13 to Epilogue 復興
「カノン様がそうおっしゃるなら、それがよいのでしょうね」
「ええ、ニコラ様。あなた様がなさってくださったことで十分ですわ」
「まったく嬢ちゃんも人がええのう。しかしワシらが大好きな嬢ちゃんはそうでなくっちゃな」
「うふふ、ありがとう村長さん。そしてニコラ様、本当にお疲れ様でした」
あの王都の惨劇から数日たったある日、ようやくカノンの疲労も癒え、店もしばらく休日をとっていたため、カノンはすっかり元気を取り戻していた。
あの魔物との戦いのあとに起きた、カノンが気を失っていた合間の顛末をニコラから聞き、カノンとニコラは自分たちの立場を如何なるものにしようかという相談をしているところであった。
カノンとしては、これ以上王家ひいては王都に関与することは望まないし、一切の依頼も受け付けない構えであった。しかし、王都周辺の都市部や点在する各街や村に向けた結界を展開することについては王政と協定を結ぶことにした。カノンが消費する魔力に対しても王政が最大の援助をすることを約束させ、さらに当面の金銭的な補助も取りつけた。
そして、カノンの行動に対して一切の干渉をしないことも誓約させた。これにより、カノンが自由に活動できるだけでなく、カノンの守護役となっているニコラの行動についても、王政からの制約は一切なくなったと同義であった。
「わたくしはなんということをしようとしてしまっていたのでしょう」
「仕方ありません。人間、極限状態ではなにをするか分からないものです」
あの時、カノンは身を投げようとした。すべてに絶望し、生きていることすら苦しいと感じてしまったあの瞬間、取り返しのつかない過ちを犯しそうになっていた。
しかしニコラが間一髪のところでそれを止めた。二度もカノンの命を救ったのだ。それはまるで、彼女の命の燈火をそっと包み込んで護っているかのように。
「わたくしの心はもうニコラ様に預けました」
「これは大役ですな。確かにお受けいたしましたぞ」
「おやおや、それじゃ盛大に式を挙げるとするかの!」
「まぁ村長さん、気が早いですわ」
カノンのダイニングはいつも大勢の人で賑わい、温かい仲間が集まり、そして頼もしい勇者が守ってくれる。そんな穏やかで力強い空間が、この新しい森の中の小さな集落、のちに『モッツァレラの村』と呼ばれる場所へと育まれていくのだった。
一方の王都はというと、王宮北の街全体の復興作業の真っ最中であった。
大飯ぐらいでただただ眩しいだけの『煌びやか』で『輝かしい』結界を張る中聖女セリーヌは牢に投獄された。結界の手入れを怠り、自らの成長からも逃げ、華やかな聖女として保身に走るだけの害悪な存在はこの世から排除された。しかし王政としても、いつまでもカノンの遠隔結界に頼るわけにはいかず、それもゲオルクの弟である三男が成長するまでの繋ぎに過ぎない。そのため、次世代の育成へ急ピッチで取り掛かることにしたのだった。
「ゲオルク様はおるか」
「あ、こりゃニコラ様、いつもご苦労さんです。ええ、ゲオルク様でしたらあちらの作業場におられますぜ」
ニコラはたびたび王都を訪れ、復興作業の手伝いをしたり、揺れる王家の跡取りに関する手配などの相談役としても重宝されていた。
それもそのはず、現状は次のごときものであった。
「おお、ゲオルク様、精が出ますな」
「やぁニコラじゃないか。いやいや『様』はやめてくれ。今の俺はただの作業員だからな」
そう、いまやゲオルクは自ら王家を離れ、贖罪と懺悔の日々を送るべく、街の復興作業で汗をかく毎日であった。その後、ニコラの仲介によってカノンへの謝罪と報償の件はまとまってはいたが、カノンからの強い要望は「民のために額に汗して働くこと」であった。カノン自身は特に具体的な案を述べてはいなかったものの、ニコラの助言もあり、ゲオルクは自ら地に足をつけて復興作業に従事することを望んだ。
周囲には「そこまでする必要はない」「かえって示しがつかない」などと訳の分からぬことを言う官僚もいたが、それは自分たちの利権を守るための保身に過ぎなかった。それを知ってか知らずか、ゲオルクは周りの声に一切耳を貸さず、みずから現場へと赴いたのだった。
「不器用だからな」
そう静かに語るゲオルクの背中は、どこか寂しげであった。今はこれでいい、そうでなくてはならんのだと、自らを鼓舞するゲオルクであった。
「弟が継ぐってよ」
「そうですか。ゲオルク様、安心して働けますな」
ゲオルクとニコラは、部下に差し出された茶を啜りながら、秋晴れの空をどちらからともなく見上げる。
少し間をおいて、ゲオルクはまた語り出した。
「これでいいんだよな」
「ええ、それでいいのだと思います」
瓦礫の石の上に座る二人は穏やかな顔を向け合い、そして二人とも微かに笑みを浮かべた。
「ニコラ」
「なんでございましょう」
不意に改めて名前を呼ばれたニコラは、瞼を微かに見開き、そしてまた目を細めてゲオルクの瞳を見つめ返した。
「いつかまた、剣を交えたいな」
「おお、受けて立ちますぞ。そのためにも、私も力仕事を手伝いましょうかな」
「ははは、やってみるといいものだ。働いた後の飯も美味いしな。……ここにいる霊たちにも謝り続けてやっていくさ」
そう言ってゲオルクは作業へと戻っていった。ニコラへ最後に見せた横顔は、確かに微笑んでいた。顔を汚し、汗臭いシャツを身に纏ったその姿に、かつての王子の片鱗はどこにもなかったが、そこには一人の改心した男の凛とした姿があった。
「ニコラ様、わたくし幸せです」
「カノン様、私もであります」
二人はささやかに、そしてごくごく静かに、カノンの営むダイニングがある豊かな森『モッツァレラの森』にて小さな結婚式を挙げた。大勢の人々に見守られながら、二人は未来への誓いを立てるのであった。




