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 一人の朗読者の後ろ姿が遠ざかっていく。


 もう一人は、トルストさんの言っていた、短絡的で無茶苦茶なことを言う女の朗読者。自分のそばに立っている。


 王族とその世話係。


 おそらく、近づいてくるだろう、とトルストさんは言った。

 それだけを言った。そして自分の元から、いなくなった。


 新しい仕事で、壬海へ行くことになった。しばらくは会えないだろう。一年か、二年か。


「突然連れ出してごめんね、シイカ君。また乗せていくけど、学校でいいかな」


「いえ、ちょうど家に帰るところだったので。でも、少し買い物があるので、港のそばで降ろしてくれると助かります」


 この久光と名乗る女の朗読者に、自分は半分さらわれる恰好でここへ来た。


 学校が終わって、付属の図書館へ寄って、買い物をして帰ろうと正門を出たところで、空からリムが現れた。顔も胴もなく、もう翼と言ってしまってもいいかもしれない。その翼の上に女の人が立っていて、とりあえず乗れと言うのであった。


 体が勝手に動いた。

 後ろに二、三歩下がった。すると、リムに足が生えて、自分の腕をつかんだ。


 それで、僕はもう抵抗することをあきらめた。恐ろしく思ったからだ。

 終始、この人は笑っていたが、それも含めて怖いと思った。


 何より、見たこともない朗読者が現れたのだ。最初は国の人間かと思ったが、やはり、何か違うと体が感じたようだった。


「よし、じゃあ乗って」


 久光がリムを呼び出す。また、ほとんど翼だけのリム。立てるところが、本当に足四つ分ぐらいしかない。来る時もこうだった。


 でも、この人は朗読者だ。新世界に最も近い人間は、朗読者だ。他の、どんなに物事を知っている人間より可能性がある。


 シイカは翼につかまって、リムをよじ登る。久光が、翼の真ん中辺りに足をおもいきり乗せて、胴の方へ歩いてくる。折れてしまわないかとシイカは不安になった。


「じゃあ、ちゃんとつかまっててね」


 久光がそう言った時、リムは既に宙に浮いていた。


「僕は、本当に新世界へ行ってみたいんです」


 別れ際、シイカは見上げながらそう言う。


「どうやって?」


「まだ、方法はわかりません」


「そうだよね」


「真結さんたちは、いつもどこにいるんですか」


「三の丸だっけ。あの近くかな」


「城の敷地内ですか」


「そうだね。なんか、塀とかあったじゃん。あの向こう」


 リムが、音を立てて羽ばたいた。そして、高度を上げる。またね、という声が聞こえた。


 ずいぶん、大きな声だなとシイカは思った。深く頭を下げる。真っ白な光が海から返ってくる。


 たれ下がった前髪を払う。


 木の板が敷き詰められた港。横に広い橋のようなものである。歩き進むと、木の板はすぐに角ばった石に変わった。


「あ、ねえ。解放したリムとかって、新世界に飛んでいくのかな」


 驚きながら、シイカはぐるりと首を回した。


 真っ逆さまの久光の顔が、シイカの目の前にあった。


 久光の足。少し、目線を上げる。シイカは驚き、口を開けていた。息が止まっている。リムが飛んでいる。久光の足は、小さな胴にリムの金属で固定されている。


 羽ばたく音がする。


「あの」


「ほら、言ってたじゃん。新世界へ行く方法。解放したこれについていけば、新世界に行けるんじゃないかと思って。それだけ。じゃ、またね」


 解放したリムに、ついていく?


 シイカは何か言おうとしている。だがもう、離れたところを見ていた。


 久光を乗せたリムが遠くなる。



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