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鍋を火からよける。
シイカは鍋から杓を使い、汁と形のくずれた米をすくった。一人分だ。器に盛るほどの量もない。
久光の言ったこと。
ミラモが言っていたこと。
合わせて考え、思い出す。
解放されたリムは新世界へ還る。
どうやってそれについていくのか。
そもそも、新世界のどこへ還る。どこから来ている。
ミラモは全部、新世界から呼び出していると言っていた。
だが、その時点でおかしいと思ったのをシイカは覚えている。
ほとんどミラモは自分の記憶、一広高士に関することを言わなかったが、どんな場所なのか、何があるのか、そして、どれほど異質な世界なのかは語ってくれた。
だが、そのどこにもリムはいないし、リムの金属もないのだ。
考えられる場所。それは水中か土中か。空の彼方か。
ミラモの話した内容だけではない。新世界に関する本は珍しく高価であるが、それなりに数はあるのである。学校の図書館に普通に並べられている。
大きく分けて六つ大陸がある。そのどこにもリムの金属らしいものはなく、それどころか、新世界の住人はその存在すら知らないらしいのだ。
だとすれば、本当に人の目につくことのない、秘境の地を想像するしかない。もしくは、リムの金属は新世界にはないか。
肝心なところを確認できなかったが、久光の言い方は、少なくともリムの金属は新世界にあるということを前提にした言い方だった。
どこにあるのか。
できれば、そこまで聞きたかった。
まだ鍋には半分ほど雑炊が残っている。だが、シイカの腹はふくれている。減らない雑炊を見て、シイカは気付いた。
二人分、米を入れていたらしい。
忘れていた。
トルストおじさんは壬海へ行ったのだ。だが別に今日、共に夕食を囲む約束をしたわけではない。
鍋に残ったものを全て器に移し、その上に皿をかぶせた。
シイカは自室のある二階へ上がった。
本を何冊か手に取り、またすぐに降りてくる。二階に花型のリムは置いていない。
これからは買わなくてはならない。
練成で寿命を延ばしてくれる朗読者はいないのだ。いや、いっそ、ろうそくの火の灯かりでもいいか。字を読むにはそれで事足りる。
本の側面上部を、じっと見る。透明に近い白色の小さな虫が一匹。
シイカは伸びた爪をそっと添えた。這うように逃げ始める虫を後ろからすくい上げる。
消えた火の上に落とした。
灰にまじってもう見えなくなった。目をこらそうとは思わない。
シイカは本を開く。新世界の古い歴史について書かれている。
合言葉のごとく何度も出てくる言葉があった。過去と現在は勝者のもの。未来は、次の勝者のもの。どの国も一度は繁栄するが必ず衰退し、滅ぶのである。
家にある本は、そういう巨視的な視点で書かれた本が多かった。政治が絡んでいる。
次の勝者は根島国であると言いたいわけだ。
星老、壬海は衰退した大国で、現時点での勝者は塑山であるとも書かれている。根島国で手に入るものは、そういうものばかりだったが、ミラモが塑山で手に入れたものには、文化や生活に密着した内容について書かれたものがいくつかあった。
話す言葉がほんの少し違うだけで、文字になってしまえばもう、他四国どこの国のものかわからなくなる。
異なる意味になってしまった単語もそれなりにあるが、すぐに他の国へ広まるため、根島国の人間からすれば、全て大陸の人間の言葉となるのである。
あまり期待を持たないように、シイカは自分に言い聞かせていた。新世界へ行けたとしても、ミラモが生き返るわけではない。でも、錯覚しそうになる。新世界へ行きたいと思うのは、ミラモが記憶していた一広高士という老人がいるからである。
それは、ミラモの記憶の一部ではあるが、ミラモではない。当たり前のことだ。
そうか、僕はミラモの分を用意したのか。
わからない。
自分がよくわからない。立ち直ってなんていない。
でも、普通でいることはできる。学校でも笑うことはできる。
皆、親は金持ちだが、自分はミラモの弟ということで、うらやましがられることもあった。きっと、親からも良いようなことばかりを聞いているのだろう。
本当のことが皆に伝わってしまうのではないか。いつもその恐怖はあった。これからもそれは続く。元々、南風島にいた。それはいい。
皆は自分がミラモと血がつながっていると思っている。
ミラモやトルストおじさん、そして国が動き、あれはなかったことにしたのだ。
朗読者の子供を他国に売る行為は、国に対する反逆であるとみなされ、死罪となるのである。
二人は死んだ。
僕は朗読者ではなかった。そして、シイカという名でもなかった。アキシアルという姓でもなかった。
ミラモが、僕を新しくしてくれた。
横倒しの状態で積まれた本が、いくつか小さな山を作っている。
開いていた本を、その上に重ねて置いた。
下の本の側面に触れた親指の腹に、灰がこびりついた。気付かないうちに舞っているのだろう。
無造作に、ミラモがいつもやっていたように、シイカは履き物にそれを拭りつけた。




