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コーヒーの香りに包まれて眠る。
七月十六日の朝。
昼と夜の生活が、完全に逆になっている。
トルスト以外は二人で一部屋を使っていた。初めはそれぞれに部屋が用意されていたのだが、襲撃に対することが考えられたため、ベッドだけを移し、そうした。
香りは館の中だけでなく、外からもだった。同じコーヒーのものだと思うが、少し違っていた。街の匂いが含まれているのである。
壬海の、少なくともこの比酎では、茶などよりもコーヒーの方が一般的だった。だから、街の中にあるのは茶屋でなく、コーヒー屋だった。豆を売るのではなく、コーヒー自体を飲ませるのである。店は早朝からやっている。その香りが少し遅れてここまで上がってくるのである。
二階。窓に薄い布を張り、少し暗くした部屋でトルストは眠った。
なんとなく意識はある気がする。
ほとんど一瞬のような気もした。だが、目を開けると時計は十二時をすぎている。
外からではよくわからないが、館は内側で分かれている。全部で八つ。
トルストがいるのは街の方へ面している一号館で、それなりに人の通りがある。通るのは仕えている者たちで、王族たちではない。彼らはもっと西側の方に住んでいる。一号館には食事をする場所などがあり、生活することは容易であった。トルストの部屋のすぐ隣りは、仕えている者たちの部屋である。十人前後で一つの部屋を使い、それがいくつか並んでいる。
トルストは部屋を出た。
階段を降りている途中で、一人が自分を見上げ、声を掛けてきた。まだ若い男。
「これから、食堂へ行く。そこで話を聞こう」
男は首を縦に振り、はい、と短く言った。階段を降りると、すぐに料理の匂いがした。
人の数が多い。昼飯時はいつもこんな感じだった。館の人間であれば、飯を食べるのに金はいらない。また、許可を得て入館した者も同様である。置かれた料理を好きなだけ皿に盛り、席に着き、それぞれが好きにやるのである。
二人は料理を取り、向かい合って座った。空の下である。席の三分の二は、そうやって外に出されている。壬海は夏でもほとんど雨が降らないので、こういったことができた。
皆、誰かと談笑していて、一人で食べている者は少ない。心に余裕がある。
領土、金、資源、飲み水、独自の文化、羅亜南から入ってくる鉄。塑山と比べれば、強いとは言えないが、壬海は簡単には揺らがない。他の国がどうなろうとも、壬海一つあれば、民が生活できるだけのものがある。
朗読者の流出さえなければ、根島国ももっと積極的に羅亜南と貿易ができるはずなのだが。
「無理せず、箸を使え。どうせ、誰も見てはいない」
ナイフの扱いに困っている男に、トルストはそう言った。男は苦笑いを浮かべながら、練成で二本の箸を作り出す。トルストは目線を下げ、よく焼けた鳥の肉にナイフを入れた。
「食べてから、話を聞こうか。どうせ、新しい仕事だろう」
男は、手の平ほどの大きさの卵と薄く削がれた肉を一緒に焼いたものに、喰らいついていた。それを箸で押さえ、引きちぎるとようやく、はいそうです、と答えた。
トルストはナイフで切った一口大の肉を、フォークで口へ運ぶ。
同じ空の下、食器とトルストの薬指の指輪が似たような感じで光を返した。
傷が多いせいか。材質の違いか。指輪の返す光は丸くてやわらかい。




