし、何ならトアリアは初対面の時にキルカを刺したし(生身では無かったけど)。


姿を隠された時は見失いかけたが、五百年の付き合いだしいけるでしょと感でナイフを投げて追い詰めて。

目眩しこそ喰らったが、最終的にはトアリアがナイフを突き付けて組伏せたのだった。


しかし、そこまでは割といつも通りだし、ならば不機嫌の理由は袖を切り裂かれた方かと思いトアリアは口を開く。


「服の事はごめんよ。後で似た様なの買って弁償するから機嫌直して?あ、何ならこの後すぐ行く?」


「いや不機嫌の理由それじゃなくて……」


「あれ?じゃ何?」


意外そうな顔でトアリアが聞き返す。

するとキルカは不貞腐れた顔から、考え事をする様な眉間に皺の寄った顔になる。

しばらく黙った後、「いやいいよ」と軽く呟くと腕を組んで軽く座り直した。


そのキルカの様子にトアリアは首を傾げ、その行動の理由を考える。ちなみにこの時もまだチョコサンデーは食べ続けていた。

暫く悩み続けるトアリア。


「ん〜、他に思い当たる事なんて何も無いし……。あるとやっぱりすれば負けた事?でもまずヴァンが勝った事自体ないしー……」


そう呟きながらトアリアがキルカの方に目を向けると、キルカは先ほどにも増して不満気というか陰鬱というか、そういうネガティヴなニュアンスの表情を浮かべていた。

トアリアはしばらくの間、その様子をじっと見ていた。行儀悪くスプーンを振りながら表情の意味を考えること数十秒、はっとしたように目を開き笑顔を浮かべる。

そのトアリアの笑みは、パーカーのデザインの通り猫の様でもあった。


「……負けた」


「っ!」


キルカの肩が少しだけ跳ねた。

トアリアはニィーっと口角を上げ、更に楽しそうな顔になる。


「逃げ損ねて」


「……」


「魔法を外してぇ」


「……プ」


「組み伏せられて負け──」


「だああーーストップストォップ!!!」


耐えかねた様に、キルカが声を上げる。目を瞑り耳を塞いで頭を振り、全力で〝聞きたくない"という意思を表現していた。

その姿に、トアリアはご満悦な様子で笑い声を上げた。


「あははは!!なあんだ、そんなことかあ。気にし過ぎだって、いっつも負けてるんだし今更よ」


「いつもはあんな負け方してないよ!もう少しマシだよ!」


軽い調子で言うトアリアに、開き直ったキルカが身を乗り出してさらに声を荒げた。

かと思うと、また直ぐに元気を無くし机に突っ伏す。その目尻には涙が浮かんでいた。


「あーはいはいそーですよー酷い負け方して悔しくていつにも増して拗ねてんだよー悪いかこの女郎」


「いや別に悪くないけど、そんなに気にしてるならもういっせ──」


「いやいいよ、これ以上傷口を広げるな」


トアリアの声を遮ってキルカが言う。「はぁぁぁ……」とやけに長い溜息を吐いた後、行儀悪く机に伏せた体勢のままトアリアを見やって話を戻した。


「で、改めて聞くけどトアは何でこっち来たのさ?」


「そんなの分かってるでしょ」


「一応だよ一応。あとこれは俺のが悪いからバツが悪い」


「自業自得だなあ」


呆れた調子でそう言いながら、トアリアはチョコサンデーを頬張る。


「もぐもぐ……、えっとねえまず一つはヴァンの護衛でしょ。あと一つはミストさんからの伝言を伝えに来たの」


「ミストから……、このタイミングなら勠研か魔女関係?」


「んー、どっちかっていうと勠研関係……になるのかな?」


顎に指を当てながら、トアリアが首を傾げる。

その様子に訝しみながらも、キルカは無言で続きを促す。


「確かここにメモがー」と言いながらパーカーの袖に手を突っ込んでゴソゴソとするトアリア。衣擦れの音に交じって何やらカチャカチャと金属音が聞こえるがキルカは気に留めない。


「あー、あったあっ──」


メモを見つけたらしく袖から手を引き抜こうとした瞬間、トアリアの顔が固まる。

手を引き抜かず下に移動させ、そのままゆっくりと蹲った。


「ト、トア?どうした?」


突然のことに、キルカは心配の声をかける。


「……かが」


「ん?なんて言ったの?」


「お、お腹がぁ…いた、い……」


「は?」


苦しそうな声でトアリアは続ける。


「お腹が、ほんとヤバイ……腸が、すっごい…暴れてる。ヴァンん…助けてぇ……」


「バッッカかお前!?こんな時期にそんな恰好してサンデーなんか食うからだろ!」


先ほどまで自分が招いた状況が原因で拗ねていたキルカが言えることでも無いが、あんまりにあんまりな状況に思わずきついツッコミを入れる。


死せる戦士たち(エインヘリャル)の体なら、いけるかなって……。お願いぃ、お腹あっためてぇ…」


「の前にトイレ行ってこい!!そんで前を閉めろ!!」


「で、でも……、サンデーをこのまま、ここに置いといたら……溶けちゃうし…」


「冷やしといてやるからさっさと行け!!」


「う、ありがと……」


礼を言うとトアリアは席を立つ。

去り際に「あ、これだけ……」と言って半分に折った小さなメモ書きを机に置くと、静かに店内へと歩いて行った。足音は勿論気配も消して歩いているが、トアリアの前職(のようなもの)を考えれば寧ろそっちの方が楽なのだろう。


「まったく何やってるのさ……。死せる戦士たち(エインヘリャル)っていったって元は人間でしょうに」


呟きながら、対面の席に置かれたサンデーの容器に指を向ける。半分くらい残っているアイスを冷やし過ぎないように、かつ溶けないように気を付けながら保冷する。

放っておいても効果が持続するように式を組み上げてから、トアリアが置いて行ったメモを手に取る。

形に残るやり方で伝える以上特に伏すべき情報では無いのだろうが、わざわざ伝言を頼むというのは少し気になる。

少しだけの好奇心を滲ませながら、メモを開く。


メモに書かれていたのは『1年6組』という学年と、漢字で書かれたフルネームが一つ。


それ以外は何も書かれておらず、軽く見た限りでは暗号や仕掛けなども無し。

これだけでは何のことか分からないが、先ほどトアリアは首を傾げながらも『勠研関係』といっていた。

それに時期が時期だ。きっとこれが学園でキルカが使う予定の名前なのだろう。

『入学や潜伏に必要な書類や経費は、ある程度はHSBと神議会が用意します』真宮は言っていた。確かに入学手続書等も『必要な書類』に入るだろうが──


「まさか、またこの名前を見ることになるとはさ……」


これは絶対に真宮かクレキの仕業だな、と内心キルカは呟く。


(別にこの名前に抵抗がある訳じゃないけど……)


少しだけ複雑な気持ちになりながらメモに書かれた名前を見つめる。

今から真宮に文句を言いに行ってもどうせ言いくるめられるのがオチだろうし、特段気にするようなことでも無い。

昼の席で言わなかったのもアイラが居たからだろうし、特に支障や問題といったことも起きていない。


ただ、ただ少し。


本当に少しだけ懐かしさというか寂しさというか。


キルカはそういったノスタルジックな気持ちになりながら頬杖を突き、トアリアの帰りを待っていた。

ライトノベルが好きで少しだけ読むのですが、キャラクターが動き始める前の導入の文章が割と好きです。

なので入れてみたらクッソ長くなりました。加減って大切ですね。




※以下変な文


物語序盤&こんだけ文字数書いてもあんまり進まない&二か月以上投稿しなかった手前アレですが、これから約一年程私生活が修羅になります。特に六月辺りまでがほんとに地獄です。

合間を縫って少しずつ書くつもりではありますが、一話一話の投稿間隔は確実に二か月を超えるかと思います。

ただ、五話(前書きを含めれば六話)坊主にするつもりはないので、「そいやこんな変なのいたな」と思ってたっっっっまーに思い出していただければ幸いです。

ユニークアクセス71人で自意識過剰かもしれませんが、どうぞ気長に宜しくお願い致します。

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