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22.ホワイトクリスマス

 衣装を着替えてレストランへ向かおうとしていた奈美恵のところに小林が飛んで来た。

「姉さん、大変だ!おやじさんが襲われた!」

「なんですって!」

 奈美恵はすぐに部屋を飛び出した。

「姉さん、ちょっと待って…」

小林が止めようとしたが奈美恵はそれを振り切って出て行った。その様子を目にした俊彦が奈美恵の前に立ち塞がった。

「そんなに慌ててどうしたんだ?」

「巌ちゃんが撃たれたって!」

「バカな!」

 俊彦は後を追ってきた小林に目を向けた。状況を確認しようと。そこへ、水島と萩原がやって来た。


 若田部が中山に握手を求めようと手を差し伸べた瞬間、血相を変えた向井が中山の腕を掴んで引き摺り倒した。その後を追うようにやって来た権藤が拳銃を手にしている。一瞬でロビーが騒然とした。若田部は向井の頭を思いっきり殴って天を仰いだ。それを見た権藤はあ然として立ち竦んでいる。

「お前さんまで何をやっているんだ!その物騒なものを早く仕舞わんか!」

 権藤はハッとして拳銃を仕舞った。


 中山たちが去った後、二人に事情を説明した若田部は二人の、特に向井の早とちりで、めでたい席に泥を塗ったとカンカンになって怒った。若田部は奈美恵に合わす顔が無いとパーティーには行かず、部屋に戻った。


 控室では小林が奈美恵に土下座していた。向井たちと一緒にパーティーへ出席するためにやって来た水島と萩原に事情を聞かされたところで、小林は自分の早とちりを詫びているところだった。

「まったく!そそっかしいにもほどがある」

「いや、だから、全部話す前に姉さんが…」

「だって、あんな風に慌てて入って来るなり巌ちゃんが襲われたって言うんだもの」

「だけど、奈美恵もさっき俺に会長が撃たれたって言ったじゃないか」

「襲われたって聞いたら、そう思っちゃうわよ」

 そんな状況を見かねて水島が割って入った。

「まあ、勘違いだったんだからいいじゃないですか。こんなにめでたい時に喧嘩なんてしないでください」

 それもそうだ。みんな気を取り直してパーティー会場のレストランへ向かった。矢部が腕を振るった料理を無駄にしたら申し訳ない。

 俊彦と奈美恵は改めて控室に入った。俊彦は同じ黒でも先ほどより華やかなデザインのタキシードに着替えている。奈美恵はワインレッドのイヴニングドレスだ。二人とも既に支度は整っているので、俊彦も奈美恵の控室で一緒に待つことにした。

「わあ!雪が降って来たわよ」

 薄暗くなり始めた窓の外にはホテルのライトに照らされた雪が夢とも現実ともつかない空気を作り出していた。けれど、奈美恵にははっきりと理解できる。これは現実のことなのだと。


 帰りの電車で健二と奈美は温かい缶コーヒーをすすりながら奈美恵の結婚式のことを思い出していた。本当に身内だけの結婚式だった。参列していたのは奈美恵の母親と若田部会長、あの運転手、それにホテルの関係者くらいだった。

「綺麗だったわね…」

 奈美が言った。そして、さらに続けた。

「ねえ、初めて私に会った日のこと覚えてる?」

「ああ」

「私の名前を聞いたときのあなたの顔を今でも覚えているわ。彼女の名前、奈美恵さんっていうのね。あの日、私を抱いたのは彼女の代わりだったのかしら?」

「あの時は確かにそうだったかもしれない」

「まあ!正直なのね。例えそうだったとしても私は奈美って名前で良かったと思ったわ。彼女の代わりだったとしてもあなたに抱いてもらってうれしかったもの」

「俺たちも式を挙げよう」

「本当に!うれしい」

 奈美は健二に抱きついてキスをした。健二も奈美の唇を味わった。

 電車の中で健二と奈美は思い出したように若田部からもらった包みを開けてみた。車代だから今夜の夕食の足しになればいいと思っていた。中には手紙が添えられていた。

『お幸せに』そう一言だけ綴られていた。入っていたのは現金ではなく、小切手だった。二人は何度も“0”の数を数えた。何度数えてもそこに書かれてある金額は“¥10,000,000-” だった。


 準備が整ったと知らせてくれたのは矢部だった。ここから先は矢部もパーティーの出席者となる。そんな矢部が奈美恵にこっそり耳打ちをした。

「トシさん、先に行っててくださいな。私は忘れ物を取りに行ってきます」

「分かった。今日はみんな奈美恵を見に来ているんだ。あまり遅れるんじゃないぞ」

「はい!」

 いつもの笑顔に俊彦も笑って頷いた。


 若田部の部屋の前には向井と権藤が正座をして頭を下げていた。若田部は一向に出て来る様子がない。向井も権藤も困り果てていた。人目に付くところでいつまでもこんなことをしているわけにはいかない。

「二人とも何をしているんですか?おじいちゃん一人連れだせないなんて!まったく」

「あ!」

 向井と権藤はあ然とした。花嫁が直々に迎えに来たのだ。そんな二人には目もくれず、奈美恵はドアを思いっきり叩きながら叫んだ。

「巌ちゃん!早く出てこないともう遊んであげませんよ」

 すぐにドアが開いた。

「奈美恵さん!」

「早く行きましょう!みなさんお待ちかねですよ」

 奈美恵はそう言って若田部の腕に自分の腕を絡ませた。


 パーティー会場では先に俊彦だけが席に着いていた。

「社長、奈美恵さんはどうしたんですか」

 水島がこっそり耳打ちをするように聞いてきた。

「ちょっと忘れ物をしたんだとさ」

「忘れ物ですか?」

「大体見当はついているけどな」

 俊彦が思った通り、すぐに奈美恵は戻って来た。忘れ物をしっかり捕まえて。

 奈美恵が入って来ると、司会者がライトを当てるように合図して彼女を紹介した。

「花嫁の登場です。皆さん、拍手を!」

 出席者が一斉に拍手をしながら奈美恵を見る。しかし、その瞬間、目をこすった。横に居るのは新郎の俊彦ではなく、どう見ても父親以上歳の離れたおじいちゃんだったからだ。それが若田部だと分かると、場内が急にどよめきだした。

「あれ?神父はいつの間にあんなに年を取ったんだ?」

 などの冗談交じりの野次が飛んだ。もちろんこんな野次を飛ばせるのは権藤くらいしかいない。若田部は新郎の席まで奈美恵に連れられてくると、照れくさそうに司会者のマイクを借りて一連の騒動について出席者に詫びると、深く頭を下げた。そして最後に二人のために祝辞を述べた。

「私は今日のこの日が来るのを11年間待ち望んでいた。これからの私の人生は二人のために捧げよう」

 若田部の熱のこもったスピーチに会場にいた全員が立ち上がって拍手をした。

席に戻った俊彦は奈美恵にウインクしながらこう言った。

「いちばんオイシイところを持って行かれたな」

「巌ちゃんじゃしょうがないわ」

 そう言って微笑む奈美恵の笑顔は今までに見せてくれたどの笑顔よりも最高に輝いていた。



 パーティーの後、俊彦と奈美恵は部屋の窓から外の雪景色を眺めていた。雪はまだ降り続いている。幸せな空気に包まれていると、雪景色もこんなに温かく感じられるのだ。

 奈美恵は俊彦の横顔を眺めた。遠くを見つめる俊彦の横顔を。

「トシさん…。今年もホワイトクリスマスですね」

 微笑を浮かべてそう言うと、奈美恵はそっと目を閉じた。







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