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 シイカは先生に呼び出され、少し怒られ、そして心配された。


 皆には竜廓島にいたと伝えた。


 心配の声もあったが、城内へ行ったか、南風島や南風二島へは行かなかったのか、などの声も多かった。


 城内へは、それなりの人間でなければ入れない。北風島も西や東、南と比べれば栄えているが、竜廓島の中の大金持ちと比べれば、まったく及ばないものだ。


 城内は広いが、住み心地は悪そうだと思った。建物同士の間隔がせまく、大人が皆、厳しい表情をしていた。


 一ヶ月が経った。いつも通りの時間がただすぎた。


 学校へ行き、授業を聞いて、時々運動して、本を読み、一人でご飯を食べ、眠る。


 考えなきゃな、と考え、何も考えることなく日々はすぎた。


 僕らしくないと自分でも思う。いいかげんだ。でもどう考え、何を決め、悩めばいいのか浮かばなかった。


 多分、僕はもう待っている。


 真結さんの言うことは理解できたつもりだ。それが僕の背中を押す理由になるということもわかった。どういう理由で真結さんが自分にそれを話しているのかも。


 それらに、自分は心を動かされただろうか。


 多分、すっきりとしただけだと思う。心は動かなかったはずだ。多分、僕はもう知っていたんだ。それを真結さんが言葉にして、僕に言っただけなんだ。だから、僕は変わらなかったし、悩まなかったんだと思う。


 日々の中で変わったことが一つだけあった。


 家の中で、練成で色々と作った。無駄に箸や皿、鍋が台所に増えた。


 少なくとも、僕はこの国のために何かやろうとは思わない。


 かと言って、そう、久光さんの言うような、壊したいとか滅ぼしたいなんていう気持ちもあんまりない。でも、僕がミラモぐらい強大な力を持った朗読者だったら、そういう気持ちが強まるかもしれないとも思うので、まったくない、とは言い切れない。


 怖くなるほど何もない一ヶ月だった。


 でも、今までの日々と変わりはない。


 明日も今日と同じ日。昨日と同じ日。ミラモもトルストさんもいない。好きな本はある。まだ、読んでいない本だってある。


 朗読者になったことが、そこまで僕を変えてしまったとでも言うのか。これまでの日々の意味を変えてしまったとでも言うのか。


 今まで通り生きていくこともできるのは確か。その選択が生まれたこと自体、僕にとっては新しいことだ。少なくとも、これから先のことは変わった。選べる未来が変わった。


 だから、過去も変わってしまったのだろうか。


 もう何もないという存在が、胸の中を埋め尽くそうとしている。明日も一人。今日も一人。昨日も一人。


 朗読者であることを隠しながら、生きる。


 死んでしまったミラモのことを思い出しながら。世話をしてくれたトルストさんの無事を祈りながら。


 国の人間として?


 南部との格差に目をつぶりながら。親に売られそうになったことを時々思い出しながら。


 そうやってこれから生きていく。


 そうやって、僕はいつか死んでしまう。簡単に想像することができる。地続きの未来が今日にまで伸びてきている。


 それが、過去にまで手を伸ばす。


 これから先も何もないという想像が、もう自分では疑いようもないほどに実感を与えてくる。


 既に空白という存在は、確かな重さを持ってしまっている。


 だから、僕は怖い。いきなり、トルストさんが死んだ、なんてこの島で聞きたくない。


 胸の中。底の底の、奥の方に似たものがたくさんある。大量の空白の中に時々、混じっているもの。違うから、よく見分けがつくんだ。失くしたりしない。


 多分、僕が一番怖いのは、その大事なものがあまりに少ないということだ。


 先生が言うには、トルストさんとは連絡がとれないらしい。もしかすると、自分がいなくなったことは知らないのかもしれない。


 トルストさんにはトルストさんの人生がある。強がりじゃなく、それは本気でそう思った。


 それがどこにあるのかまではわからない。


 トルストさんは、この国に仕える朗読者だ。ちゃんとした大人の人だ。


 来年やっと十五になる僕なんかじゃ測り知ることのできない、しっかりとした大人だ。


 僕にとってだけ大事なことかもしれない。だからトルストさんには、言うつもりはない。手段もないから、ちょうど良かった。


 この根島国の人間が、この国以外で朗読者として生きたら、それは罪になる。間違いなく命を狙われる。


 八月の二十日。気温は少し下がり、雨がさらに増え、雲には厚みが出ていた。


 日が落ちかけても空は赤く染まらない。


 暗いわりに辺りが良く見え、気付くと何も見えなくなっている。


 よく知っている道でも知らない道でも、そこにいたはずだという気持ちだけが宙に浮いたような感じになる。だが、シイカがいるのは墓地だった。


 道は細く、墓石は大きく見える。そこを去る時はいつも、たとえ昼であっても、来る時とは何か違う気持ちになるのである。


 多分、そこに眠る人間の思い出が、変わらずにとても懐かしい気持ちにさせるから、自分がどこにいるのかわからなくなることはないのだろう。


「ミラモ、僕は鉈欧へ行くよ。朗読者として、これから生きていく。そしていずれ、南部をどうにかする。トルストおじさんには悪いと思う。でも、あんなのはもうたくさんだ」


 墓石に向かって、シイカは言った。


 そして、薄闇の中を歩き出した。


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