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二十五話

 その日は珍しく、雲一つないそれでも日の薄い空だった。

 風化で劣化したアスファルトの上で、それを軋ませる二つのキロタイプエクゾスレイヴが容赦なくぶつかり合う。

 一方は黒で、もう一方は白の、二つは混じり合うように身体を叩きつけあった。

 弐部が、しゅっ、と口で一吹きする独特な呼吸法を用い、幾多の掴みかかろうとする腕を外へ外へと弾く。自分は間間に効果的な頭へのブローを繰り出し、そのほとんどは幾多のバイザーを捉えて、幾多は二の足を踏んだ。

 幾多は状況が悪いとみるや否や、方法を変える。右手でナイフを抜き放ち、それを縦横無尽に振り回す。

 しかし弐部はこれを見るや軽いフットワークを刻み、いとも簡単に躱す。縦の振りには横へのステップ、横の振りには小さく後退して上半身を逸らした。

 ついには振りぬいた右腕を弐部に捕まえられる。伸ばした肘を押し出すように関節を決められ、身動きができずに幾多はもがく。

 そのまま弐部は合気道の要領で幾多を簡単に投げた。

 幾多は投げられるままに転がり、それでもナイフを握りしめてうつ伏せとなった。

「歯ごたえすらないな。その程度で媒介者を救うなどという妄言、片腹痛い」

「ちくしょう、見えているのに身体が追い付かねえ。何でだよ」

「それが鍛錬の差というものだ、未熟者」

 幾多は罵倒を受けながらも立ち上がる。その目にはまだ諦めという二文字の光は宿ってはいなかった。

「だったら、スピードを上げるまでだ、オーダーリスト、スチームブースト!」

 幾多の合図とともに、装甲がうなりを上げ脈動する。白い蒸気を蒸かし、熱い空気が幾多の身体を覆った。

「… …機関車の真似事か?」

 弐部は眉一つ動かさず、幾多の異常を見届ける。

「言ったな。この威力、その身体でご照覧あれってな」

 幾多はアクチュエーターにパワーを流し込み、一挙に接近した。それは弐部が目を見開くほどの一撃を叩きこむ。

 弐部は左腕に収納されているナイフをむき出しにして、その一撃を防いだ。

 幾多はそのまま鍔迫り合いを挑まず、スピードを生かして裏拳を繰り出すように弐部の外側へと回転して背後を突く。

 弐部はこれを屈みながら避け、そのまま前転して距離を取った。

 幾多の追撃の蹴りを、弐部は座ったまま片手でいなし、そのまま再び向かい合う。

「少しは、歯ごたえが出てきたな」

「バリバリ固めだ、この野郎。目え覚めてきたか」

「それはそうと、足元注意だ」

「!?」

 弐部は離れつつ、前転の間に放ったパイナップル型の手りゅう弾を指さした。

 幾多はとっさに気づき、それを右へパスし、自分は左へ跳んだ。

 かろうじて致命的な範囲で爆破を受けず、細かい破片が腹部を殴りつけた。

 幾多は痛みを堪えつつ、弐部に近づいて自分も腰のスマートグレネードを下手投げで放る。

 二人の距離が近い、と予想できない動きに弐部の反応が遅れる。

 その瞬間、閃光が炸裂した。それは破片を飛ばすものではなく、スタングレネード、光で相手をひるませる手りゅう弾だった。

 幾多の狙い通り、弐部は目標を見失った。

 幾多はそのまま体当たりをかまし、壁際まで弐部を押し付ける。腹と背中への鈍い衝撃に弐部は呻く。

 その隙に、幾多は速度を上げて壁を蹴り、弐部の左腕を持ったまま縦に回転した。

「お返しだ」

 弐部は対応しきれず、腕を取られて投げ飛ばされた。それでも弐部は受け身をとり、更なる回転で衝撃を逃した。

 そして、再び立ち上がる。

「姑息な道具を、殺せぬ兵器で遊ぶなよ、盗賊」

 弐部は左腕に続き、右腕に収納されたナイフもむき出しにし、正面で交差させた。

 幾多もナイフとアックスを両手に持ち、構える。

 先に仕掛けたのは弐部の方だった。

 短く足を揃えて前進すると、長くそれでいて鋭いナイフの突きを連続させる。その連撃をナイフの峰で、アックスの刃で受け止め、弐部の進撃を止めようとする。

 弐部の猛攻は激しい、今度は幾多が逆に道の反対側にあるビルの壁まで追い詰められた。

「っ!」

 幾多はたまらず、風雨で窓ガラスのない窓枠に手をやってビルの内部に飛び込んだ。

 続いて弐部もその後を追いビルの中に侵入した。

 しかし、そこには幾多の影はなかった。

 弐部は、細かい埃の粒子を目で追い、耳で辿り、肌で感じる。長年積もった荒い粒子がオーブのような光を反射し、弐部の目をごまかす。

「また、隠れ蓑か」

 弐部は慌てることなく、給水ホースを抜くと、圧力を強めて周囲に撒いた。すると、左前方の視界が僅かに揺れ動くのを見逃しはしなかった。

 その場所を、二重三重の斬撃が襲う。空気は切り裂かれ、隠された姿を浮き彫りにさせた。

「ちっ、二度目は無理か」

 <モザイク>で隠された幾多は姿を現し、副腕のおかげで切傷だけで済んだことを確認する。

 そのまま両者はもつれ合う形でビルの外に飛び出した。

 二人はお互いを蹴り飛ばし、再度距離を取る。体勢を直し、またいつでも跳びかかり斬りかかれるよう準備した。

 もう一度、斬り結ぶ。かと思われたとき、場違いなメロディーが流れた。それは、一般的な電話の着信音だった。

 着信音に反応したのは弐部の方だった。

「こちら弐部、どうした」

 弐部は幾多との距離を更に離して会話に集中した。幾多の方は気が削がれて、追撃するタイミングを逃してしまい、如何しようかという状況だった。

「何!? 枕木燃料精製所が―――。どこの部隊だ―――。そうか、それなら急ぐ必要があるな」

 弐部は短く話を纏めると、幾多の方を向いた。

「残念ながら、時間切れだ」

「時間? 何がだ」

「こちらの都合だ。必要なデータは既に取れた。私はこれにて立ち去るとしよう。せいぜい、救えぬものを救いに行くことだな」

「待てよ。逃がすつもりなんてねえぞ」

 言い終わると、弐部はライトのようなものをこちらに向けた。それに注視する前に、ライトの光は激しく明滅する。

 その光はカメラのストロボのように何度も幾多の視界を遮る。まるで周囲がコマ送りになったかのように錯覚させ、一挙手一投足が出遅れた。

 その隙は、弐部がビルの背後に隠れるまでの余裕を彼に与えてしまうことになった。

「―――っくそ」

 幾多は悪態をつきつつも、<スチームブースト>を終了させ、追わなかった。残念ながら弐部が言うことにも少なからず間違いはなかったからだ。

 こうしている間にも、ミタカやムントが殺されている可能性も捨てきれない。急がなくてはならないのだ。

 幾多は移動する足をなくしてしまい、徒歩だけになったのを恨めしく思いながらも。アイオスのナビゲートを見た。

 そこには情報を集め終え、詳細なナビゲーションが記されていた。

 幾多はミタカとムントとの距離が未だに離れていないことに不安を覚えつつも、二人を追って走り出すことにした。


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